代筆 -4
翌日、学校では現国の授業がある。昨日の放課後に、書店によって『こころ』を買った。全て読もうと思う。授業が始まり、教師の話を無視して、本を読み始める。
読み辛い。本はそこそこに読む僕ですら、遅々としてページが進まない。普通の男子なら、読む気すら起こらないであろう。しかし、第三部を一部とはいえ先に読んでいるから、まだいくばくかは読みやすい。
休み時間、平坂が話しかけてきた。
「野崎君、それ、『こころ』?」
「ああ、そうであるが」
「買ったの?」
「ああ」
「読んだら、借してくれない?」
「良いよ」
平坂は嬉しそうに微笑む。そのゆるそうな雰囲気と相俟って、不覚にもドキリとしてしまう。男として、当然であろうか。中学から同じ友人であるが、不思議だ。
「あ」
僕の口を良心が突き出ようとした。
「うん?どうしたの」
しかし、自尊心、と何かが良心を引きずり戻す。
「あ・・・いや、何にない」
何なのであろうか、この気持ちは。不思議だ。
兎に角、今、僕は何を言おうとしたのであろうか。
「野崎君、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「そう」
平坂が自席に戻る。
まさか、山上を思い出し、謝罪しようとしたのではあるまいか。
しかし、どう謝れば良い。どう、説明すれば良い。
そうだ、山上が悪い。あいつが変なことを僕に頼むからいけない。元とは言えば、病気のくせに山上が平坂のことを好きに――
僕は何をしているのであろうか。死者と友人との恋を後押しするなどという愚かなことをしていたのであろうか、僕は。
その事に気付いた瞬間、僕の中にすさまじい劫火が吹き回った。
そうだ、明日、あいつからの手紙を平坂に見せよう。そして、僕のしたことを・・・。
そこで、足がなえた。すくんだのだ。何故、何であろうか。
約らく、怖いのであろう。
次の授業中、悶々と考え、そう思った。
自分のしたことを平坂に知られるのが恐いのであろう。
では、なぜ恐いのであろうか。ただの友人であろう。友人なぞ、又、作ればよかろうに。
そこで、僕は一つの恐ろしい、しかし、神々しい答えに辿り着いた気がする。
約らく、僕は、もしかすると、平坂のことが――なのではなかろうか。
―好きなのではなかろうか。
今まで、多くの人を見てきた。
悪人が圧倒的に多い。
善人はごくわずかだ。
バカが圧倒的に多い。
道化はごくわずかだ。
嫌いな人は圧倒的に多い。
好きな人はほとんどいない。
僕は、どんな人間なのであろうか。
どんな人生を歩むのであろうか。
そんなことを考えながら、この小説を認めています。
次話の投稿は9月21日になりそうです。