電車で揺られて。
『『携帯小説と言うものがある。読んで字の如く、携帯で読むことが出来る小説のことだ。一般的に、短い話が多い。通勤中や通学中に読むことが出来るように、という進化の結果、だろうか。
僕はこの携帯小説というやつに最近はまっている。通学中は毎日新しい話を探しては電車の中で学校に着くまでの間読みふけっているのだ。
電車で座る場所を確保した僕は、早速ネットにある携帯小説サイトを開く。今日は、何を読もうか。なんとなくジャンルから学園物を選ぶ。新作の中に、一つ変なものが混じっていた。『(無題)』と書かれた小説だ。一瞬何のことか戸惑ったが、すぐにタイトルを入力せずに、無題となっているだけと気がついた。がたん、がたんと電車に揺らされながら今日はこれを読もうか、と決めた。
『僕の名前は広瀬智紀。文芸部に所属している。最初は幽霊部員になろうか、なんて考えていたのにいつの間にか毎日のように部室に顔を出している。目的は部活動を行うため……ではなく、その文芸部の部長の事を好きになってしまったからだ。文芸部というと根暗な人しかいない印象があったのだが、部長は明るく社交的だった。その部長に「いつも来てて偉いね」ってにっこりほほ笑んでもらうために僕は毎日部室に行っている。部長の笑顔は本当に可愛い。なんというか、ヒマワリが咲いたみたいな……そんな笑顔なんだ。そして今日はその部長に告白しようと思っている。夏祭りに一緒に行けたらいいな、なんて期待しながら。部長はどんな返事をしてくれるだろうか。
電車から降りた僕は、部長のことを考えてスキップしそうになる気持ちを必死で押さえながら学校に向かって歩いた。』
偶然だろうか。僕の名前は広瀬智樹だ。一文字違うだけ。しかも文芸部である。さらに部長に憧れていることまで同じ。電車の扉が開き、人が乗り込んでくる。座る席があって良かった。なんとなくこの小説の主人公に親近感を覚えながらそのまま読み進めていく。
『放課後、部室に向かって早足になりながら歩いていく。授業なんて全然耳に入らなかった。』
学校が近付いてきたので、少し飛ばしながら読んでいく。部長に告白するシーンまで一気に読み進める。なんだかこの主人公、考えていることが僕とそっくりで少し奇妙な気持ちだ。
『「部長、好きです!」
僕はとうとう告白した。
「……ごめんなさい、時間を貰っても良いかな?」
「あ、はい!」
即答はしてもらえなかったが、すぐ断られる、ということもなかった。……もしかしたら、という期待で胸が張り裂けそうになった。』
どくん、と心臓が跳ねた気がした。僕はこの恋の結末を知ってしまっている。もし、この主人公が僕と同じならば、この後部長には振られてしまうはずだ。それも、よくない形で。
『メールの着信があった。部長からだ。今日のことだろうか。どきどきしすぎて死んでしまいそうになったので、深呼吸をした。落ちつけ、落ちつけ。恐る恐る、メールを開く。
「ごめんなさい」
件名もなく、ただ一言、本文にそう書かれていた。
いや、一言だけではなかった。その下にもう少し続きがあった。
「これからも部活動の仲間として一緒に楽しくやっていこうね」
徹底的に、振られてしまった。』
そう、ただのメールで僕は振られてしまったのだ。一通だけ、面と向かって振られるわけでもなく。どうしてここまで主人公と僕は似ているのだろうか。
『次の日から、僕は部室に行かなかった。いや、行けなかった。たとえ部長に一緒に楽しくやろうと言われたからといって、一体どんな顔をして部活に参加すればいいのだろうか。
せめて、勉強だけでも頑張ろうと思って、僕はまっすぐ帰って勉強した。』
がたん、がたんと電車に揺られながら、僕はそのまま読み進めていく。
そろそろ学校に着いてしまうので、早く読まなければ。
『テストが終わった。苦手だった英語の点数が93点に上がっていたのがうれしかった。』
……ふと、疑問を覚えた。
英語のテストが92点というのは、僕と全く同じ点数じゃないだろうか。いや、そもそもなぜ僕はこの小説に疑問を抱いていなかったのだろうか。僕と同じような名前、同じ学校生活を過ごしているこの主人公を何故疑問に思わなかったのだろうか。よく考えれば気持ち悪い。何故、僕と全く同じなんだ?
疑問に感じたのが、遅すぎたのかもしれない。僕はこの小説から目を離せなくなってしまっていた。どこか違うところが必ずあるはずだ。僕とこの主人公の違う点が必ず。
『テストが終わって、通学中の電車ですることがなくなってしまった。そんなとき、友達から携帯小説というものを勧められた。
次の日から早速携帯小説を読み始めてみた。これは面白い!僕はどんどん携帯小説の世界にのめり込んでいった。』
携帯小説にはまった理由も、時期も、全て同じである。どういうことだ。何故?何故ここまで僕と主人公が同じなんだ?
『そろそろ夏休みだ。今日は荷物が少なくていい。』
次第に、今の僕の時期に迫ってきているのが分かる。小説での僕と、僕の時間が追いついてしまう。いや違う、小説の主人公は僕ではない。違うんだ。
『座る場所を確保した僕は、早速ネットにある携帯小説サイトを開く。』
背中に汗が流れるのが分かる。暑さからくる汗じゃない。さらさらとしていて、それでいて身体中の熱を全部奪ってしまいそうな、そんな汗だ。
そう、小説の主人公は僕に追いついた。僕と同じ電車に乗っている。僕と同じ日付の中で主人公の物語が展開されていく。目がチカチカしてくる。
『新作の中に、一つ変なものが混ざっていた。』
怖い、怖い、怖い。どういうことなんだ?この小説は確かにさっき開いたものだ。タイトルは無題。そう無題。僕は、僕だ。主人公は、主人公、小説と僕の違いを探す。そう、名前だ。名前が違う!僕が広瀬智樹で……違う!僕は広瀬智紀だ、いや違う!僕の名前は広瀬智樹であっている。どうしてしまったんだ?僕は。何かが、僕の中の何かが崩れていく音が聞こえる気がする。勘違い、そう勘違いだ。
物語の主人公は、物語を読み始めた。
『……ふと、疑問を覚えた。
英語のテストが92点というのは、僕と全く同じ点数じゃないだろうか。』
加速的に、物語が僕に迫っているのが分かる。怖い。物語が僕に追いついてしまったとき、僕はどうなるんだ?そして、物語はどうなるんだ。これは本当に物語なのか?鳥肌が立っているのが分かる。シャツにちくちくと擦れる。
『怖い、怖い、怖い。どういうことなんだ?この小説は確かにさっき開いたものだ。タイトルは無題。そう無題。僕は、僕だ。主人公は、主人公、小説と僕の違いを探す。』
さっき考えていたこと、そのままが小説の中に記されている。
『さっき考えていたこと、そのままが小説の中に記されている。』
『とうとう、僕に小説が追いついた。』
とうとう、僕に小説が追いついた。
『そして、いつのまにか僕の考えを小説が追い抜いている。どういうことだ?』
そして、いつのまにか僕の考えを小説が追い抜いている。
『もう僕の考える速度は小説のスピードについていくことが出来なくなってしまった。あれ?いや違う、僕はこんなことを考えたりしない、今すぐこの携帯を放り投げなければ大変なことになる!』
『現実の僕が何も考えなくなってしまっているのが分かる。いや違う、小説が早すぎるんだ。もはや僕の考える速度なんてとっくに超えている。怖い、怖い、いやもう怖いという感情すら本当なのだろうか。この考えは小説のもの?それとも僕のもの?』
『電車が学校の最寄り駅に着いたのが分かる。しかし僕は立ちあがろうとはしなかった。今すぐこの携帯を放り投げなければ大変なことになる。絶対に、大変なことになる。
僕は、携帯を放り投げた。』
過呼吸になりながら、僕は携帯を放り投げ、慌てて電車から飛び降りた。
扉に挟まれ、駅員の怒鳴り声が聞こえるがどうでもいい。
僕は、電車から降りて、あの小説から抜け出すことが出来た。』
全身が震えているのが分かる。全て、小説だった。
僕の考えはどこにある?
ここは小説じゃない。僕は広瀬智紀だ、いや広瀬智樹だ、いや、え?違う。
まだ、物語は終わらない。』
楽しんでいただけたでしょうか?
『』で囲まれている部分が作中での携帯小説部分となります。
まあ、みなさんなら分かりますよね。
なんちゃって文学と言う事で、楽しんでいただけたら幸いです。
お暇があればもう一度読み返して頂けると、より一層楽しめるかと思います。