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生きる資格検定

掲載日:2026/08/03

「私には生きる資格なんてない……」


 そう言ったら、友人は笑った。


「じゃあ資格取りなよ。生きる資格検定」


「は?」


 友人はスマホにスイスイと指を滑らせたあと、その画面を私に見せてくれた。

『生きる資格認定試験』と書かれた、エイプリルフールの冗談みたいなサイト。

 私は半信半疑で、それを読む。


「え、本当にこんなのあるの?」


「生きる資格認定試験、通称、生きる資格検定。いつも死にたいって言ってるアンタにピッタリじゃん」


 たしかに、たった今、目の前の友人にいつもの弱音を吐いたところだ。

 これは断りづらい。


「いやでも、検定料高そうだしさ……」


「無料だよ」


「嘘!? 慈善事業か何か?」


「そりゃ、生きる資格をくれるんだから慈善でやってるんだろうね」


 まいったな、ますます断る理由がない。

 こうしてなし崩し的に、私は試験を受けることになった。


「テキスト貸したげるよ」


 友人が差し出す教科書には『3級』と大きく書かれている。


「……何級まであるの、これ」


「いくつだっけ、たしか7級とかだったかな。もっと等級下げる?」


 私はブルブルと首を横に振った。

 7級が何歳向けなのか知らないけど、下手したら子供の中で試験を受けることになってしまう。

 流石に屈辱。


「これが生きる資格検定かあ……」


 テキストを開いて、問題を読む。

 朝、鏡を見て自分に挨拶する:10点。

 SNSの批判をスルーする:50点。

 正直、なんじゃこりゃ、という感想。


「ここら辺の実技はほぼ自己申告だからね」


「試験とは?」


「生きる自信をつけるための試験だし、緩めにしてるんじゃないの」


 友人は「試験勉強するならこっち、自己肯定基礎とか休む勇気論みたいな筆記試験もあるから」と指をさした。

 私は必死にテキストの単語を何度も書いて暗記。

 友人とお茶を並べてお菓子をつまむ。


「水筒さ、やっぱオソロっちにすると可愛いね」


 友人が私と色違いの水筒を指でつつくと、思わず身が固くなった。


「……あの、ごめん、本当に」


「え、嘘でしょ。アンタ、まだ小学校のこと気にしてんの?」


 私は思わず顔を俯ける。

 目元まで伸ばしている前髪が、影を作った。


 私は、小学生の頃、不注意で友人の水筒の魔法瓶を割ってしまったことがある。

 当時は何度も謝り倒したものだ。


「あんな昔のこと、気にしてないって」


「でも、お気に入りだったでしょ。どこに行くにも持ち歩いてて……」


「いつの話してるのさ」


 友人が吹き出しながら私の背中をバシバシ叩いた。

「ほら、次の問題解くよ」と声をかけられ、ノロノロとテキストに視線を戻す。

 ――試験は、1週間後の日曜日。


「お、逃げないで来たね。えらい!」


「逃げたら根に持つでしょ……」


 試験会場は、高層ビルの一室だった。

 周りを見ると、セーラー服の少女から高齢者まで幅広い。


「頑張ってね。アンタなら大丈夫」


 ひとつ、背中を優しく押される。

 部屋に入ると、教室のように整然と並べられた机。

 既に試験監督がいた。

 席につくと、「それでは、試験を開始します――」

 私は、机に置かれた解答用紙を裏返す……。


 生きる資格検定は、即日結果が出る。


「どうだった?」


「……」


 私は無言のまま、結果用紙を見せる。

「不合格」の文字が、無慈悲に印字されていた。


「やっぱり、ダメだったよ。どうせ、私に生きる資格なんてなかった――」


「あ、じゃあ券もらってきなよ」


「え?」


 教室を出たすぐ脇を指さされる。

 慌てて振り返ると、受付職員が微笑んでいた。

 差し出されたのは――。


「……これは、なに?」


「とりあえず明日も生きられる券」


 裏返すと、『有効期限:翌日。再発行可能』と書かれている。


「明日も生きてれば更新できる。生きる資格なんて、こんなもんだよ」


 私は、ふと頭に浮かんだ疑問を友人にしてみた。


「ねえ……これ、前に受けたことあるの?」


「うん」


「合格した?」


「ずっと更新してる」


 友人の証明書にも、『有効期限:明日』と刻まれていた。


「――そんなの、おかしいよ。あなたに生きる資格がないなんて、そんなわけない」


「え〜、でもさ」


 友人は、いつもと変わらない飄々とした表情だった。


「友達をずっと悲しませてるのに、アタシに生きる資格があるなんて、思えなくて。アンタも、自己申告の実技、申告できなかったから不合格なんでしょ」


「――!」


 生きる資格検定は、実技が点数の大部分を占めている。

 つまり、自己申告できれば、ほぼ合格すると思っていい。

 ……私は、それができなかった。


「それにさ」


 友人が、ニカッと笑う。


「資格がなかったら、アンタの隣に立てないの?」


 ……心臓の毛が逆立つような衝撃があって。

 私の時間が、止まった気がした。


 ――そんな茶番みたいな、資格試験を済ませた。

 私は思うところがあって、受付職員に尋ねてみる。


「あの、この試験って誰が運営してるんですか?」


 受付職員は少し首をかしげて考えたあと、


「……さあ? 私はここで働いてるだけなので」


「……そうですか」


 私はポケットに入れた証明書を親指で撫でた。

 ――薄い紙なのに、やけに重く感じる。


「ほら、帰るよ〜。明日、またここに再発行に来よう」


 私はポケットの中の証明書を、もう一度だけ確かめた。

 ——有効期限:明日。


「……うん。一緒に、ね」


「常連になっちゃうね」


 友人に手を引かれて、ビルの玄関を出る。

 友人のバッグから、お揃いの水筒が顔を出していた。

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