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前編

Twitterの診断メーカー「獣人小説書くったー」で、

・しっぽが特徴的な龍人が溺愛される話

・少女な龍人で種族差に苦しむ話

と連続で龍人のお題が出ましたので、前後編にしてみました。


 仕事・常闇の森の洞窟への道案内。洞窟内での鉱石採掘の補助。

 募集・夜目のきく獣人一名。

 報酬・銀貨──



「……で、あんたがこの仕事を引き受けた獣人か?」

 男は目の前の相手を見下ろし、太い指を突きつけた。

 背が男の胸のあたりまでしかないその相手は、男を見上げて腕を組む。

「そうだ。常闇の森は、我ら一族が先祖代々見守る土地。人間たちの間で流行する病の薬に、森に眠る鉱石の粉末が必要だというのは理解するが、必要以上に大きな石を奪われたり、森を荒らされたりしては困る。私が道案内と見張りを兼ねて、この仕事を引き受けた」

 国境近い、イダクの町。酒場の外壁には求人の張り紙があり、護衛や魔物退治などの仕事内容と報酬が書かれている。その前で向かい合って話す二人を、通行人が面白そうに眺めては去って行く。

「ちょっと待てよ、あそこは魔物が出るんだろ? だから俺みたいなのしか、石を取りに行く奴がいなかった」

 男はぼさぼさの緑灰色の髪をかき、傷だらけの鎧の肩をすくめて苦笑する。

「わざわざ酒場のオヤジに紹介してもらっといてナンだけど、あんたみたいなのを連れていく訳にはいかない。そんなひらひらした格好の女の子はな」


 獣人だと名乗る彼女は、吊り気味の大きな琥珀色の目で男を見つめ返している。顔だけ出して巻いたターバン状の布を肩に垂らし、上着のたっぷりした袖から指先だけ出した様子は、彼女を幼く見せていた。

膝まである上着は数カ所に切れ目が入って、その下には足首まであるスカート。このスカートが少々独特で、何枚も布を重ね合わせてボリュームを出してある。


「耳とか毛とか、獣人の特徴を隠したいのはわかるけどなぁ。その格好で踊り子でもやった方が、こんな仕事より儲かるんじゃないの、お嬢さん」

 男は軽く屈んで、彼女を無遠慮にじろじろ眺めると、ぴらり、とスカートの裾をつまもうとした。


「無礼者」

 彼女は表情も変えないまま、一言つぶやくと──


 くるり、と一回転した。スカートが大きく広がる。


 ズバン、と、男を横からなぎ払う衝撃が来た。とっさに腕で頭を守り、受け身を取って往来に転がった男は、あわてて身を起こす。


 広がったスカートの布の合間から、太い尾が見えていた。青と白の鱗に覆われて光るそれが、スカートが垂れ下がるのに合わせてするりと見えなくなる。


「龍人族か!」

「お前のような男、ますます見張らねばならぬ。この私の目でな」

 彼女は挑戦的に目を細めて微笑み、額を覆っていた布を軽く上にずらした。その額に、赤い石が光っている。

 黄泉の国さえ見通すという、龍の目だ。


その途端。

「す、すげえ! 龍人、初めて見た!」

 跳ねるように立ち上がった男は、髭面に満面の笑みを浮かべた。少女は眉をひそめる。

「……はぁ?」

「そんだけ強力なエモノ持ってりゃ上等だ。俺はジオジント。あんたは?」

 灰色の目をきらめかせる男、ジオジントに、龍人の少女はややひるみながらも答える。

「……ゼダ」

「よしゼダ、行こう、すぐ行こう!」

 ジオジントは彼女の後ろに回り、軽く肩を押し出すようにして促した。

「さ、触るなと言うのに!」

 すっかり調子の狂った少女ゼダは、尾でスカートの裾を跳ね上げて男の手をバシッと払った。

「ひぃ、おっかねぇ。へえ、こうやって何枚も布を重ねてるから、しっぽ出しても横に垂れ下がって足が見えにくく……」

「だから、めくるな! 覗くな!」

「あ、三つ編みが少し見えた。綺麗な黒髪だなあ」

「頭布も引っ張るな! お前が前を歩けっ」


 騒がしく出発した二人だったが、常闇の森に入る頃には、ゼダはすっかり無口になっていた。ジオジントは相変わらずよくしゃべっていたが、無視するのが一番だとゼダは早々に気づいたのだ。

 よくしゃべると思いながら睨むと、彼はゼダの考えを読んだように「魔物相手なら、どうせ気配バレバレだし」と軽く言った。

「本当に真っ暗だなぁ」

 ランタンを軽く掲げながら、ジオジントは落ち着いた歩調で先を歩く。

「ていうか、道案内が前を歩かないのっておかしくない? ゼダの後ろ姿を見ながら歩きたいなぁ」

「……そこの岩を左に回り込め」

「へーい」

 後ろからゼダが出す指示を、ジオジントは素直に聞く。しゃべり方こそのんびりしているが、魔物が出ることを知っているだけあって、すぐに動ける体勢だ。

 肩から腰までを覆う金属の鎧から、鎖帷子が垂れ下がっている。足はズボンにブーツを穿いているが、腕はむき出し、指の出る皮手袋は甲の部分が金属のようだ。腰には長剣、背中にずだ袋。年季の入った装備に見える。

 そんな風にゼダが思っていたところへ、早速、闇が動いた。


 闇の奥に、四つの光。そして茂みを越えて跳躍して来たのは、双頭の豹だった。

 ジオジントは転がって避けながら、声を上げる。

「うわっと。これ、倒していいのか?」

「なぜ聞く」

「一応ゼダと同じ森に暮ら」

「いいから倒せ」

「ウィッス!」

 急に、ジオジントの姿が存在感を増した。腕の筋肉が盛り上がり、構えられた長剣がうなりを上げる。

 ここまで歩いてきた彼の動きとは全く違う強さと速さが、ゼダの目の前を一瞬でよぎった。重みのある音とともに、双頭の豹はジオジントの足下に沈んだ。男は豹の上に飛び乗り、首にとどめを刺す。

 ゼダは腕組みをして立ったまま、その様子をじっと眺めていた。


 イダクの町で、夜目のきく獣人に仕事を依頼しようとしている男がいると聞いたとき、ゼダは哀れみを覚えたものだ。

 太陽に明らかにされた海と大地は、この世界に生きる者たちの前に等しく広がる。しかし人間は、闇を見通すことができない。闇の中で動けない……などと、何と脆弱な生き物だろう。夜でも活動するために灯りを必要とし、灯りを得るために木々や石炭を必要とし、木々や石炭を得ようと日々働く。

 そんな労力と大地の恵みを無駄に費やすくらいなら、夜はおとなしく隠れ潜んでいれば良いのだ。夜を、闇に暮らす生き物に明け渡して。

 一方のジオジントも、出てきた魔物がゼダの仲間なのかどうか判断できなかったようだ。世界の淀みから生まれる魔物と、神の眷属である龍人を一緒にされてはたまらないというのがゼダの気持ちだが、ジオジントには区別がつかないのだろう。

 龍人は淀みをこの森に集め、そして生まれた魔物が暴れぬよう森に留めているのだ。魔物とて逃れられない、寿命が尽きるその時まで。それが、龍人の役目だった。

 ゼダはそれをジオジントに教えてやろうかと思ったが、面倒なのでやめた。

 龍人と人間は、別の世界で生きるもの。理解などし合わなくとも、世界は回る。

 

 しかし、今の戦いを見ていて、ゼダの人間に対する印象は少し変わった。ただ町中で人間たちの営みを眺めるのと、間近で戦うのを見るのとは雲泥の差だった。

「まるで、熱の塊だな……」

「何が?」

 豹の上から飛び降りたジオジントが、そのままステップを踏むようにゼダの近くに立った。思わず、ゼダは一歩下がる。

「寄るな。暑苦しい」

「え? そう?」

 自分の身体を見下ろすようにしたジオジントが、ああ、とゼダを指さした。

「暑苦しいって、そういえばゼダのしっぽはひんやりしてたもんな。そんなに着込んでても平気そうだし……龍人は体温低くて、俺を熱く感じるとか?」

 本当は、ゼダの印象としては表面的な暑さではなく、ジオジントのずっと内部で何かが燃えているように感じたのだが、彼女は面倒なのでうなずいた。

「ふーん。でも、俺は近づきたくなるな」

 ジオジントは、ゼダをじっと見つめた。

「ゼダって確かに、冷たい感じがする。でもそれは不快なもんじゃなくて、湖の底を覗き込むような……冷たく澄んだものに、吸い込まれるような感じだ」

 一歩踏み出してきた彼をかわすように、ゼダは森の奥へ歩きだした。

「おしゃべりはいい。行くぞ」

 しかし、彼女は冷静なつもりでいて、彼に後ろを見せてしまった。スカートの中にしまっていた尾が、身体を翻した拍子に裾からはみ出す。

「隙ありっ」

「ひぃあ!? ……っお前っ」

 バシン、と重たい衝撃音が、暗い森に響いた。


 洞窟の入り口は、蔦がいくつも垂れ下がって見えにくくなっている。

 ジオジントはその手前で荒い息をつきながら、皮の水袋を取り出して一口飲むと言った。

「ちょ、ゼダさん……手伝ってくれても……魔物、倒すの」

「全てお前が余裕で倒してこれただろう」

 後ろで立って待っているゼダを、ジオジントは恨みがまし気に振り向く。

「余裕ってほどじゃ……なんか小さめのヤツは、ゼダが視線で追い払ってくれてたじゃないかー。そんなに強いなら加勢してくれよ」

「何だ、気づいていたのか」

 ゼダはしれっと答える。魔物は基本的に龍人を恐れており、巨大化して暴走しない限りはほぼ龍人の支配下にあった。

「その素敵なしっぽで、デカい奴もちょちょいと倒してくれよ」

「私たちは、人間の生死には関わってはならぬという掟がある」

 ゼダは注意深くジオジントより前に出ると、洞窟に近づいて蔦をかき分けた。

「うっかり政治的なことに関わって、人間の国に影響を及ぼしでもすれば、龍人全体に関わるようなことになる可能性があるからな。お前が魔物に襲われて死ぬなら、それまでだ」

「ひでえ。俺なんか金で仕事をするただのごろつきだよ、助けたって何も起こらねえよー」

 ぶつくさ言いながらも、ジオジントはゼダに続いて洞窟に入ってくる。

「でもまあ、小物は追い払ってくれてありがとう」

「……小物をいちいち倒していたら、いつまで経ってもここに着けないと思ったまでだ」

 洞窟の奥は石柱の林立する大きな空間になっており、ジオジントの求める鉱石のかけらがいくつも転がっている。ジオジントは丈夫そうな麻袋を取り出すと、カンテラを足下に置いて石を拾い集めた。

「こんくらいのが……十もあれば、千人救えるって言ってたな」

 袋の口を閉めて荷物に入れると、ジオジントは立ち上がる。

「よし、帰ろう。とその前に、今は夜……だよな?」

「そうだな」

「ここにいると時間がわかんねぇな。ええと、ゼダ様、人間めがここで寝んでもよろしいでしょうか?」

「構わぬ。ここには魔物が入ってこないからな」

「そりゃいい。あ、携帯食で良ければご馳走しますが」

「いらぬ」

「あれ、人間が食べるものは無理?」

「食べられるが、元々龍人は時々しか食事をしないし、飲み物のようなものが多い。携帯食は干し固めてあるだろう、あれは苦手だ」

「じゃあ、ちゃちゃっと食っちまいますから、一緒に眠りませんか?」

「なぜだ?」

「いや、真顔で聞かれても……」

 結局、ゼダは洞窟の外のどこかへ休みに行ってしまい、朝まで戻ってこなかった。


 翌日の夕方、常闇の森の外へと出てきたジオジントは、ゼダに向き直った。

「すげえ助かった、ありがとう。報酬、今ここで払っていいか?」

 胸元に手を突っ込み、首からぶら下げた財布らしき袋を取り出すジオジントに、ゼダは淡々と言った。

「いらぬ」

「え、何で!?」

「私はお前を私たちの住処に案内して、後は見ていただけだ。それに、人間の金をもらっても大して使う機会がない」

 ゼダが言うと、ジオジントはうろたえた。

「いや、でも、タダって訳にはいかない。金じゃなくてもいいから何か礼をさせてくれよ、心残りになるだろ」

「いらないと言うのに」 

 答えたゼダは、少し口元を緩めた。

「人間の戦士をゆっくり観察させてもらうのは、なかなか面白かった。それでいい」

 ジオジントは尚も何か言おうとしていたが、結局また笑い顔になった。

「じゃあ、観察させたお礼にもう一回、しっぽ触らせ」

 バシン、と夕焼けの空に音が響く。

「さっさと去れ!」

「痛えー! なあ、良かったら今夜も俺を観察してもいいんだぜ? 鉱石を届けるところまで一緒に来てもいいし!」

「隙あらばスカートをめくって尾を撫で回して来る奴など、もうごめんだ」

 そう言って顔を背けたとき――

 森の奥から、龍人にしか聞こえない笛の音が届いた。

「……私はもう戻る。ではな」

 踵を返したゼダは、振り向かずに森の中に戻っていった。

「ゼダ、ありがとうなー!」

 ジオジントの声はすぐに遠くなった。


 常闇の森の最深部には、地の深くから湧き出る泉がある。泉の縁に立ったゼダは、水の中を覗き込んだ。

『ゼダ。そなた、人間の男と気安くしていたそうだな』

 長老の両の目と「黄泉の目」、三つの光が、泉の中に浮かび上がる。射竦められて、ゼダは畏怖と反発を同時に感じながらも答えた。

「いいえ。仕事の依頼を受けただけです。その後は適当にあしらって追い返しました」

『……ならば良い。しかし、決して我らの領域に入れるでないぞ』

 長老はすでに、身体のほとんどが龍と化している。龍人は老いると徐々に龍の身体に近づいていき、やがて飛び立って天に昇り、地上には戻らない。

 長老は続ける。

『そなたが望まずとも、人間がそなたに執着し我らが領域に押し入る場合は……わかっておるな』

 ゼダは淡々と答える。

「はい。男が無理にここに押し入ろうとすれば、殺します。しかし、その様子はありませんでした」

『ここに人間を迎え、共に暮らすことだけは許さぬ……』


 冗談ではない、と、ゼダは思う。

 あんな騒がしい男、誰がこの神聖なる静謐な地に入れたいと思うだろうか。


 それからも、ゼダは数日おきにイダクの町の酒場に行った。常闇の森に影響するような仕事がないか、張り紙を確認する。

 そうして一ヶ月が経った頃の、ある夜のことだった。

 ゼダが張り紙に目を走らせていると、するり、と腰に嫌な感触。

「ゼ」

 相手が自分の短い名を呼び終わる前に、ゼダは身体を捻って尾を振り切った。相手は吹っ飛んで、隣の納屋の壁板に突っ込む……はずだった。

 が、その相手はまるで予想していたかのように、ゼダの尾を避けていた。

「……なぜお前がここにいる」

 ゼダは足を踏ん張り、肩幅に開いたまま低く言った。

「ゼダに会いに来たからに決まってるだろ?」

 ジオジントはささやくような声で、しかし嬉しそうに言った。相変わらず、傷だらけの鎧を着込んでいる。

「ここで会えて嬉しいぜー! 何でこんな夜中に、張り紙読んでんの? 読めんの?」

「……我らの種族は、闇に沈んでいるものほどよく見える。おまえたちが明るい方が見えるのと同じだ」

 ゼダは淡々と答える。

「別に、明るい場所でも読めるんだろ?」

「読めるが、昼間に人間の町をうろつきまわって余計な者に声をかけられたくない」

「ゼダは可愛いもんな、昼間に来たら男にまとわりつかれちまうかー」

「用は済んだ。私は帰る」

 さっと踵を返すと、ジオジントはあわてて後を追ってきた。

「待てよ、俺はゼダに会いに来たんだって言っただろ?」

「もう会った。ではな」

「話! 話をしたい!」

「私はしたくない」

「じゃあ尻尾に触りたい!」

「嫌に決まってるだろう!」

 ゼダは思わず振り向いたが、ジオジントがニヤリとしたので、しまったと思った。どうやら自分を振り向かせるために、わざと尾のことを話題に出したらしい。


 龍人は人間を、哀れみを覚えるほど脆弱な生き物だと思って見下している。そして人間の方は龍人を畏怖しながらも、異質で不気味なものとして目を逸らしている。

 そんな人間が、よりによって直接触れようとして来ているわけで、ゼダはジオジントとの距離の取り方がさっぱりわからなかった。ゼダにも家族はおり、姉のギズにジオジントのことを話してみたが、ギズも「無礼な奴だな」とは言うもののジオジントを貶めるようなことを言うでもなく、「何その生き物」という態度だった。

 そして今、ゼダも思っている。何だ、この生き物は、と。


「鉱石は得ただろう、今度は何をしにわざわざ来たのだ!?」

「いやー、ちょっと別の仕事で下手踏んじまって」

 ジオジントは頭をかく。

「こっちで仕事を探そうかなーなんてな」

「勝手にしろ」

「なあゼダ、頼みがあるんだ」

 ジオジントは両手を合わせた。

「常闇の森で、しばらく暮らしてもいいかな? 入り口付近なら魔物も出ないだろ」

「何だと?」

 ゼダは眉をつり上げた。

「なぜ森に来たがる」

「そりゃ、ゼダがいるからに決まってるじゃないかー」

 笑顔のジオジントに呆れて、ゼダは言う。

「人間は町で暮らせ」

「そこを何とか、頼むよ」

「常闇の森に人間は住まわせてはならぬ掟だ。無理に押し入ろうとすれば、私はお前を殺さなくてはならぬ」

 脅しておけば、もう自分を追いはしないだろう。ゼダはわざと厳しい言葉を選ぶ。ジオジントは目を見開いた。

「え、人間の生死には関わらないんじゃないのか?」

「森に人間を住まわせないことは、その掟を上回る」

「そ、そうなのか……うーむ……」

 何か考え込むジオジント。ゼダはふと顔を上げ、闇の奥を見つめた。

「……ジオ」

 名前を呼びかけた時には、ジオジントも気づいたようだった。近くに、人の気配がある。


「見つけましたよ、隊長」

 知らない声がした。


 隊長? と口の中でつぶやきながらそちらをみると、酒場からもれるわずかな灯りの中に、やはり鎧姿の若い男が入って来た。

「……お前が迎えに来たのか」

 ジオジントは若者を見て、口の端をあげる。

「はい。……申し訳ありませんが、帰りましょう。何人か、近くまで来てます」

「……わかった」

 ジオジントは答えると、ゼダを見て肩をすくめた。

「残念ながら、ゼダを口説く前に時間切れだ」

「お前、何かの隊長殿だったのか」

 ゼダが尋ねると、ジオジントは笑って言った。

「傭兵隊のね。雇われ隊長」

「ふん。良かったではないか、下手を踏んだなどと言っていたが、隊長殿を部下が迎えに来た」

 少々茶化してゼダが言ったが、ジオジントはそれには答えず、背中の荷物を下ろして中に手を突っ込んだ。

「……本当は、二人っきりのところで渡したかったけど」

 彼は小さな布包みを取り出すと、ゼダに差し出した。

「この前の礼。溶けるものなら食べられるだろ? ここまで持って来れて、ゼダが食べられそうなものって探してたら、これを見つけたんだ」

「溶けるもの?」

「それを見たら、ゼダを思い出したから。な、今度こそ受け取ってくれよ。頼むよ」

 ジオジントが両手を合わせる。


 ──そなたが望まずとも、人間がそなたに執着し我らが領域に押し入る場合は──


 長老の言葉を思い出し、ゼダはそれを受け取ることにした。

 執着されているとまでは感じなかったが、これを受け取らなかったら、ジオジントは次の何かを考えてまた持ってきそうだ。

「ありがとう」

 素っ気なく言ってゼダが受け取ると、ジオジントは荷物を背負い直した。

「良かった良かった、これで心残りねぇや。じゃあな」

 あっさりと部下の方へ歩み寄っていくジオジントに、ゼダは少々拍子抜けした。ふと、言葉が口をついて出る。

「もう来るなよ」

 そう言ったところでまた来るかもしれない、と思っての言葉だったが、ジオジントはちらりと振り返って微笑んだ。


「うん」


 そして、闇の奥へ歩み去っていった。


 ゼダは手の上で、受け取った布袋を開けてみた。小さなものがいくつか入っている。

 一つ摘むと、それはまるで氷のかけらに見えた。酒場の明かりが透けて、琥珀色にきらめいている。

「……何だろう。溶けると言っていたな」

 ゼダは用心深く、それを口に入れた。表面はシャリッとしたもので覆われており、ぱっ、と甘みが広がる。それが溶けると、次にやや弾力のある感触。しばらくすると、それも溶けた。

「ふむ」

 ゼダはもう一度、手のひらのそれを見つめた。もうひとつ摘み、少し考えると、摘んだかけらを戻して包み直し、胸の合わせにしまい込んだ。


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