表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つき  作者: Arzt
7/13

道化 ー2

 枕元に『こころ』と同じように積んでいる『それから』をもう一度手に取る。

 代助の、家族と、友人を通し、そして友人の妻を愛してしまう物語だ。

 真っ向から、社会を否定する訳でもなく、賛成する訳でもない。ただ、代助の思う所が認められている。

 代助は恐ろしくなかったのであろうか。社会のつまはじき者にされる事が恐ろしくなかったのであろうか。恐ろしくはなかったのであろう。彼は一種独特の、しかし確固たる自分の哲学を持っていた。

 比べて、僕はどうだ。倫理に背き、代筆すると決めた今でも、その苦しみにさいなまれ続けている。愚かではなかろうか。愚かであろう。

 その苦しみの根源となっている平坂の手紙を手に取る。

 『私は、君のことが好きなのだと、思います。恋の告白などではありません。事実の告白です。キリスト教で言う所の罪の告白と同じです。』

 何ということであろうか。山上は死んでもなお、平坂からの恋心を得るとは、何ということであろうか。許して良いのであろうか。否、断じてそれを許してはいけないのであろう。平坂が可哀想であろう。

 同時に僕は山上に対して嫉妬の念を得ていた。もし、僕が平生の精神を有していたなら、―もちろん、全てがそうという訳ではあるまいが―山上を恨むなどという愚かな事はしなかったであろう。この時の僕は愚かであった。そして、ついぞその事実に気付かぬのだから、さらに愚かであった。


 朝は今一つ、はっきりとしない。シャキッとしなくっちゃいけないと顔を冷水で洗ってみるも、どうも今一つである。寝不足であろう。

 朝食を皿で並べてみるも、これまた食べる気がしない。パンが鉛の板のように見えるのである。これも又、理由は分かっている。

 ボーリング玉のようなパンを噛み砕き、無理矢理、体を動かす。ここ最近はとんと、寒くなってきたからブレザーがありがたい。が、今は憂鬱である。なぜかって?平坂に手紙を渡さなくっちゃいけないからである。


「平坂」

 朝、教室でもう、自分から話しかけた。待っているのは辛いのである。

「手紙。山上から」

「あ、ありがとう」

 平坂が嬉しそうに、しかし、若干目を落して手紙を受け取る。なぜであろうか。

「どうした。僕の顔が何かおかしいのか?」

「あ、ううん。そうじゃないの」

 平坂が慌てて訂正する。

「ちょっとね」

「ちょっと、何なのだ」

「・・・分からないかな~」

「僕は愚かだから、何も分からぬ。ぜひ、教えていただきたい」

「じゃあ、私も1つ、教えて」

「なんだ」

「・・・」

 平坂がわずかにとまどい、そして

「山上君、元気?」

 カッと血潮が沸き立った。この後におよんで、山上の事か。

 そんなに山上のことが大切なのであろうか。

 憎い。山上が憎い。死んでなお、僕を苦しめ、あろうことか平坂にも愛されている山上が憎い。

 口から怒りと嫉妬を吐き出そうとするが、しかし、又もや何かが虚構へとそれを塗り変えた。 

「心配はいるまい。山上は何も変わらぬ」

 この言葉を吐いている途中から、とんと、僕の血は冷静になっていった。

「彼も、平坂に変な気負いをさせたくはなかろう。大丈夫だ」

「・・・クスッ」

 平坂が小さく微笑む。その笑みが僕の心に染みる。

「何がおかしいのであろうか」

「口調。漱石っぽいわよ」

「・・・よかろう。それとも…平坂は嫌いなのか」

「ううん。野崎君に、似合っていると思う」

 それにしても、この笑みは反則であろう。一瞬で僕の心を瓦解させてしまう。 

 ふと、平坂の髪に手を伸ばそう、と手を上げた。

 と、 

キーンコーンカーンコーン

 なんと間の悪い事であろうか。ここまで間の悪いことはあるであろうか。否、無いであろう。

「じゃあ、又、後で」

「・・・ああ」

 自席に戻っても、まだ、そのもやもやと、衝動は右手に残ったままである。消えそうにもなく、ふくれあがりそうで、それでいて、行動するのにとんでもない勇気を要する物であった。今さっきは無自覚なのがかえって良かったのであろう。


お久しぶりです。

今回はいかがでしたか?面白いと思っていただけたら嬉しいです。

感想や改善点、何か気が付いたことがありましたら、感想欄に書き込んでください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ