道化 -1
一時間ばかりで目が覚めた。
窓の外は今だに暗く、時計の針は少ししか進んでいない。
ここ最近、ずっとそうである。
僕は、今だ疲れを引きずっている体をベッドに横たえ、目を閉じようとする。が、何かがまぶたを上げさせる。何であろうか。分からない。
枕元の本に手を伸ばす。かって二か月ばかりたつというのに、今だ読み返し続けている。何のためであろうか。約らく僕を『私』に見立てて、ただ現実逃避しているだけなのであろう。それにしても、この本はなぜ『こころ』なのであろうか。愚者や馬鹿でも良いであろう。
『精神的に向上心のないものばかだ』
その言葉が目に、皮膚に、心に突き刺さる。
確かにばかであろう。『私』はばかであった。『K』もばかであった。そして、僕もばかである。
今だに‘’代筆‘’を続けている僕もばかである。
数日前、平坂が僕に話しかけてきた。
「ねぇ、野崎君」
「何だ?」
二か月前の自覚から、この女を見る目が変わった。中学校時代の女友達から、何かへと平坂の僕の中での立ち位置が変わり始めている。平坂の似合っていない眼鏡も、ゆるい雰囲気も、一種独特の感慨を持って感ずることができるようになった。
「山上君」
ピクッと肩が揺れてしまった。
「何か、あったの?」
目をまともに見れない。なぜであろうか。明らかだ。ばれるのが恐ろしい。
「どうして、そのような事を言う」
「ううん、ちょっとね。・・・ところで、野崎君、大丈夫?辛そうだけど」
勘が良い。そうだ、僕は苦しんでいる。知られるわけにはいくまいが、苦しんでいるのは事実である。
「大丈夫だ。平生とさしての変わりはない」
「それなら良いけど…」
平坂は、僕をじっと見つめ、そのうちに、二.、三度のまばたきをした。
「辛かったら、言ってね。相談に乗るから」
なら、相談してよかろうか。
否、僕は相談――自白したかった。何もかもをぶちまけ、涙を流し、彼女の前に両手をついて、謝りたかった。実際、その時にさらすだけの言葉は胸の内に用意してあった。
しかし、エゴがその言葉をひねりつぶした。
プライドが体を動かさなかった。
自尊心が涙を枯らした。
代わりにこんな言葉を吐いた。
「何かおもしろい読み物はないか?」
「えーと・・・『それから』とか」
「ほう。ありがとう。読んでみるとしよう」
お久しぶりです。「代筆」から「道化」にサブタイトルが変わりました。今回は面白かったでしょうか?皆さんに喜んでいただけたら幸いです。
野崎は悩み苦しんでいます。この先にあるものは何でしょうか?
感想がありましたら、感想欄に書き込んでいただけるとありがたいです。
次話は9月24日に投稿する予定です。