生きる資格検定
「私には生きる資格なんてない……」
そう言ったら、友人は笑った。
「じゃあ資格取りなよ。生きる資格検定」
「は?」
友人はスマホにスイスイと指を滑らせたあと、その画面を私に見せてくれた。
『生きる資格認定試験』と書かれた、エイプリルフールの冗談みたいなサイト。
私は半信半疑で、それを読む。
「え、本当にこんなのあるの?」
「生きる資格認定試験、通称、生きる資格検定。いつも死にたいって言ってるアンタにピッタリじゃん」
たしかに、たった今、目の前の友人にいつもの弱音を吐いたところだ。
これは断りづらい。
「いやでも、検定料高そうだしさ……」
「無料だよ」
「嘘!? 慈善事業か何か?」
「そりゃ、生きる資格をくれるんだから慈善でやってるんだろうね」
まいったな、ますます断る理由がない。
こうしてなし崩し的に、私は試験を受けることになった。
「テキスト貸したげるよ」
友人が差し出す教科書には『3級』と大きく書かれている。
「……何級まであるの、これ」
「いくつだっけ、たしか7級とかだったかな。もっと等級下げる?」
私はブルブルと首を横に振った。
7級が何歳向けなのか知らないけど、下手したら子供の中で試験を受けることになってしまう。
流石に屈辱。
「これが生きる資格検定かあ……」
テキストを開いて、問題を読む。
朝、鏡を見て自分に挨拶する:10点。
SNSの批判をスルーする:50点。
正直、なんじゃこりゃ、という感想。
「ここら辺の実技はほぼ自己申告だからね」
「試験とは?」
「生きる自信をつけるための試験だし、緩めにしてるんじゃないの」
友人は「試験勉強するならこっち、自己肯定基礎とか休む勇気論みたいな筆記試験もあるから」と指をさした。
私は必死にテキストの単語を何度も書いて暗記。
友人とお茶を並べてお菓子をつまむ。
「水筒さ、やっぱオソロっちにすると可愛いね」
友人が私と色違いの水筒を指でつつくと、思わず身が固くなった。
「……あの、ごめん、本当に」
「え、嘘でしょ。アンタ、まだ小学校のこと気にしてんの?」
私は思わず顔を俯ける。
目元まで伸ばしている前髪が、影を作った。
私は、小学生の頃、不注意で友人の水筒の魔法瓶を割ってしまったことがある。
当時は何度も謝り倒したものだ。
「あんな昔のこと、気にしてないって」
「でも、お気に入りだったでしょ。どこに行くにも持ち歩いてて……」
「いつの話してるのさ」
友人が吹き出しながら私の背中をバシバシ叩いた。
「ほら、次の問題解くよ」と声をかけられ、ノロノロとテキストに視線を戻す。
――試験は、1週間後の日曜日。
「お、逃げないで来たね。えらい!」
「逃げたら根に持つでしょ……」
試験会場は、高層ビルの一室だった。
周りを見ると、セーラー服の少女から高齢者まで幅広い。
「頑張ってね。アンタなら大丈夫」
ひとつ、背中を優しく押される。
部屋に入ると、教室のように整然と並べられた机。
既に試験監督がいた。
席につくと、「それでは、試験を開始します――」
私は、机に置かれた解答用紙を裏返す……。
生きる資格検定は、即日結果が出る。
「どうだった?」
「……」
私は無言のまま、結果用紙を見せる。
「不合格」の文字が、無慈悲に印字されていた。
「やっぱり、ダメだったよ。どうせ、私に生きる資格なんてなかった――」
「あ、じゃあ券もらってきなよ」
「え?」
教室を出たすぐ脇を指さされる。
慌てて振り返ると、受付職員が微笑んでいた。
差し出されたのは――。
「……これは、なに?」
「とりあえず明日も生きられる券」
裏返すと、『有効期限:翌日。再発行可能』と書かれている。
「明日も生きてれば更新できる。生きる資格なんて、こんなもんだよ」
私は、ふと頭に浮かんだ疑問を友人にしてみた。
「ねえ……これ、前に受けたことあるの?」
「うん」
「合格した?」
「ずっと更新してる」
友人の証明書にも、『有効期限:明日』と刻まれていた。
「――そんなの、おかしいよ。あなたに生きる資格がないなんて、そんなわけない」
「え〜、でもさ」
友人は、いつもと変わらない飄々とした表情だった。
「友達をずっと悲しませてるのに、アタシに生きる資格があるなんて、思えなくて。アンタも、自己申告の実技、申告できなかったから不合格なんでしょ」
「――!」
生きる資格検定は、実技が点数の大部分を占めている。
つまり、自己申告できれば、ほぼ合格すると思っていい。
……私は、それができなかった。
「それにさ」
友人が、ニカッと笑う。
「資格がなかったら、アンタの隣に立てないの?」
……心臓の毛が逆立つような衝撃があって。
私の時間が、止まった気がした。
――そんな茶番みたいな、資格試験を済ませた。
私は思うところがあって、受付職員に尋ねてみる。
「あの、この試験って誰が運営してるんですか?」
受付職員は少し首をかしげて考えたあと、
「……さあ? 私はここで働いてるだけなので」
「……そうですか」
私はポケットに入れた証明書を親指で撫でた。
――薄い紙なのに、やけに重く感じる。
「ほら、帰るよ〜。明日、またここに再発行に来よう」
私はポケットの中の証明書を、もう一度だけ確かめた。
——有効期限:明日。
「……うん。一緒に、ね」
「常連になっちゃうね」
友人に手を引かれて、ビルの玄関を出る。
友人のバッグから、お揃いの水筒が顔を出していた。




