ユーリ・ハザクラ
不定期更新の小説「最弱少女の弟子」です。俺TUEEとかではないですが、どうぞ読んでやってくださいまし。
昔から腕っぷしには自信があった。
村では大人相手でも負けることはなかったし、近隣の山に棲む魔物相手に鍛錬も重ねてきた。
だから、俺が都会にある軍学校に通いたいと言い出した時もみんな賛成してくれた。
入学するためのお金だって馬鹿にならないはずなのに、それでも頑張れと言ってくれた両親には頭が上がらない。
こうして俺が今乗っている都会に向かう列車だって、村のみんなが持たせてくれたお金のおかげだった。
「――間もなく、フリージア、間もなく、フリージア。お降りの際は手荷物のお忘れ物にご注意ください」
車内アナウンスが流れる。
俺は車窓を開けて身体を乗り出す。
「……あれが、都会か」
建物、建物、建物……見渡すばかりのそれらは全て俺の村にあった建物とは比べものにならないくらいでかい。縦にも横にもでかい。
あの建物ひとつに沢山の人が住んでいるのだと聞いたことがある。
今日からあの街のどこかで暮らすことになる。そう考えると何だかテンションがあがってくる。
「……兄ちゃん、あんまり乗り出すと危ないよ」
隣に座っていたじいさんに怒られてしまう。
「っと、すんません」
「兄ちゃん。フリージアは初めてかい?」
「あ、はい……その、フリージアの軍学校に通うために田舎からやってきたんすよ」
「へえ……じゃあ、あれを見てごらんよ」
じいさんが指さす方向を見てみる。
「あれが君の通うマナリス軍学校だよ」
「おお! あれが……」
街の中心から離れた場所にあるその建物は見える範囲にある建物の中でも断トツで大きな建物だった。
「あそこに通うことになるのか……」
強さを学ぶ学校……。
俺の腕っぷしはあそこでも通用するんだろうか……?
少しだけ弱気になってしまう。
「…………よっしゃ」
両手で頬を叩いて気合をいれる。
ユーリ・ハザクラ。お前の戦いはまだ始まってもいないんだ。怖気づいてどうする。
じいさんが少し面食らったような表情をしていた。
「……ははは。活きのいい兄ちゃんだ。まあ、頑張りな」
「うっす」
俺はもう一度、車窓から街並みを眺める。
……窓にうっすらと映る俺の顔は少しだけ笑っているように見えた。
「……ふう。ずっと座りっぱなしだったからケツがいてえ」
列車から降りたって、少しだけ変な足取りで改札の外へと出る。
「……おお」
駅の外に出てまず驚いたのは人の多さにだった。
溢れんばかりの人がそれぞれ思い思いの方向へと進んでいる。
みんな、あんなに早足で……ぶつかったりしないのか?
「邪魔よ、あんた。こんなど真ん中で突っ立ってんじゃないよ」
「あっ、その、すんません」
慌てて荷物ごと端による。
「……っと、そうだ」
鞄の中から紙を取り出す。
お袋の親戚がこの街のどこかに暮らしていて、俺はそこで下宿することになっている。
なので、まずはどうにかしてこの地図に描かれた住所に向かわなければならない。
「…………えっと、まずここはどこなんだ?」
地図は結構、丁寧に描かれていた。几帳面なお袋の性格が出ている。
ただ、描かれていたのは道のみで、どういった建物や目印があるのか、そもそも最初はどこからスタートするのかが全く書かれていなかった。
うん。几帳面だけどどこか抜けているお袋の性格がよく出ている。
「ひとまずここから移動するか」
ここに居ても何も始まらないし、また邪魔だと怒られてしまうかもしれない。
俺はひとまず学校が合ったと思われる方向へと歩き出した。
なんとなくもう一度、見ておきたかったというのもある。
「うん。迷った」
数時間後、見事なくらい完璧に迷った俺がここに居た。
「っていうか、路地が多過ぎるんだよ」
大きな路地を外れて小さな路地に入ったのがたぶん間違いだったのだろう。
学校にたどり着くこともできず、元の場所に戻る道すら分からなくなってしまった。
「くそ……山でも迷ったことのないこの俺が……」
周りを見るとどれも似たような建物ばかり。
これでよく都会の人間は迷わずに生活できるな……。
くぎゅうう……。
お腹が鳴り出す。
「そういや……朝から何も食ってないな」
鞄の中を探してみる。
食べられそうなものは何もなかった。
くそう、こんなことならもっと日持ちする食べ物を鞄に入れておくんだった。
俺は道の隅に座りこむ。
「……そういや都会は怖いとこだって村の爺ちゃんが言ってたな」
日が傾いていたことも影響してか、なんだか弱気な考えになってしまう。
「……うう。俺はこのまま、この街の片隅でひっそり死んでしまうんだろうか」
俯いて溜息を吐く。
「おい、どうかしたのか?」
「…………?」
誰かに声をかけられる。
顔を上げると一人の女の子がそこに立っていた。
「……こんなところに座り込んで、どうしたんだ? どこか体調が悪いのか?」
綺麗な女の子だった。
この街に住む子供だろうか?
今まで見たことのない銀色の長髪に吸い込まれそうな青い瞳。
その青い瞳が俺のことを覗き込んでいた。
「……あ、いや……別に体調が悪いってわけじゃないんだ。ただ道に迷っちゃってさ」
「道に?」
「ああ、地図は持ってるんだけど、今いる場所が分からなくてさ」
「……ちょっと見せてもらってもいいか?」
「ん? ああ」
地図を女の子に手渡す。
「……んー。なるほどな」
「分かるのか?」
「ああ、なんとなくだけどな」
「おお、ほんとか!」
「えっと、この丸印の付いた場所が目的地であってるんだよな?」
「ああ」
「それなら、私が案内してやるよ」
「まじか。でもいいのか? そこまでしてもらって……」
もう夕暮れだし、親が心配してたりするかもしれない。
「気にするな。私も家はそっちの方なんだ」
女の子はそう言って微笑んだ。とてもかわいらしい。
「……じゃあ、悪いけど頼むよ」
「ああ、任せろ」
荷物を持って立ち上がる。
「大荷物だな。どこから来たんだ?」
「クリュウってとこなんだが……って言っても分からないよな。かなり辺境の田舎だし」
「クリュウ……ああ、確か北東の山中にある村だよな」
「知ってるのか?」
「本でちょっと見かけたことがあるだけだけどな」
……都会の子供は知識が豊富なんだな。
俺なんかまずここから村がどの方角にあるのかすら知らなかったしな。
「でも凄いな。山を越えて更に列車も幾つも乗り換えないと来れないだろ?」
「そうそう。俺、列車って初めて乗ったんだけどさ。もう早いのなんのって」
「あはは……初めてだとそうだよな。私もそうだった」
女の子は何だか少しだけ変わった喋り方をしていた。
これが都会の子供の普通なのだろうか? それとも背伸びしたい年頃なんだろうか?
「でも、そんな遠いところから来たのか……今の時期だと、どこかの学校に入学するためか?」
「ああ、よく分かったな。それでこの地図にある場所が下宿先なんだ」
「なるほどな。道理で大荷物なわけだ……よし、着いたぞ。ここだ」
「ここが下宿先か……」
「どうやら喫茶店みたいだな」
「喫茶店……ってあれか? お金を払うと食べ物とか飲み物が出てくる?」
「ああ、その喫茶店だけど……?」
「……初めて見た。これが喫茶店か」
村の大人たちが街に出かけた時に、喫茶店でお茶したんだぜと自慢していたのを思い出す。
そうか……これがあの喫茶店なのか。
「……あははっ。始めて見たってのは何となく分かるけど、そこまで何だかキラキラした目で喫茶店を見る奴は初めてだぞ」
笑われてしまう。
「……わ、笑うことないだろ?」
自分でも田舎者っぽいのは仕方ないと思っているが、子供にまで笑われてしまうと少し傷つく。
「ああ、悪かった。でも、よかったな。無事に辿り着けて」
「……ああ、助かったよ」
「……じゃあ、私も帰るとしようかな」
「お前も気を付けて帰れよ。もう暗くなってきてるしな」
「ああ、お前もな。都会での暮らしは大変だからな」
「肝に銘じておくよ」
道に迷ったことで都会の怖さは経験済みだ。
「じゃあ、学校の方も頑張れよな」
「……ああ、ありがとう」
「んっ。じゃあな」
最後に少しだけ笑って女の子は歩き出す。
……不思議な雰囲気の子だったな。
「さて、俺もそろそろ中に入るか」
歩き疲れたし、腹も空いた。
今日は早く休みたい気分だった。
それに明日からは学校だ。
結局、もう一度校舎を見ることはできなかったけど……まあ、どうにかなるだろ。
俺はゆっくりと下宿先である喫茶店の中へと入っていくのだった。
「……ん。気持ちの良い朝だ」
窓を開けると爽やかな風が部屋の中に入ってくる。
大きく伸びをする。
今まで列車の狭いベッドで寝ていたせいか、昨日は久しぶりに気持ちよく寝れた気がする。
「……さて、着替えるか」
パジャマを脱いで、壁に掛けられた真新しい制服へと袖を通す。
あらかじめ下宿先に届けられていたらしいその制服。きちんと見たのは、昨日が初めてだった。
鏡を見る。
「……おっし」
なんだか気が引き締まるな。
さて、行くか。
「おはようございます」
「おっ、早いなユーリ」
下の階へ降りると、アキトさんがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
アキト・タチバナ。お袋の従弟にあたる人でこの喫茶店の店主をしている。
「あら、ユーリくん。おはよう」
キッチンからアキトさんの奥さんであるリサさんが顔をだす。
「おはようございます。リサさん」
「もうすぐ、ご飯ができるから待っててね」
「あっ、何か手伝いますよ俺」
「そう? じゃあ……サオリのことを起こしてくれる?」
「了解っす」
俺はリサさんにそう返すと、再び上の階へと上がっていく。
俺が使わせてもらってる隣の部屋。それが、アキトさんとリサさんの娘、サオリが使っている部屋だった。俺とは、はとこの関係にあたるんだろうか?
扉を軽くノックする。
「えっと、サオリ? 朝ご飯の準備が出来てるってよ」
…………。
返事がない。眠ってるのだろうか?
……この場合、どうすればいいのだろうか? 部屋に入るべきなのか?
いやでも、11歳の子供とはいえ、女の子の部屋に入っていいものなのか?
しかし……俺にはリサさんに任された任務があってだな……くそ、どうすれば……。
「…………何してんの?」
いつの間にかほんの少し開いた扉の隙間からサオリがこちらを見つめていた。
「……そこにいられると邪魔なんだけど」
「あ、悪い」
扉の前からどくと、サオリが部屋から出てくる。
ツーサイドアップに纏めてある髪は肩より少し長いくらい。顔立ちは年相応の幼さを残しながらも、その少しだけ気の強そうな瞳が特徴的だ。
「……朝ご飯なんでしょ? 行かないの?」
「おっと、そうだな……っとその前に」
「……?」
「おはよう。サオリ」
「…………おはよ」
素っ気なく返されてしまう。朝の挨拶は基本だというのに。
サオリに続いて階段を下りていく。
もう既に食事の準備は終わっているらしくタチバナ夫妻は二人とも席に着いていた。
「さっ、二人とも席に着いて」
「うっす」
自分の席に座る。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
各々、合掌して食事を始める。
「そういえば、遅くなっちゃったけど、制服似合ってるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「今日からよね、学校は。道とかちゃんと分かる?」
「……あ、えっと……自信ないっすね」
昨日もここに来るのに迷ったし、また迷う可能性は十二分にある気がする。
「……じゃあ、サオリ。悪いけどユーリくんを学校まで連れてってくれる?」
「えっ!? どうして私が」
「いいじゃないの。どうせ途中まで道は一緒でしょ?」
「……はぁ。分かった」
「……悪いな。頼むよ」
「…………」
また無視されてしまう。昨日からこんな調子なのだが、もしかして歓迎されてないのだろうか?
「まあ、まだこの街に慣れないだろうし、何かあったら遠慮せずに聞いてくれ」
「ありがとうございます。アキトさん」
一応、親戚とは言え昨日会ったばかりの俺をこうして家族のように接してくれるのは本当に感謝の気持ちで一杯だ。
「……俺の方も、何か手伝えることがあったらどんどんコキつかっちゃってくれて構わないんで」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
朝ご飯を終えて、サオリと二人で家を出る。
「それじゃあ、頼むよ」
「…………こっち」
サオリに続くように歩き出す。
「なあ、サオリの通う学校ってのはどんなところなんだ?」
「……何? 突然」
「いやな。俺の居た村ってそもそも学校ってのが無くてさ。月に何度か勉強を教えてくれる先生は居たんだけど。だから学校ってのがどんなところなのか知らなくてさ」
「……ふうん。そうなんだ」
サオリは少しの間、何かを考えてからゆっくりと喋りだす。
「えっと、学校っていうのは、同年代の子が集まって勉強したり、運動したり……色々なことをするところ……かな?」
「そうか、同年代の……」
「……その、ゆ、ユーリの居たところは同年代の子は居なかったの?」
「あー、同い年はいなかったな。2つ上とか3つ下とか、ていうか子供自体ほとんどいなかったな」
俺のいた村は人口百人くらいの小さな村で、若い連中よりジジババの方が多いような村だった。
「ふうん……そうなんだ」
「だからな。ちょっとそれも楽しみなんだ」
「同い年の子と会えるのが?」
「ああ」
同い年の奴らと戦って、今の自分がどのくらいの強さなのかが知りたかった。
「……えっと、マナリスはこの道を真っ直ぐ。私はこっちだから」
そうこう話をしているうちにどうやら分かれ道に着いたらしい。
「おっ、そうか。ありがとなサオリ」
「…………ん」
「サオリも学校頑張れよ」
「……ユーリこそ」
「ああ」
サオリと別れて、教えてもらった道を真っ直ぐ歩いていく。
程なくして昨日、列車から見た建物が見えてくる。
「……ここがマナリス軍学校」
今日から俺の通うことになる学び舎。
「……っしゃ。行くか」
気合を入れて中へと入っていく。
新入生はこちらという案内があったのでそれに従って歩いていく。
ちらほらと俺と同じ新入生らしい生徒の姿が確認できるようになる。
へえ、男ばかりだと思ってたけど、女も居るんだな。
というか、男女の割合はぱっと見た感じ同じくらいかもしれない。
……軍学校だよな? ここ。
もしかして学校を間違えたとか? いや、でも制服は一緒だし……。
考えているうちに目的地らしい建物に到着する。
「……広いな」
外から見ると三階くらいの高さがある建物なのだが、中は天井まで吹き抜けでそれでいてだだっ広い空間が広がっていた。
前の方に椅子が並べてあり、他の新入生たちが座っているのを見ると、どうやらあそこに座るらしい。
席の数だけ見ると百は軽く超えてるみたいだ。
みんな俺と同い年なのか……。
くそ、こういうのは初めてだし何だか緊張してきた。
何か変じゃないよな? 俺?
周りから浮いてないか確認していると隣の男と目が合う。
「……どうした? 腹でも痛いのか?」
「あ、いや……そういうんじゃなくてな。ちょっと緊張しちゃってさ」
「ああ、そうだよな。オレもさー、こう何ていうか周りの奴等が静かだと緊張しちゃってさ。いやあ、よかったわ。オレと同じ奴が居て。あ、オレ、タクミっていうんだけどさ。お前の名前は?」
「え、あ……えっと、ユーリだ」
いきなり早口で捲し立てられて少し驚いてしまった。
「そっか。ユーリか。よろしくな」
手を差し出される。
「あ、ああ。こちらこそ」
握手を交わす。どうやら気さくな奴らしい。
「全員、集まったか」
「……おっ。始まったみたいだぜ」
辺りの空気が引き締まる。
俺も何だか意識してないのに背筋を伸ばしてしまう。
俺達の前に数人の教師らしき人達が並んでいく。
「まずは、ようこそマナリス軍学校へ」
そのうちの一人。いかにも屈強そうな爺さんが前に出て喋りだす。
「先の戦争が始まるずっと前からこのマナリスは優秀な生徒を出し続けてきた。それは兵士だけに留まらず、騎士、魔法使い、学者と様々にわたる」
軍関係ばっかだと思ってたのだが、どうやらそうじゃなかったらしい。いや、前もって調べてなかった俺が悪いんだけどさ。
「諸君らも、この学校での三年間。しっかりと学び、力、知識、技術を学んでほしい」
爺さんの話が終わると、他の教師と思われる男が前に出る。
「これから新入生にはクラス分けの為の模擬戦を行ってもらう」
「……模擬戦?」
「……いきなりだな。いや軍学校らしいっちゃらしいけどさ」
「模擬戦ってあれだよな。その訓練で戦うっていう」
「ああ、その模擬戦だと思うけど……ってかさオレ、武器持ってきてないんだけどさ。大丈夫かな?」
「……どうだろう? おっと移動を始めたみたいだぞ」
タクミと喋りながら移動する。
外にある広場? でどうやら模擬戦を行うらしい。
広場には模擬戦で使うのであろう、武器が幾つか並んでいる。
「各自、名前を呼ばれた順に前に出てこい」
「どうやら一対一みたいだな。オレと当たったらお手柔らかに頼むぜユーリ」
「こっちこそな」
「ユーリ・ハザクラ」
「って、いきなりかよ……」
「それと、クラリス・ルクセンブルク」
ざわっ。
周りの空気がまた変わってくる。
クラリスと呼ばれた女生徒が前に出る。
珍しい金色の長髪をなびかせた凛々しい女性だった。
でも、女が相手なのか……。
自分の力を試したかったんだけど、女相手じゃ本気を出すのは気が引けるな……。
「……ん? どうしたんだ」
ふと、タツミの方を見ると何だか微妙な表情をしていた。
「……その、なんだ。頑張ってこい」
「……? ああ」
「ユーリ・ハザクラ。早く前に」
「おっと……」
慌てて前に出る。
「武器を選べ」
ひとまず剣を取る。どうやら刃はついてない模造品みたいだ。
一回素振りしてみる。うん、まあ、悪くないな。
相手の方を確認してみる。
どうやら向こうも剣を選んだらしい。
「……両者、礼を」
礼……? ああ、お辞儀か。
とりあえず頭を下げておく。
「では、構え」
……でも、まさか、いきなり戦う羽目になるとはな。
ま、軽く運動すると思ってやってみるか。
「……始め!」
模擬戦が始まる。
剣を握る手に力を込める。
「…………はぁ。くだらない」
「……ん?」
相手の女。クラリスと呼ばれていた女が喋りだす。
「こんな試合に意味なんてないのに」
「……意味がない?」
「だってそうでしょ? どうせ私が勝つんだから」
「…………え? なんで?」
いきなり何を言い出すんだこの女。
「……何? あんた、まさかこの私に勝てるとでも思ってんの?」
「いや、負けるつもりで戦う奴なんていねえだろ?」
ざわっ。
……? なんださっきから。周りが騒がしいんだがどうかしたのか?
「へえ……勝つつもりなんだ? この私に。はあ……これだから馬鹿は困るわ」
「……馬鹿ってもしかして俺のことか?」
「ええ、自分の身の程をわきまえない奴は馬鹿以下の何者でもないでしょ?」
……なんだかムカついてきた。
「……じゃあ、確かめてみろよ。俺が馬鹿なのか、お前が馬鹿なのかを……よっ」
地面を蹴り、一気にクラリスへと距離を詰める。
……一応、女相手だ。少し加減を――
「……炎よ」
「……えっ?」
クラリスの周りに突如、炎が現れる。
「……舞え」
そして炎が鞭のように俺に襲い掛かってくる。
「な、なんだよそれっ」
慌てて後ろに跳躍して炎をかわす。
「……逃がすかっ」
炎の数が増える。
「これってあれか? 魔法ってやつなのか?」
炎の鞭を避けるうち、クラリスとの距離が離れていく。
「魔法を見るのは初めて? ふん、どうやら田舎者みたいね。田舎者はさっさと山にでも帰りなさい」
「くそっ、確かに俺は田舎者だが、わざわざムカつく言い方しやがって」
どうにか前に出たいが、鞭に遮られて避けるのに精いっぱいだ。
「……これで終わりよ」
クラリスが手を前に掲げると炎の球が生まれていく。
「…………?」
炎の鞭の動きが鈍くなる。
どうやら、あの炎の球を作るのに意識を集中させてるみたいだ。
今なら……行ける!
俺は多少のダメージ覚悟で前へと飛び出す。
「……燃え尽きなさい!」
炎の球が俺めがけて発射される。
しかし、発動のタイミングを読んでいた俺は、更に加速することでそれを避ける。
「俺だって、今まで努力を積んできたんだ! このくらいで負けるわけにはいかないんだよ!」
そして振りかぶった剣をクラリスへと叩き込む。
よし、入った!
「…………これだから野蛮で無知な田舎者は」
「…………なっ」
完全に決まったと思った俺の剣はクラリスに届いてはいなかった。
何故か、何もない空中で止められている。
「……こんな攻撃で私の結界を崩せるとでも? はっ。ばっかじゃないの?」
クラリスの剣が俺に迫る。
「くっ……」
慌てて後ろに下がり防御の体勢をとる。
「はっ!」
「ぐっ……」
速い……そして剣で受け止めたはずなのになんて衝撃なんだ。
本当に女の力なのかこれは……?
「……凡人は、凡人らしくしていればいいものを」
速くそして正確な剣。どうにか凌いではいるものの、反撃する隙がない。
それに例え反撃できたとしてもあの結界とやらがある……。
「努力? 凡人がする努力なんて何の価値もないってことを教えてあげるわ」
「ぐはっ……」
防御しきれなかった攻撃が胴をかすめる。
「ふん……無様ね――」
「……くそ、まだだっ」
攻撃が決まったことで油断したのか攻撃が緩む。俺はその隙に再び剣を振りかぶる。
今度は全力でぶつけてやる。
結界がなんだ! 防がれるならそれ以上の力をぶつけるまでだ!
「うらああ!」
「……炎よ」
目の前が真っ赤に染まる。
「……がはっ」
剣がクラリスに届く前に現れた炎の壁によって俺は吹き飛ばされる。
「……ふん。馬鹿にお似合いの最後ね」
膝を付く俺の顔にクラリスの剣が向けられる。
「……くそっ……俺は……まだ……」
立ち上がろうとするがダメージが大きいのか上手く身体が動かせない。
「そこまで。勝者、クラリス・ルクセンブルク」
「……くそっ」
「……これに懲りたら二度と私に勝とうだなんて思わないことね。凡人」
「…………」
それは完全な敗北だった。
俺の人生で初めての……そして最も屈辱的な。
「…………ん」
目を開けるとそこは知らない部屋だった。
「……えっ? ここは……?」
「あら、気が付いた? ハザクラくん」
「えっと……?」
「ああ、私はクドウ。この保健室で医務員をしているわ。そして、あなたは模擬戦中に意識を失ってこの保健室に運び込まれた。でいいかしら?」
「……なるほど」
それはまた何ていうか恥ずかしい去り方をしてしまったみたいだ……。
「……はぁ」
「大丈夫? まだどこか痛んだりする?」
「……いえ、身体は大丈夫です」
「……そうだ。君が起きたら説明するように言われたんだけどね」
「……?」
「君の所属するクラスと、君の指導官になる子についてね」
「……指導官? って何ですか?」
「……あら、もしかして、うちの伝統については知らなかったりする?」
「あー……すみません」
「えっとね、うちの学校には二年生が一年生の指導役になって一緒に授業や課題をこなしていくっていう伝統があるのね。先輩に教えてもらいながらお互いに切磋琢磨していくっていうような」
「……師匠と弟子みたいなもんですか?」
「そうね。そんな感じ」
へえ……知らなかった。
でも、そうだな。師匠か……そういう誰かに教わるってことは今まで居なかった。
だから、そういうのは少し新鮮かもしれない……。
そして修行をつけてもらってもっと強く……
強く…………。
「……あー、嫌なものを思い出した」
凡人は凡人らしく。クラリスの言葉が脳裏に浮かぶ。
……修行をしたらアイツにも勝てるようになるのだろうか?
そう思うと何だかその師匠とやらに早く会いたくなってきた。
「……説明の続き、いいかしら?」
「あっ、はい」
「まず君の所属するクラスはCクラスね」
「ふむふむ、Cクラス……」
ということはAとBもあるんだろうか。
「そして、君の指導官なんだけど、校庭に居ると思うわ」
「校庭?」
「模擬戦をしていたところよ」
「ほんとは模擬戦の後、二年生が合流して説明を受けて移動するんだけど、君はほらこうして保健室に運ばれちゃったから」
「…………じゃあ、先輩は校庭で待機したまんまなんですか?」
「……そうね。たぶん、あそこで一人待ってるんだと思うわ」
「一人で……」
なんていうか、申し訳ないことしたな。
「……じゃあ俺、行ってきます」
「大丈夫?」
「ええ、身体は丈夫な方なんで」
「じゃあ、頑張ってね。ハザクラくん」
「うっす」
保健室を出る。
「…………」
再び、保健室の扉を開ける。
「えっと……校庭って……」
「ああ、右よ」
「ありがとうございます」
言われた方向へと走っていく。
多少、まだ痛みはあるが、待たせているのは悪いと思ったから。
外に出る。
既に日が西に傾いていた。
結構な間、気絶してたみたいだな……。
校庭には誰かが一人で立っていた。
どうやらあの人が俺の師匠らしい。
走るのを止めて歩きに切り替える。
「…………?」
俺の接近に気付いた相手がこちらに振り返る。
「…………え」
夕陽に照らされて相手の姿がハッキリと分かる。
光を反射するかのような艶やかな銀色の髪。
そして、夕陽を受けてなお青く深く輝く瞳。
……そこに立っていたのは、昨日、俺を助けてくれた女の子だった。