代筆 -3
翌日の朝。学校に着くと、すぐに、平坂が近付いてきた。
「おはよう、野崎君」
「・・・おはよう、平坂」
「この手紙、山上君に渡しておいて。お願い」
と、手紙を僕に渡す。
いつものように眼鏡が似合っていない。コンタクトにすれば良かろうに。
「分かった、渡しておく」
もう、一生本来の届け先に届かない手紙を受け取る。
平坂が僕の顔を見てくる。
「・・・野崎君、どうしたの?」
昔からこういう勘は良い女である。
「何でもない、大丈夫だ」
大丈夫なものか。だが、何かが僕の声をのっとった。
「そう。無理しちゃダメよ。手紙よろしくね」
どこかゆるい雰囲気のある笑顔で平坂は僕に言い、自席に戻っていった。
僕は席につくと、目を閉じる。何かを考えるために、である。
何をかって?
決まっておろう。言い訳だ。
平坂の手紙を自室で取り出す。
広げてみると、やはり、以前と同様に流麗な字が並んでいる。しかしその文字が怒気をはらみ、僕をニラみつけている。一字一句を読むことが拷問だ。一文字一文字が僕を刺し貫く。僕の心が手紙を読むことを強要する。
と、姉が部屋の戸をいきなり開ける。ノックぐらいしてほしいものである。
「何してるん?夕飯にしよか」
美大に通っている姉は多忙を極める両親に代わり、数日おきに僕の様子を見に来るサバサバした性格は大変良いと思う。サバサバしすぎている所もあるにはあるが。
夕飯はこれまた豪快なものだ。かなりテキトーに切ったであろう野菜が皿の中に浮かんでいる。僕では、こうはいかない。もう少し形、大きさはそろえるように切るであろう。ただ、味だけは良いので、何も言えない。
夕飯が始まってすぐ、
「何してたん?姉ちゃんに言―てみ」
言える訳なかろうが。スプーンを僕に向ける姉に心中でそうつぶやいてから、嘘を垂れ流した。
「いや、少し、女のことで悩んでいる」
「何?何かしてしもうたん?」
「違う。手紙をもらったから、返事に苦労しているだけだ」
「青春やねぇ」
夕飯をかっ込みながら、姉はしみじみと、ニヤニヤという。
何が青春だ。これが青春というものならば、寺での仏道修行も青春となるであろう。しかし、姉は深入りはしない。まぁ、がんばって、と言ったきり自分の興味のある違う話題に移った。
しかし、ゴッホやゴヤなら分かるが、コランやサンソヴィーノなどといわれても何も分からない。しかし姉はしゃべり続ける。あまり僕の事が見えていないようだ。こういう所は両親と似ている所がある。利点だとは思いがたいが。
先に夕食を済ませ、姉の話の腰を折ってから、風呂に入った。風呂からあがると、姉がリビングのソファに座ってビールを飲んでいる。テレビではお笑いが盛況だ。
「尊―」
「何だ」
「おつまみ―」
僕は姉が買ってきたスーパーの袋の中から乾き物を取り出し、姉に放った。
「尊―」
「何?次は?」
「何悩んでんのか知らんけど」
と、姉はグビッと一口ビールを飲んだ。
「友達?との事なんなら、さっさと謝んなよ。友達なくすよー」
「友達など、少ない。大丈夫だ。心配ない」
僕は強情を顔に張り付け、自室に戻った。
机に向かって、もう一度、平坂の手紙を読む。
しかし、どうにか謝れないものだろうか。姉の言葉はとても魅力的だ。というより、人として最もだ。では、それすらしていない自分は人として最低ではなかろうか。いや、山上からの願いだ。仕方があるまい。
次に平坂に謝った自分を思い浮かべてみる。どう謝っても、してしまった事に取り返しはつかない。そして、平坂には嫌われ、信用を失うであろう。
僕の心はどこかでその事を恐れている。なぜだろうか。分かったら、楽であろうに・・・。
久しぶりの投稿です。今作はどうでしたでしょうか。楽しんでいただけたら何より嬉しいです。
前作の後書きに皆様に「”代筆”するかどうか」を問わせていただきました。これは恐らく僕の脆弱性からにじみ出てきている問題なのだと思います。
さて、次作の投稿は9月18日になりそうです。
感想、改善点、その他何か気付いたりコメントがありましたら、感想欄に書き込んで下さい。ぜひ、反映したいです。
では、季節柄、ご自愛くださいますよう、お願いいたします。
また、お会いできることを楽しみにしています。