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最弱少女の弟子  作者: 悟り熊猫
2/2

リンネ・アマミヤ

添削前なので少し荒っぽいかもしれません。

「お前は、昨日の……」


「え、昨日の女の子……? どうしてここに?」


 ここには俺の指導官ってのが居るって聞いたはずだったんだけど、なんで子供が居るんだ?


「ああ、そうか。お前がユーリ・ハザクラだったんだな」


 名前を呼ばれる。


 どうして俺の名を……まさか――


「私は」


「――指導官の妹さんとかか?」


「……え?」


「やっぱり、そうだよな。それでお兄さんかお姉さんはどこに居るんだ? あ、もしかして用事で返ったからそれを伝えるために残ってたとか?」


「え、いや、ちが」


「ありがとな。わざわざ学校まで来てもらって。でも子供がここに居ると叱られるかもしれないぞ?」


「……違う」


「……え?」


「だから違うと言ってるんだ! 私はリンネ・アマミヤ。今日からお前の指導官をすることになったれっきとした二年生だ!」


「……え、二年生?」


 ……そういえば、よくよく見ていると女の子の着ている服は俺の着ているものと似ている、というかクラリスと同じ女性ものの制服で……。


 ということはここの生徒ってことで……。


「…………せ、先輩?」


「ああ」


「……こんなに小さいのに?」


 サオリよりほんの少し背が高いくらいなんだが……。


「し、失礼なやつだな。背は関係ないだろう」


「……あ、その……すみません」


「……ふん。別にいいんだ。どうせそう見られてしまうってことのは分かってたんだ。私は自分から見てもお子様だし……。だからせめて、先輩だって思われるような喋り方を心がけていたのに……」


 どうやら特徴的だと思っていた喋り方にはそういう意味があったらしい。


「……すみません。先輩。子供だなんて言ってしまって」


 だから俺は素直に謝ることにした。


「……あ」


「……?」


「……ゆ、許す」


「……よかった」


 これから教えてもらう立場なのに、最初からギスギスするのは嫌だしな。


「だ、だから……も、もう一度、呼んでくれるか?」


「……? 呼ぶって何を?」


「さ、さっき言ってたろ……そ、その……先輩って」


「……先輩?」


「…………も、もう一回」


「えっと……リンネ先輩?」


 何だか呼び方が気に入ったのか、先輩は少しだけ微笑んだ。


「……えっと、ユーリだったよな」


「あ、はいっ」


 名前を呼ばれてドキっとする。


「……今日からよろしくな。ユーリ」


「……こちらこそ。先輩」


 こうして、俺はこの小さな先輩の弟子となった。




 次の日。俺は昨日、医務員のクドウさんに言われたCクラスの教室へと顔を出す。


「おっ、ユーリ。昨日ぶりだな」


 教室に入ると、一人の男子が手を挙げる。


「タツミ。お前もCクラスだったのか」


「ああ、そういやお前。あの後、大丈夫だったか? 運ばれてったけど」


「ああ、もう何ともない」


「おう、それならよかった。それにしても、やっぱルクセンブルクのお嬢様は格が違ったな。あの炎、遠くから見ててもヤバいと思ったぜ」


「……? あいつを知ってるのか?」


「え、てか逆にお前は知らないのか?」


「あー……いや田舎出身だからさ。俺」


「そうか……いや、でもオレもこの街出身じゃないけど、それでも聞いたことくらいあったぜ?」


「……そ、そんなに有名な奴だったのかあいつ」


「ルクセンブルクって言ったら先の大戦で英雄と呼ばれる名家だ。あいつはそこの家でも天才と呼ばれるお嬢様だって噂だ」


「……へえ、道理で強いわけだ」


 昨日のあいつとの試合を思い出す。


 確かに強かった……それ以上にムカつく奴だったけど。


「ま、お前は運が悪かったよ。これから頑張ろうぜ」


「ああ、まあ、そのために入学したんだしな」


 凡人が幾ら努力したって無駄……そんなことはないはずだと信じてる。


「お前ら、席につけ」


 教室のドアが開き男が入ってくる。


「おっと、教師が来た。じゃあ、頑張ろうぜ。ユーリ」


「ああ……って俺はどこに座ればいいんだ?」


「……ああ、お前がユーリ・クザクラか。お前の席は一番後ろのあそこだ」


 指さされた空き席へと座る。


「……さて、全員いるな? さっそくだが今日はこれから郊外へと出てもらう」


「郊外ですか?」


 誰かが尋ねる。


「ああ、午前の授業は郊外での魔物退治だ」


「魔物……」


「と言っても、この近くに出るのは大したことない雑魚ばかりだ。それに指導官と一緒に行動してもらう。ちょっとした遠足だとでも思っておけばいいさ」


 魔物退治を遠足扱いか……。


「お前ら、ちゃんと武器は忘れず用意しただろうな?」


「え……武器ですか?」


「どうしハザクラ。まさか忘れたのか?」


「忘れたというか、なんていうか。そもそも必要って聞いてないっす」


「……まあ、どうにかなるだろ。よし外に出るぞ」


「えええ……」


 なんていうか豪快な先生だな。


 校舎の外に出ると、そこには二年生らしき人達の姿があった。


 その中に先輩の姿を見つける。何だか一人だけ小さいから凄い分かりやすい。


「先輩。おはようございます」


「あ、ああ、おはよう。ユーリ」


「今日はよろしくお願いします」


「え、ああ、こ、こちらこそ……」


「よし、それぞれ指導官と合流したな。移動するぞ」


「……先輩。この辺りの魔物ってどんなのが出るんですか?」


「ん? そうだな……この近くだと主にゴブリンタイプの魔物かな」


「なるほど……」


 確かにゴブリンタイプなら雑魚と言っても違いないだろう。


「なあ、ユーリ。お前は魔物についてはどのくらい知ってるんだ?」


「……え? 魔物ですか……えっと、マナの集合体で人を襲う……ってことくらいですかね?」


「そうだ。マナ……空気中や人の体内に存在する元素。魔物の身体はそのマナで構成されている。じゃあ、どうして魔物は生まれるのかは知っているか?」


「えっと……なんでしたっけ? 淀んだマナが集まることによって……でしたっけ?」


「ああ、その通りだ。魔物は淀んだマナが集まることによって生まれる。そして魔物が存在することによって周囲のマナも淀んでいく。魔物は連鎖のように生まれていくんだ」


「……そう思うと怖いですね」


「ああ、だからな。定期的に魔物は駆除しなければならない。魔物は放置すればするほど数は増えていくし力も増していくからな」


「それで、俺達の出番って訳ですか?」


「まあ、私たちがこれから行うのはあくまで授業の一環であって、本来は軍や騎士、ハンターの仕事なんだけどな」


「なるほど」


 戦争がなくなった今、軍や騎士の仕事って何なんだろうって少し思っていたのだが、どうやら魔物退治が仕事らしい。いや、たぶん他にも俺が知らないだけで仕事はあるんだろうけど。


「じゃあ、魔石については知ってるのか?」


「ああ、魔物を倒すと出てくるアレですか?」


「そうだ。魔物はマナだけで身体が構成された存在。そのせいか、体内で高濃度のマナが結晶化することがある。それが魔石だ」


「けど、それがどうかしたんですか?」


「魔石が様々な動力に使われてるのは知ってるか?」


「ええ、家の明かりとか火をつける機械なんかに使われてますよね」


「それだけじゃないぞ? お前の乗って来た列車だって動力は魔石だ」


「え、そうなんですか」


「ああ、その他にも様々なところで魔石が使われている。だから人の暮らしには魔石は無くてはならないものなんだ」


「……知りませんでした」


「ふふん。そうだろ? そのうちテストに出るからな。覚えておいて損はないぞ」


 得意気に先輩がない胸をはる。


「あ、もしかしてこれから授業で習う内容だったりします?」


「……そ、そうだけど」


「あ、あはは……まあ、これから魔物退治って時に知っておけてよかったですよ」


「……そっか。それならよかった」


「よし。ここからは各自、指導官と共に散開せよ。正午にここに集まるように。課題の成績については魔石の数で決めるから心しておくように」


「……じゃあ、行きますか」


「ああ」


 他の奴等も一斉に動き出す。


「魔石の数が成績ってことは沢山倒した方が良いって訳か」


「…………」


「でも……俺、武器を忘れてきたんですよね。まあ、ゴブリンタイプならどうにかなると思うんですけど」


「…………」


「……先輩?」


「えっ、ど、どうした?」


「いや、こっちの台詞なんですけど、どうかしましたか?」


「あっ、いや、なんでもない。あ、足を引っ張らないように頑張るな」


「どちらかと言えば、そのセリフも後輩であるオレの台詞なんですけどね……ってさっそく居ましたよ」


 少し離れたところにゴブリンが二匹いるのを見つける。


「じゃあ、俺は右のをどうにかするんで、先輩は左のをお願いしていいですか?」


「わ、分かった」


「っし。じゃあ、行きますか」


 俺は勢いよく駆け出す。


 ゴブリンがこちらに気付く。


 でも既に遅い。


 俺は渾身の力を込めてゴブリンに右ストレートをぶち込む。


「ぎゃん」


 悲鳴を上げてゴブリンが倒れる。そして……霧散していく。


「っしゃ。拳だけでもどうにかなるもんだな」


 先輩の方はどうだろうか?


 二年生なんだし、きっと俺より強いからもう終わってるよな。


「そっちはどうですか、先輩」


「…………」


 先輩は剣を持ってゴブリンと対峙していた。


 というか先輩の背が小さいからか剣がとても大きく見えてしまう。あと、心なしかフラフラしているように見える。


「……と、とうっ!」


 先輩が剣を振り下ろす……が避けられる。


「くっ、おりゃっ」


 避けられる。


「うりゃっ」


 避けられる。


「はぁ、はぁ……くそぉ。大人しく当た……れっ!」


 今度はちゃんと当たる。


 ……ただ、刃じゃない部分が当たっただけなので、ゴブリンはぴんぴんしていた。


「ぎゃふふ」


 それどころか何だか笑われている気がする。


「くぅぅ……ば、馬鹿にして……う、うわっ」


 剣の重みに耐えきれなかったのか先輩がバランスを崩して倒れる。


「せ、先輩!」


 慌てて先輩を助けに入る。


「ぎゃん」


 軽くゴブリンを倒して先輩に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか?」


「……ゆ、ユーリ。ご、ごめんな。こんなよわっちい先輩で」


「いや、弱いとかそういうレベルじゃなかったです」


 武器を扱えてないという点で戦い以前の問題だった気がする。


「もっと小さい武器とか軽い武器にした方がいいんじゃないですか?」


「……小さい武器だと、私がその……ち、ちっちゃいからリーチが極端に短くなっちゃって、軽い武器だと、威力が弱いから倒すのにかなり時間が掛かっちゃうんだ……」


「…………」


「あ、お前、今、駄目な先輩だって思っただろう? わ、私だって好きで駄目な訳じゃないんだからな」


「……なんていうか、強いんだろうなって勝手に思ってました」


「……うう」


「……指導官っていうくらいですし、俺より何もかもが優れているんだろうなって思ってました」


「ううう……ご、ごめんな」


「……いえ、俺も勝手にイメージしちゃってたんで……すみません」


「…………」


「…………」


 何だかお互いに言葉がなくなる。


「……えっと、他のゴブリンを探しましょうか。二つだけだと成績がヤバいかもしれないですし」


「あ、ああ……そうだな」


 そして、午前の間、俺と先輩はほとんど会話をすることはなかった。




「午後は各自、指導官に稽古をつけてもらうように」


 そう言い残して先生は教室から出て行った。


「…………稽古か」


「どうしたんだ? ユーリ。午前の成績が良くなかったことで落ち込んでるのか?」


「……いや、それも無くはないんだが、それとは別の理由があってさ」


「別の理由?」


「先輩……俺の指導官なんだけどさ」


「……ああ、そういや、お前の指導官って先輩、ちっちゃくて可愛い子だったよな。どうかしたのか?」


「それが……」


 先輩がゴブリンに負けたことを話す。


「……え、それって冗談とかじゃなく?」


「冗談なら良かったんだけどな」


「……ゴブリンタイプっていや、魔物の中でもほぼ最弱な部類だぞ?」


「……だよな?」


「それに負けるって……なんていうか……うん」


「……それで午後から稽古だろ? なんていうか何を稽古するんだって感じでさ」


「……それは何ていうか……ご愁傷様」


「……はぁ」


 これじゃあ強くなるなんて夢のまた夢じゃないか……。


「それじゃあ、オレは行くから……ゆ、ユーリも頑張れよな」


「……ああ」


 俺もそろそろ向かうか。先輩も待ってるだろうし。


「あ……ユーリ」


 教室の前に先輩は立っていた。


「その……さっきはゴメンな。役に立てなくて」


「……別に先輩のせいじゃないですよ」


「……それで、午後の稽古なんだけど……その前に話がしたくて」


「……分かりました。別に怒ってませんし、先輩のことが嫌なわけでもないですから、普通で大丈夫ですよ」


「……あ、ああ。分かった」


 先輩と食堂へと移動する。ここならテーブルや椅子もあるし話し合う場所としては最適だろう。


「それで、さっそくなんだけどな。ユーリ。模擬戦の結果ってどうだったんだ?」


「模擬戦? どうしてまた?」


「お前の戦いを見て気になったんだ」


「……負けましたよ。そりゃもうコテンパンに」


「……やっぱりそうか」


「やっぱり……? そりゃ、俺は凡人ですからね。幾ら努力しても無駄ですからね」


「……え、いや、私が言ったやっぱりっていうのはそういうのじゃなくて」


「そういうのじゃないんだったら何なんですか? 先輩も俺のこと才能がないっていうつもりなんじゃないんですか?」


「……誰かにそう言われたのか?」


「ええ、あのルクセンブルク家のお嬢様にね」


「ルクセンブルク……ああ、クラリス・ルクセンブルクか。彼女が模擬戦の相手だったのか」


「……ええ、言われましたよ。俺の今までの努力を無意味だってね」


「……酷いやつだな」


「……先輩もそう思ってるんじゃないんですか?」


「私がか? 私はお前の努力は凄いものだって思ってるよ」


「じゃあ、なんで負けたのがやっぱりなんですか……?」


「えっとだな……お前は魔物と何度も戦ったことがあるんじゃないか?」


「……村にいた頃は、魔物相手に稽古してましたからね」


「ああ、お前の戦い方を見てたらそう思ったよ」


「それがどうかしたんですか?」


「お前が模擬戦で負けたのはそれが原因だと私は思うんだ」


「原因……魔物相手に戦っていたのがですか?」


「ああ、お前の戦い方は一定の距離を保ちつつ隙を窺って攻撃するスタイルだったろう。それは中型や大型の魔物を相手にする時に有効な戦い方だ」


 ……確かに村に居た頃戦っていたのは中型や大型の魔物がほとんどだった。


「でもな。人間相手、特に剣術を習っている相手だとそれは通用しないんだ」


「……えっ」


「模擬戦の時、相手の剣が速く感じなかったか?」


「……あ、はい」


 クラリスの剣は凌ぐのが難しいくらいに速かったのを思い出す。


「剣術は、隙を作らずに剣を扱うための技術だ。だから隙を突くことができない。魔物相手の戦い方じゃ通用しないんじゃないかって思ったんだ」


「……じゃあ、俺の今まで……魔物と戦ってきたのは全部無駄だったんですか……?」


「いや、私はそうは思わない。魔物相手で培ってきた瞬発力や集中力は大したものだと思う。それにな、剣術はどちらかと言えば人を相手にするための技なんだ。だからそればかり磨いても魔物と戦う時、苦労すると思う」


「…………」


「だから、私はお前の努力を無駄だなんて思わないよ」


 先輩はそう言って微笑む。


 ……何だか少しだけ救われたような気がする。


 幾ら努力したって無意味……そうじゃないって分かったから。


「ひとまず最初は、剣術の型から教えていけたらと思う。型を知っているというだけでも戦い方がかなり変わってくるはずだから」


「……でも先輩。剣をまともに持てないじゃないですか。どうやって教えるんですか?」


「ば、馬鹿にするなよ。模造刀ならちゃんと持てるんだからな」


「……模造刀ならですか」


 普通の剣が持てないのであれば意味がない気がしなくもないが、あえて言うまい。




 先輩と一緒に校庭へと移動する。


「じゃあ、まず、基本の構え方だが……こうだ」


「……こうですか?」


 先輩の構え方を真似てみる。


「違う……こうだ」


「……こう?」


「えっと、そのままでいろ」


 先輩が模造刀を置いて俺の後ろに回り込む。


「その……腕は、この……この位置……くっ」


 きっと後ろから手を伸ばして俺の構え方を調整してくれようとしているのだろう。


 ……実際には、先輩の手が短すぎて俺の肘くらいまでしか届いてないが。

 あれ? でもこの体勢って……。


「……と、届かない……」


 一生懸命、手を伸ばす先輩。


 俺の腰辺りに何か柔らかいものが押し付けられているような……いや、気のせいだな。うん。だって、先輩ちっちゃいし、胸もないからな。


「……むっ。なんだか失礼なことを考えてないか?」


「全然、これっぽっちも考えてないです。ただ、先輩はちっちゃいから胸もないんだろうなって考えてただけです」


「十分、失礼なことだろ!」


 背中を叩かれる。でもあまり痛くない。


「いいじゃないですか。ちっちゃいくらい。よくあることですよ」


「……そうかなのか?」


「ええ、まあ、先輩は少しちっちゃ過ぎる気もしますが」


「ひどいっ!」


 もう一回、叩かれる。でもやっぱり痛くない。


「うう……ユーリはいじめっ子だ。私、ちっちゃいことを気にしてるのに」


 振り返って先輩の顔を伺ってみると、少しだけ涙目になっていた。


「あ、えっと……すみません」


 まさか泣きそうになるとは思わなかったのですぐに謝る。


「……許さない」


「…………あ、お菓子食べますか?」


「子供扱いするなっ」


 村で子供相手にしてた対応だと駄目みたいだ。


 ……しまったな。同じくらいの歳の女の子と接したことがないからどうすればいいのか分からない。


「……その先輩。ほんとにごめんなさい」


「…………」


「折角、教えようとしてくれてるのに失礼なこと言っちゃって……」


「……反省、してるか?」


「あ、はい。反省してます」


「じゃあ……」


 先輩が手を差し出す。


 仲直りの握手か?


 手もちっちゃいな……。


 俺は先輩の手を握ろうと手を伸ば――


「…………えっ?」


 ――そうとした瞬間、気が付けば目の前が真っ青になっていた。


 青? え? 何が起きた?


「……ふふん。これでおあいこだ」


 視界に逆さまになった先輩の顔が現れる。


 ……ああ、なるほどな。


 この青は空の色で、俺は仰向けに倒れていたのか。


 そういえば背中が痛い。


 …………。


 先輩のスカートの中のドロワーズが見える。


「……どうしたんだ? 変な顔して……どこか痛むのか?」


「いえ……その……」


 先輩、パンツが見えてますよ。という訳にもいかず……俺はゆっくりと身体を起こす。


 せめて見ないようにしないとと思ったからだ。


「………? 何だか顔が赤くないか? お前」


「いや、まったく、そんなことはないです。はいっ」


「……そ、そうか」


「そ、それにしても、今の技ってなんですか? 先輩がやったんですか?」


 もしかして今までのあれは俺を驚かすための演技だったりするのだろうか? ほんとは怪力の持ち主だったりするのだろうか?


「あはは……別に投げ飛ばしたわけじゃないぞ? 私はただお前の重心を崩して転ばしただけだ」


「重心を崩す?」


「ああ、自分自身の力を使わず相手の力を利用して重心を崩す東方に伝わる武術だ」


「……そんな技が使えるんだったらゴブリンなんか余裕だったんじゃないですか?」


「それはその、魔物相手だと人間とは勝手が違ってだな……」


 確かに先輩の言葉を借りるなら、あの技は人間相手に有効なものであって魔物だとまた違ってくるということなのだろう。


「……ご、ごめんな。こんなよわっちい先輩で」


「……き、気にしないでくださいよ。これから、これからですよきっと。それよりほら、さっきの構え方の続きを教えてくださいよ」


「……わかった」


 俺はもう一度、剣を構える。


 先輩は俺の横に立って剣の持ち方や姿勢を正していく。


「これが、今の貴族や騎士が主に使用している宮廷剣術の基本の構えだ。本当は両手剣と片手剣、それぞれ別に構えがあるんだけど、今回は両手剣だけにしておくな」


「……これが宮廷剣術の構え方」


「宮廷剣術の特徴は、構えから攻撃、防御に至るまでの所作にある。どれだけ隙のない綺麗な動きができるか。それを追及した剣術になる」


「隙のない動き……」


 模擬戦でのクラリスを思い返す。確かに隙がなかった。


「じゃあ、これをマスターすれば俺はもっと強くなれるんですね?」


「うーん……すぐに強くなれはしないと思うぞ? こういうのは何年もかけて習得していくものだから」


「……え、じゃあ、どうしてこの構え方を?」


「まずはどんな戦い方があるかを一通り教えていきたいんだ。知るというのも強さの一つだから」


「知識が増えたところで強さが変わったりするもんなんですか?」


「そうだな……例えば、お前の目の前に正体不明の魔物と、火を吐くと分かっている魔物がいて、どっちが戦いやすいと思う?」


「そりゃ、火を吐くって分かってる魔物の方が戦いやすいんじゃないですか?」


「それと同じなんだ。相手がどんな戦い方をするのか。それを知っているだけでも、自分自身の動き方は変わってくる」


 先輩が再び、俺に向かって手を伸ばす。


 また投げ飛ばされたくはないので先輩の手を避けるように後ろに避ける。


「……な? 私の技を知ることで、お前の動きが変わっただろ?」


「……あ」


「だからな、まずは基礎中の基礎だけでもいい。いろんな剣術や武術を自分の身体で知ってほしいんだ……」


「…………」


「すぐに強くなれはしないかもしれない。他の人達に負けて悔しい想いを何度もするかもしれない。でも……これが私がお前にしてやれる精一杯の修行なんだ」


 先輩が少し不安そうな顔で俺の目を見つめてくる。


「お前が嫌だと思ったなら……一つの剣術に絞って強くなりたいって思うなら……今からでも他の二年生に私がお願いして指導官を交代してもらってもいいんだ」


 先輩は少しだけ寂しそうな笑顔で話す。


「俺は……」


「決めるのは今すぐじゃなくてもいい。簡単に決められることじゃないしな。じっくりと自分で考えて自分で選ぶってことが大事だと思うから」


「……分かりました」




「はぁ……」


 どうするか決めろ……って言われてもな。


 ひとまず今日は、夕方までの間に色々な流派の剣術の基礎だけを教えてもらった。


 様々な戦い方を知るということで動き方は変わっていく。それは先輩の説明を聞いて確かに、と思った。


 でも、それだけで本当に強くなれるのだろうか?


 あくまで最初は基礎からと言っていた。だから、知識を得た後でまた別の修行をつけてもらえるのかもしれない。


 教室へと荷物を取りに戻る途中、窓から他の新入生たちが二年生に指導されている様子を幾つか見ることがあった。


 ひたすら剣を素振りさせる修行。先輩と試合をしながら稽古を付けていく修行。さっき先輩に見せてもらった剣術を教えているところもあった。


 それらを見ているうち、俺はとあることに気が付く。


 それはどこも、指導官一人に対し新入生が二、三人だということだ。


 ……そういえば、午前の魔物退治の時、二年生の数は新入生に比べて少なかったな。


 俺のところだけ一人なのか? 


「……よっ、ユーリ。お前も今から帰りか?」


 後ろから声をかけられる。タツミだった。


「ああ、そのつもりだけど」


「じゃあ、一緒に帰ろうぜ。ユーリって寮に住んでんの?」


「いや、親戚のうちに居候させてもらってるんだ。寮だとお金が掛かるしさ」


「そうなのか。じゃあ、ひとまずすぐそこまでだけど行こうぜ」


 教室の荷物を回収してからタツミと二人で校舎を出る。


「おー、まだ稽古つけてもらってる奴等がいるよ。頑張ってるなー」


「……なあ、タツミ。お前のとこって何人で稽古してるんだ?」


「ん? オレのとこ? えっと、指導官とオレを含めて……四人かな?」


 やはり一人じゃないのか。


「えっと、どんなことを教えてもらったんだ?」


「そうだな……。教えてもらったっていうか、学校周りをずっと走らされてた」


「走らされるか……やっぱどこも指導官によって違うんだな」


「お前のとこはどうだったんだ?」


「んー。いろんな剣術の基礎の構え方だけ教えてもらった」


「それまた変な指導だな。どうしてわざわざ色々な剣術をやる必要があるんだ? 一つでいいだろうに」


「…………」


「……お、噂をすれば、あそこに居るのってお前の指導官じゃね?」


「……えっ?」


 タツミが指さす先、校庭の隅に先輩は居た。


 模擬刀を構えて様々な切り方で素振りをしている。


 俺と別れて先輩も帰ったと思っていたのだけど、ずっと校庭に残ってたのか……。


 先輩の構え方が変わる。最初にみせてもらった宮廷剣術のものだ。


 そして先輩はまた素振りを始める。


「……へえ、ゴブリンに負けたって聞いてたから、もっと弱そうな感じかと思ってたんだけど、構え方は様になってるな」


 ……きっと軽い模擬刀を使ってるんだろうな。


 でも、そうか。先輩もこうして強くなろうと頑張ってるんだよな。


 俺だけが強くなりたいと思ってる訳じゃないんだ。


「…………」


 だったら俺もちゃんと応えないと。


 これから俺がどうしたいか。


 その答えを……。





「今日の午前は魔法適正検査を行う。Cクラスは第二魔法教室に向かうように」


 翌日、教室に集まった俺達に教師が告げた第一声はそれだった。


「……なあ、タツミ」


「ん? どうした?」


「魔法適正……って何だ?」


「……魔法はさすがに分かるよな?」


 ちょっと呆れた表情のタツミ。


「ああ、えっとクラリスが使ってたようなのだよな」


 魔法――体内のマナを使用して引き起こす事象の総称。


 と言っても俺が知ってるのはそれだけで、実際に見たのは模擬戦の時が初めてだ。


「その魔法を使うために必要な二つの適正。体内のマナ保有量、どの系統の魔法と相性がいいか。それが魔法適正だ」


「へえ……じゃあ、その適正があれば俺にも魔法が使えたりするのか?」


「もちろん。てか逆に魔法適正がない奴の方が珍しいと思うぞ」


「おお……それは何ていうかワクワクしてくるな」


 もしかしたら俺にも、クラリスの使ってたよう魔法を使うことができるのかもしれないと思うとテンションがあがってくる。


「まあ、計ってみてのお楽しみってやつだな」




 血を採られたり、髪の毛を抜かれたり、変なものだと魔石を舐めさせられり……。


 知識がない俺には分からないのだけど、本当にこれで魔法適正が計れるのだろうか?


 ひとまず一通りの検査を済まして教室へと戻ってくる。


 教師から結果は明日になるということ、血液を抜いたこともあり午後は座学だけになるという話を聞かされお昼になる。


「ユーリ、食堂行こうぜ」


「ん、ああ」


 タツミと一緒に教室を出る。


「……ん? あれは……」


 窓の外。中庭のベンチに一人座っている先輩の姿を見つける。


 先輩……?


 どうやら先輩はベンチに座ってサンドイッチを食べているようだった。


「……どうした? ユーリ?」


「あ、いや、なんでもない」


 少し気になったものの食堂へと向かうことにした。


「混んでるな……」


「ああ、どっか席は空いて……おっ、アスハじゃんか。ここ空いてる?」


 タクミが知り合いなのか、一人の女生徒に声をかける。


「空いてない」


「よし。じゃあ、ユーリはそっちの席な」


「空いてないって言っただろ!」


「ユーリ。飯何にする? 代わりに注文してきてやるから席で座って待っててくんね?」


「え、ああ……安いのなら何でもいい」


「了解」


 俺とアスハと呼ばれた女生徒だけが残されてしまう。


 少し癖のあるショートカットにカチューシャを付けた、ボーイッシュさと女の子らしさを両立させたような子だった。


「……あー。その、なんだ。いきなり悪かったな」


「…………」


「誰かこの席をとってあるんだろ? 今からでもどこうか?」


「…………いい。さっきのは嘘だからな」


「そうなのか……」


「……お前は、たしかユーリ・ハザクラだったよな?」


「……? 俺のことを知ってるのか?」


「ああ。模擬戦の時、クラリス・ルクセンブルクに負けて医務室に運ばれた奴だろう?」


 とても恥ずかしい覚え方をされていた。え、もしかして俺ってそういう感じで他の一年生に覚えられてるの?


「私はアスハ・ナナヒラだ。一応、君と同じCクラスなのだがな」


「そうだったのか、なんか悪いな」


「あとは……さっきの馬鹿と同じ班に所属しているくらいだ」


「……班?」


「指導官とその指導官から指導を受ける一年生達のことだ。知らないのか?」


「あー……聞いたような聞いてないような」


「……そういえば君は説明の時、教室に居なかったな。気絶してたせいで」


「ぐっ……」


「……一応、弁解しておくが、私は君を評価してるんだぞ」


「……そうなのか?」


 全く、そのように聞こえないんですが。


「ああ、あのクラリス・ルクセンブルグに傷一つ付けられなかったし、ぼっこぼこにされてたけども、最後まで諦めなかったところは凄いなって。実戦なら死んでたけどな」


「……えっと、もしかしてわざと言ってるのか?」


 ところどころナイフのような言葉が飛んでくるのは気のせいだろうか?


「……?」


 あ、天然だこの人。


「なあ、そういえば気になったんだが、ユーリ・ハザクラ」


「ん? どうした?」


「君の班は君と指導員の二人だけなのか?」


「そうだけど……それがどうかしたのか?」


「いや、課外活動の時に見かけて気になっていたのだ」


「……まあ、それについては俺も気になってるんだけどさ。やっぱ変なのか一人って?」


「ああ、変なことだと思う。普通は三、四人のはずだ。一人だと退学のリスクが高まるしな」


「退学? どういうことだ?」


 不穏な単語が出てくる。


「……二年生は指導官という立場で一年生を纏めなければならないんだ。だけど、何らかの事情で指導する一年生が一人もいなくなった場合。指導官である二年生は能力がないと判断されて退学処置になってしまうんだ」


「えっ。それじゃあ……」


「ああ、例えば君が、他の班に移動したり、魔物に喰われて死亡したりすると、君の指導官も責任を取らされて退学になってしまうんだ」


「なんだよ……それ……」


『お前が嫌だと思ったなら……一つの剣術に絞って強くなりたいって思うなら……今からでも他の二年生に私がお願いして指導官を交代してもらってもいいんだ』


 先輩はそう言っていた。


 俺が指導官を変えたら自分が退学になることを先輩が知らないはずがない。


 それはつまり……。


「よっ。待たせたな」


 タクミがトレーを二つ持って戻ってくる。


「これ、お前のな」


 とん。と目の前にトレーを置かれる。


「…………これは?」


 トレーの上には白米が半分ほど盛られたお茶椀が一つと水の入ったコップ。それだけしかなかった。


「とりあえず安いやつっていうから、メニューとか見ずに『一番安いやつ』って注文したらそれが出てきた」


「で、お前のそれは?」


「オレのか? から揚げ定食ご飯大盛りと味噌バターコーンラーメン大盛りだけど?」


「……何かおかしいと思わなかったのか?」


「いやあ、俺だってご飯小盛が出てくるとは思わなくてさ。でも後ろに列もできてたから注文し直すのもあれだろ?」


「……っ」


 なんかアスハの方を見ると、俺のご飯小盛がツボに入ったのは必死に笑いを堪えていた。


「から揚げ一個やるから元気だせよ」


 俺のお茶碗にから揚げが乗せられる。


「……なんか、ひもじい食卓だな。俺はダイエット中か何かなのか?」


「っ……だ、ダイエットって……っ」


 そして、またツボに入った様子のアスハさん。


 何がそんなに面白いんですかね。


「……はぁ。とりあえず食うか」


「おっと、あとでちゃんとお金払えよ?」


「分かってるよっ」


 俺はから揚げとご飯をかきこみながらそう答えるのだった。


「ふう……食った。食った。満腹だわ」


「……そりゃ、よかったですね。俺はちょっとだけ食ったせいか逆にお腹が空いてしまいましたけどね」


 さきほどのアスハみたいに毒を吐いてみる。


「はっはっは。まあ、午後は座学なんだし平気だろ。きっと」


 軽く笑い飛ばされてしまう。くそ、殴りたい。


「……この馬鹿に文句を言っても虚しくなるだけだぞ」


「そうみたいだな」


「さて、戻るか。アスハも一緒に戻るだろ?」


「……そうだな。いつまでも席をとっておくのも迷惑だし戻るとしようか」


 三人で席を立ち教室へと戻っていく。


「…………あ」


 途中、窓から先輩が先程居た場所を見てみると、まだ先輩はベンチに座っていた。


 今度は何やら読書をしているようだ。それもなんだか分厚い本だ。何かの勉強でもしてるのかもしれない。


「…………」


「おい、どうした? 置いて行くぞー?」


「あ、ああ、悪い……」


 止まった足を動かす。


 ……先輩とは今度、ちゃんと話をしないとな。






「終わった……疲れた」


 国の歴史や魔導の歴史といった話を延々と聞かされ俺の頭は既にパンクしかけていた。


 なんだか魔物と戦うよりも疲れた気がするんだけど。


「おう、机に突っ伏してどうしたんだユーリ」


「……どうしてお前は元気なんだ? タクミ」


「あー。大体、前の学校で習った内容だったしな」


 そうか。昔から学校に通ってる奴等は勉強に慣れてるのか。


「オレはもう帰るけど、お前はどうする?」


「……俺も帰る。でももう少しこうして休んでたい」


「そっか。じゃあまた明日な」


「おう……」


 タクミや他の連中が教室から出ていく。


「……ふう。俺もそろそろ帰るか」


 鞄を持って教室から出る。


「うう、頭いてえ……」


 廊下をフラフラした足取りで歩いていると二年生と思われる男達が話をしているのが聞こえてくる。


「……おい、見てみろよ。またアイツ練習してるぞ」


「あーあ、アイツも無駄な努力せずにさっさと学校やめちまえばいいのにな」


 ……? 何の話をしてるんだ?


「魔法適正ゼロ。魔物討伐回数ゼロ。それどころか剣もマトモに持てない。ほんとに何であんなやつがうちの学校にいるわけ?」


「アイツの指導を受ける一年生達は不憫だろうな」


 その二人は窓の外……校庭の方を見て話をしているようだった。


「ん? お前知らないのか? アイツさ、一人しか一年生を任せてもらえてないらしいぜ?」


「そうなの? そりゃ犠牲者が減ってよかったじゃん」


 …………。


 俺は校庭へと視線を向ける。


「ま、当然っちゃ当然だよな。それでさ、その一人の一年生って方も傑作な奴でさ。あのルクセンブルクに喧嘩を売るような馬鹿らしいぜ」


「雑魚に馬鹿のコンビってもう救えねえな」


「そんな馬鹿ならさ、もしかしたらさっさと退学になってさ。アイツも指導官失格で一緒に退学になるんじゃね?」


「おっ、それだよ。そうならねえかな」


 俺の視線の先には一人の女の子が立っていた。


 昨日と同じ様に模造刀を構え、身体に覚えさせるかのように何度も違う切り方で素振りをしている。


 必死に強くなろうと努力している。俺に強さを教えようと慣れないながらに必死になってくれている……その女の子を。


 リンネ・アマミヤ……俺の先輩であるその女の子を……こいつらは馬鹿にした。


「…………おい」


「……ん? なんだ?」


「どうした? 一年。俺達に何か用か?」


「……ぱ……を……よ」


「は? なんだよ。よく聞こえねえな」


「……先輩のことを馬鹿にするんじゃねえよ!」


 俺はそう叫んだ。


「は? 先輩だあ?」


「……あの人はな、自分が弱いってことをちゃんと理解してるんだ」


 そう、理解した上で、剣を振っている。少しでも強くなろうと。


「俺のために、自分が退学になっても構わない。そう言えるくらいに心の強い人なんだ。そんな先輩を馬鹿にするやつを俺は許さねえ」


「……ああ、なるほどな。お前が馬鹿の一年生か」


「なあ、一年? 許さねえなら何なんだ? どうするってんだ?」


「俺が先輩の代わりにお前らを黙らせる!」


「……くっ。はははは……こいつは確かに馬鹿だ」


「いいぜ。表に出ろよ。相手してやるよ」


 三人、模造刀を用具室で借りて中庭へと出る。


「で、どうすんの? お前、二人相手にやるつもりなの?」


「それでいい。さっさと来いよ。先輩のことを馬鹿にしたこと後悔させてやるから」


「……さすがにオレも頭にきたわ」


「少しは痛い目みてもらわねえとなあ」


 片方の男が剣を構えて俺へと距離を詰めてくる。


 あの構えは……。


 キン。と甲高い音が鳴り響く。


「ちっ……」


 攻撃を防がれたことにいら立ったのか男は舌打ちをする。


「……オラアっ」


 鍔迫り合いをしていると、もう一人の男が剣を振り上げて迫ってくる。


「はあっ」


 俺は力任せに剣を押し返すと横に跳び、攻撃をかわす。


「…………」


 さっき……あの攻撃はなんとなくどこから来るのかが分かった。


 先輩に教えてもらった構えの中にあの男の構えがあったから。


「……少しはやるみたいじゃねえの」


「だが……これはどうだよ」


 二人の剣が同時に俺めがけて振り下ろされる。


 受けたら負ける。でも後ろに引くのも駄目だ。攻撃に転じないと……。


 俺はしゃがむように前へと出る。


 そして二人の間を通り抜ける。


 すり抜けざまに足などに攻撃を加える。


「ぐうっ……」


「くそが……」


 腰の入ってない一撃のため威力はほとんどなかったが、これで少しは機動力を奪えたと思う。


 このチャンス……一気に決める。


 俺は剣を構え、再び攻撃を……。


「あめえよ」


「なっ……」


 攻撃を止められる。


「この程度で止められると思ってんのか? ああ?」


 もう一人が横薙ぎに振った剣を防御できず俺は真横に吹っ飛ばされる。


「ぐはっ……」


 受け身をとったものの、ダメージのせいか、起き上がるのが遅れる。


「おらっ」


 そこを狙ったかのように、鳩尾に蹴りを入れられる。


「かはっ」


 肺の空気が一気に外に吐きだされるような感覚。


「どうした? もう終わりか……?」


 蹴られる。


「……さっきまでの威勢はどうしたんだ?」


 模造刀で殴られる。


 意識が飛びそうになる。


 でも……。


「……まだだ、まだ……」


 先輩のために……俺は負けを認めたくはなかった。


 どんなに蹴られても踏まれても、殴られても、俺は摸造刀を握る手から力を抜かない。


「……俺が……勝ったら、先輩に……謝れ……」


「あん? 何だよ? 聞こえねえな?」


「……せ、先輩に謝れって言ってんだよっ!」


 残った力を全部込めるかのように、下から模造刀を振りぬく。


「ぐあっ!?」


 俺の渾身の一撃が炸裂する。


 ……でも。


「……ぐ……はあ……はぁ……」


 かなりのダメージを負わせたみたいだが倒すまではいかなかった。


 それに当たったのは一人だけで、もう一人にはかわされた。


「よ、よくも……やりやがったな……この野郎っ!」


 殴られる。蹴られる。


 俺には……もう力が残っていなかった。


 俺は意識がなくなるまで二人から痛めつけられるのだった。






「…………」


「……あ。目が覚めたか?」


「……先輩?」


 気が付くとそこは医務室で、隣には先輩の姿があった。


 まさかこんな短期間で二度も医務室のお世話になることになるとは……。


「聞いたぞ? 二年生相手に勢いよく啖呵を切ってボロボロに負けたんだって?」


「…………」


 誰かに観られてたのか……。


「相手の力量を把握することも大事なスキルの一つだぞ?」


「……はは。その通りですよ。……俺、格好悪いっすよね。」


「……でも」


 先輩はそう言って、俺へと手を伸ばす。


 先輩の手が俺の傷口を覆う包帯へとそっと触れる。


「でもな……私は、ちょっとだけ嬉しかったんだ。お前が……ユーリが、私の為に怒ってくれたって聞いた時は」


「……せ、先輩」


「……ごめんな。私が弱いせいで迷惑をかけて」


「……先輩は悪くないです」


「えっ……?」


「俺が弱かったからですよ。……だから俺、もっと強くなりますから。誰も先輩のことを馬鹿にできないくらい強くなりますから……だから、俺に強さを教えてもらえますか? 先輩?」


「…………あ」


 先輩の目に微かに涙がにじむ。


「……俺じゃ頼りないですかね?」


「そ、そんなことないっ!」


 大きく首を振られる。


「で、でも……私でいいのか? 他の指導官に教えてもらった方が――」


「俺は先輩がいいんです」


「……っ」


 それは俺の本心からの台詞だった。自分が退学になってしまうというのに、俺のことを一番に考えてくれた先輩だからこそ。


 俺は……この人のために強くなりたいと思ったのだ。


「……ありがとな。ユーリ。私も……もっともっと強くなる。お前の先輩だって、指導官だって胸を張れるくらいに強くなる。だから……一緒に頑張ろう?」


「……もちろんですよ」


 手の甲を掲げる。


「ああ、二人で強くなろうな」


 先輩の手の甲と俺の手の甲がぶつかる。


 こうして俺と先輩は一緒に強くなろうと誓ったのだった。



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