道化 -3
その日の放課後、奇遇なことに、平坂と一緒に帰ることになってしまった。僕は内面が激しく動揺していようと、それを表に出さずに平坂と帰ることが出来る男であった。
中学校の時はよくこう、僕と平坂と山上の三人で帰っていた。あの頃は三人とも仲の良い友人であったのに、いつの間にこうも変わってしまったのであろうか。三角の一角が死に、一辺が変わり、残り二角も変わり…。もう僕は、今、山上に対して親愛の情を抱くことはできぬ。しかし、それは、当然のことであろう。山上は憎まれて当然であろう。
「ねえ、野崎君」
「なんだ」
「・・・好きな人って・・・いたりする?」
「・・・おらんことはない。ただ・・・」
「ただ?」
「恋とやらをしたことがないから、これが恋なのか、分かるまい。それに」
それから、僕は少し考え、
「今の僕には、恋などをする権利はなかろう。あるまいか」
「なんで?」
「愚かであるからだ。まあ、ただ、その人は、僕を好いてなぞ、おらぬ。僕でない違いやつを好いているのであろう。この恋は、無駄であろう」
「もしかして」
そう、平坂はクラスや同学年の女子の名前を数人分あげた。
「否、全員、違う。恐らく、平坂の考えにも及ばぬような人間であろう」
「そう・・・。誰なのかなー」
平坂は何か言いたげに僕を見ている。が、僕はとぼけておく。
「独り言なぞ、返事する必要はなかろう」
「独り言じゃないわよ」
「でも、教えてやれるものではあるまい」
もしくは、ここで告白した方が楽であろうか。僕は楽になれるのであろうか。
しかし、ついぞと僕はその事を口に出来なかった。
何年も見てきた街の風景を横目に、僕と平坂は京の街を歩いていく。
と、途中、何やら香ばしいにおいがしてきた。クレープ屋である。
「平坂、いるか?おごるぞ」
「え、いいの?」
「ああ、良い。おごると言っておろう」
こう、嘘をついているお詫びにおごらせていただきたい。もちろん、言える訳ないが。もちろん、これしきの事で償えなどはしないが。
「じゃあ、これ」
僕は、平坂のと、そして自分のを一つずつ注文して、金を払った。出来たてを平坂
に渡す。
「いただきます」
京の街の片隅に立って、クレープを頬張る平坂は、またも反則であった。
自分以外のクレープの味は分かるまいが、平坂の横顔を見る。本当に反則だ。その眼鏡も、ゆるい雰囲気も、何もかも反則であろう。
「ごちそうさま。ありがとう、野崎君」
「ここ。ソースが付いている」
そう、僕はティッシュを手渡しながら、平坂の口元を指さした。
「あ、ありがとう」
平坂がソースをぬぐう。
そして、どこか恥ずかしそうにする。反則だ。
そこで僕は、今さっきの平坂の質問にお返しにと、とある質問をすることにした。
「平坂」
「な、何?」
「好きな人はいるのか?」
言ってから、しまったと、思った。
「・・・えええ?!」
「…そこまで、驚かんでもよかろう。ただ、今さっきの平坂の質問に返してみたまでだ」
「そ、そうなの・・・」
「もちろん、答えなくいのならば、答えなくても良い」
「そ、そんなことないけど・・・。知りたい?」
上目遣いに僕を見てくる。
正直知りたい。
「差し支えなければ」
「わ、私の好きな人はね、」
と、その時
「あっれ~、尊と誰かと思―たら、綾香ちゃんやないの~」
姉である。僕の家に行く道すがらなのであろう。
「えらいべっぴんさんになったなあ。何、話しとったん?」
「え、いや、それは?」
「え、何々?」
「あまり詮索しないであげてくれろ。彼女にも聞かれたくない事の一つや二つ、あるであろうからな」
「あっれ~、尊、口調おかしいんちゃうん?」
「漱石だ」
「ふ~ん。ほな、行こか」
と、それっきり、姉はその事には触れずに、先に歩き出した。これも姉の良い所であろう。
さてさて、今回はいかがでしたか?楽しんでいただけたら幸いです。
話もそろそろ佳境に差し掛かってきました。あと少しばから、お付き合いください。
感想や改善点などがありましたら感想欄に書いていただけるとありがたいです。
次回は9月30日に投稿する予定です。
では、またお目に書かれることを祈ってます。さようなら。