第15話(王の散歩―愛の平原―)
味をしめた無為の王は翌日も現れた。
「なんぞ、あやつはおらんのか? まあ良い、散歩でもするか」
歩き続けた王は行き倒れ、果てた。永らく地獄にいたためだ。人として歩くということを、王は忘れていた。
何度か行き倒れては果てることを繰り返して行くうち、病を患っている身上のある者から身代わりになってほしいと言われた。
「苦しい、苦しい、代わってくれ。苦しいんだ。お願いだ」
そして王は全てを引き受けた。
「なるほど、この痛みは味わったことがない。
どうしてなかなかなものだ、地獄にいたときよりひどい。
これが生き地獄というものか」
一年あまり、昼夜を問わずその痛みを飲み込んだある日のことだった。
「先生とやら、先生が我に与えた痛みは全部食らってしまったが
三途の川をついに見ることがなかったぞ。
今日は目覚めが良いのだ。何をすれば良い」
担当の医師は笑ってこたえた。
「田中さん、おめでとう。勝ったんだよ、病気に勝ったんだよ」
「先生よ、我の問いにこたえてないぞ」
「なるほど……じゃあ、歩けるようになりましょう」
「つまり散歩か?」
「はい、そうです」
「散歩は好きだ、世話になったようだから銀貨二枚でどうだ?」
「田中さん、それ面白い! その調子です」
そうして病院の外に出ると息を切らせた女性が声をかけてきた。
「あなた」
王はこれまでの、病院でのやりとりを通じて思った。
「この女は躯の大切な人なのだろう。
我が王であることをさとられてはつまらんな」
王は躯に収めてある記憶をたどって「田中」と「あなた」を演じることにした。
彼女の笑顔は王が今まで出会った女性の中で一番だった。王は魅了された。王は「田中」と「あなた」を演じるに必要な時間を得て遂に愛される人となった。
彼女を看取ったときは涙した。
「これが涙という味か?」
王は飲まず食わず、三日三晩泣き続けた。その後、彼女を追うように逝った。
生前、王はペテロの所在を割り出していた。きっかけはテレビで見た剛田だった。田中という躯が遺したもののほとんどは岩城の孤児院へ流れ着いたという。
「信仰とは出会い愛し合うという話らしいぞ。
次、我はどこへ連れて行かれるのか分からんが
岩城と名付けられた者よ……人は神を語るには未熟だ
あまりにも未熟なのだ」




