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第3話 常識の外側

 石畳の硬さが、足裏に突き刺さった。

 その感触に、ブレムは顔を顰めるが――。

 次の瞬間、ざわめきがブレムの耳を打った。


「――な、なんだ今の光は!?」


 視界が開ける。


 見慣れない石造りの広場。

 遠くには円形に広がる巨大な空間があり、その中央には塔のような建造物がそびえ立っていた。


 その上空を、ゆっくりと横切る影。


 ――空に、巨大な船が浮かんでいる。


「……は?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。


 振り返れば、荷箱を落とした商人がこちらを呆然と見つめている。


 その視線は、明らかに自分たちへ向けられていた。


「……ここは」


 思わず漏れたブレムの呟きに。

 隣で、バッカスが静かに断言する。


「――レメリア王国の首都、レメルだ」


 その声にはわずかな緊張が滲んでいた。


「おい、何事だ!」


 石畳を踏み鳴らす足音とともに、鋭い声がブレム達三人に飛んだ。


 武装した兵士が数名、こちらへ駆け寄ってきた。


 槍の穂先がわずかにこちらを向く。

 

 周囲の人々が距離を取り、ざわめきが広がった。


 ブレムの喉が、ごくりと鳴る。


 だが。

 ブレムの手に、温もりが広がり、胸に広がっていた動揺が少し静まる。

 見ると、隣に立つオリヴィアが少し困ったように微笑みながら、ブレムの手をそっと握りしめた。


 兵士の一人が声を張り上げた。


「先程の光はなんだ!街中での魔術の使用は許可されていない!」


 一瞬、沈黙が流れる。


 それを裂いたのは、バッカスの低い声だった。


「すまない。説明は後だ。

 ――俺は神律スペア教直属特務機関、

天律法位(コスモス)】所属」


 兵士の動きが、ぴたりと止まる。

 兵士だけではない。周りの喧騒も、時が止まったように静まり返った。



 

「第九法位【護人】バッカスだ」

 


 

「……第九法位、だと?」


 兵士の顔色が変わる。


「【護人】……まさか……」

「【灰の神】レヴァンを退けた、あの……?」


 ざわめきが、先程とは別の意味を帯びて広がっていく。


「本物、なのか……?」

「いや、だが……」


 ブレムは、思わずバッカスを見上げる。


(灰の神……ってそれより、第九法位って……)


 隣の巨躯は、何も答えない。


 ただ、眉を僅かに寄せ、静かに兵士を見下ろしていた。


 やがて、兵士の視線がゆっくりとバッカスの隣、オリヴィアの純白の修道服へ、胸元に揺れる銀の聖印へと移る。


 周囲にいた商人の1人が、呟いた。

 

「……まさか」


 その声はかすれていた。


「その聖印は……まさか【聖女】様……?」


 空気が張り詰めた。


 一人の兵士が、ゆっくりと膝をつく。

 それを合図にするかのように、周囲の兵士たちも続く。


 兵士だけではない。

 周囲の人々も、戸惑いながらその場に膝を折っていく。


(いったいどうなってんだ……)

 

 そんなブレムの心中での呟きに、答えるものはいなかった。

 

 ◇


「申し訳ありませんでした」


 窓の外、雲海が後方に流れていく光景をぼーっと眺めていたブレムは、側にやってきたオリヴィアに、疑問を込めた視線を向ける。


「私が、バッカス先生やブレム様に許可なく転移魔術を行使してしまって……」

「……それか。まあ確かに、何か一言断って欲しかったな。俺もめちゃくちゃ驚いたし」

「本当に申し訳ありません……あの時は、今すぐ行動しなければという衝動に逆らえなくて……」


 苦笑いを浮かべるブレムに、オリヴィアは恥じ入るように目を伏せた。


 あの後、兵士たちは慌ただしく道を開き、三人は半ば護送のような形で発着場の内部へと案内された。

 説明も手続きも、ほとんどバッカスの一言で省略された。

 

 そして今、オリヴィアとブレムは魔導船の客室にいる。

 バッカスは船長と話があるとか言って、この場にはいない。

 室内に流れる静かな空気が、妙に落ち着かなくて、ブレムはそれを誤魔化すように口を開いた。


「……バッカスさんも【天律法位】の1人だったんだな。

 それも【護人】か」


 第九法位【護人】。

 確か、【天律法位】の中でも表立って動くことの多い役職だったなと、ブレムは学校で習った知識を頭から引っ張り出して反芻する。


「とても凄い人なんです」

「【灰の神】レヴァンを退けたって、さっき言われてたよな」

「ええ。【灰の神】殿は、『史上最強の魔術師』と謳われる魔族で、5年前に魔族の都市に向かっていた連合軍を1人で壊滅させかけたらしいですね」

「そんな奴をバッカスさんは撃退したのか……」

「先生は自分のことをあまり話したがらないので、他の方から伺った話ですが……」

 

 ニコリと笑うオリヴィアを見つめながら、ブレムは小さく息を吐いた。


「オリヴィア、そういえばさ」

「なんでしょうか」

「アレ、どうやったんだ?さっきの転移魔術。

 俺の見た限りでは、魔術式が確認できなかったんだけど」


 オリヴィアはきょとんと瞬きをしたあと、腑に落ちたように頷いた。


「魔術式ですか?……ああ、ブレム様に伝えて忘れておりました」

「……伝え忘れてた?」

「ええ」



「私、魔術式なしで(・・・・・・)魔術を行使できるんです」



 (……魔術式なしで、魔術を行使?)


 ブレムはその言葉を、すぐには理解できなかった。


 魔術の定義とは、世界に満ちる魔力を、魔術式という“形”に落とし込み、干渉、現象として世界に顕現させる技術である。

 

 少なくとも、ブレムが学んできた魔術理論はそうだった。


 魔術式なしでは、魔力はただの奔流である。

 制御も、再現も、不可能。

 詠唱で発動するにしろ、宙に魔力で描くにしろ、魔術式を用いずに魔術を行使など出来るはずがない。


 それが常識。

 それが前提。

 それが、魔術だった。


 ――それが、目の前で軽く崩された。


「日頃は魔術式も利用しているのですが、焦った時やふとした瞬間には……そのまま発動してしまうこともあります」


 そう語るオリヴィアから、ブレムは少し視線を落とす。

 

(……他の誰かに言われたら、きっと腹が立ってたんだろうな)

 

 ……ブレムは、魔術式を書くことだけは誰にも負けないと自負していた。

 魔力を持たない身でありながら、周りの誰よりも魔術式の理解、構築が得意だった。


 オリヴィアの言葉は、そんなブレムが積み上げてきたものを、土台ごと否定したようなものであった。


 だが。


 ブレムは視線を上げた。


「……良かった」

「良かった、ですか?」


 小さく首を傾げるオリヴィアを見つめながら、ブレムは少し笑う。


「俺さ、魔力はないけど、魔術式の構築は誰よりも得意だったんだ」

「――それは」

「ああ。オリヴィアに怒ってるわけじゃなくて、むしろその逆」


 戸惑うように瞬きを繰り返すオリヴィアに、ブレムは慌てて首を振りながら、続ける。


「寧ろ、俺の常識を壊すのが、オリヴィアで良かったというか、悪くないなって」


 そう言い切ったブレムに、オリヴィアは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 そして、柔らかく目を細めた。

 

「……私も、良かったです」

「……?」

「私の惚れた人が、ブレム様で」

「……それはどういうことだよ」


 顔が熱くなるのを自覚しながら、ブレムは視線を逸らす。

 

 そんなブレムを見つめたまま、オリヴィアは何も言わずに、そっと微笑んだ。


 窓の外、雲海がゆっくりと流れていく。


 魔導船は静かに高度を上げ続けていた。


 その穏やかな空の下で、ブレムの胸の奥だけが、静かに騒いでいた。



次回は明後日21:00に更新します

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