表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第三話 終わりの始まり

「悲しんでるの?」


零番の問に私は回答を持たなかった。




私はついに彼に待望の時が来た事を告げた。

私の説明を黙って彼は聞いていたが

彼からは感情の揺れすら読み取ることができなかった。


まるで赤の他人が死んだ事を告げられた人のような反応。

それは重苦しくも、どこか他人事。




彼は少しだけ考えたような顔をしたあとに言った。

「そうか……とうとう外の世界を見ることができるんだね」


彼に感情の揺れはない。

ただ淡々と、そう口にするのであった。


「君に限って悪意を持って能力を使うことはないと私は信じている」


私は自分にとっての気休めを言った。


「だが、不慮の事故であったとしても君は裁かれることになる。

 君がかつてご両親を手にかけてしまったときのような事になれば、だ」


そういうと少しだけ彼は微笑んでいった。


「もしそうなったら、僕は響子さんが処分してくれるんですか?」


私はそう言われて頭の中に響くほど心臓の鼓動を感じたが

気持ちを抑え、つばを飲み込んで答えた。


「そうなった場合、残念ながらその要望は叶わないだろう」


そう言うと彼は口元を噛み締めるようにして


「それは残念ですね……」


と、鉄の目隠し越しに、まるでどこか遠くを見るかのように口ずさんだ。




私はその日、一日仕事が全く手につかなかった。











こうして迎えた懲罰部隊の初陣。

私は報告書に目を通した。


前線は魔力の乱れが激しく、映像通信の類は一切役に立たない。

戦場を直接知らない私にとって、この無機質な紙の束だけが

彼が生きていることを証明する唯一の手段であった。


それは想定以上の戦果を上げたとの記載があり

私は彼らが無事であったことにまず安堵していた。


零番は始めてみた景色をどう思ったのだろうか。

私は報告書を見つつ彼のことに思いを馳せた。


目を通していると彼は目視したモンスターの大群を

丸ごと空間ごとえぐり取って消滅させたらしい。


戦場にはまるで隕石が落ちたクレーターのような

えぐれたあとが残ったと書かれている。




これだけの大きな戦果は正直私も想像していなかった。


零番の心は黒くて灰色。

しかし私は私の能力とは別として。

人間としての直感として彼は心優しき人物だと考えていた。


そんな彼が戦場に立ったとき。

恐怖に震えて何もできないままに殺されてしまうのではないだろうか。

或いはモンスターと言えど相手を殺すことが出来ないのではないか。


そんな事を私は考えていたが

どうやらそんな心配は無用だったらしい。


しかし報告書を見ればすべてが分かるというものではない。

ひと月ぶりに帰ってきた零番の経過観測を行うため

私は彼の独房へと再び赴いた。






まず戦場での運用にあたり、彼の独房の鍵は

スペアが作成された。

それは同じ囚人である南 和博に託された。

実質、目隠しの解除キーを持たない私は

零番が私の手を離れてしまったような気がした。


頭の中でその迷いを消す。

デスクに座っているのであればコーヒーの一杯でも飲みたい気持ちになる。

しかし独房への通路を歩いている今それは叶わない。


零番は私がまだ私が看守長として赴任した直後に収監された。

それもまだ幼い子供の身でありながらの収監ということもあり

気がつけば零番に思い入れが強くなりすぎてるのかもしれない。


私は看守長というプロフェッショナルとしての立場として

ただでさえ私は女性であることからも低く見られないためにも

殊更仕事には忠実にという思いを胸にして職務に当たってきた。


彼のことを心のなかでも零番と言い続けているのも

彼との心の距離感を置きたいという思いがあるからだ。

彼の本当の名前は彼の心とは別にもっと相応しいものがあるにも関わらず、だ。





様々な思いを胸に彼の独房の前に再びやってきた。

私は今その場まで考えていたことを強制的に頭から削除した。


眼の前にいるのは凶悪な存在になり得る犯罪者である。






ドアを開け、彼の姿を見たとき、私は思わず出しそうになった声を

辛うじて出さずに耐えた。




彼には『あったはずの左手』がなくなっていた。




彼の顔を見た。

相変わらず色しか見えないが今まで白黒の世界だった彼の中に青い色を見た。


青。海や空の色。おおよそ監獄にはに使わない色を

彼は外の世界で手に入れたようだ。

彼にとって始めてみた世界は青だったのかもしれない。


努めて私は平常心を偽って声を出した。


「零番、まずは無事に帰ってこれたようで何よりだ」

「ふふっ、ありがとうございます」


気がつけば腕はなくなっているもののこころなしか体つきは

ガリガリだったのが、まだ細いとはいえ少し筋肉がついたように見える。


一ヶ月とはいえ外は歩き通しだっただろうし

この監獄にいる間は天から吊るされたチューブから送られる

流動食しか食べれず、身動きもできない。


当然の変化と言えるのかもしれない。


青年は時折なくなった左腕の場所をさするようにしながら言った。


「響子さん、外の世界を見たよ」


おそらく体が痛むのだろう。

人は体の一部を欠損したとき、もう存在しないにも関わらず

痛みを感じる錯覚を覚えると聞いたことがある。


しかし彼の第一声はそんなことよりも外の世界を見れたことの

感動のほうが上回ったのだろう。


私は今までの、そしてこれからも。

彼にとって無力な存在であることに。

空虚さと悲しさを覚えずにはいられなかった。


「外の世界を見た感想はどうだった」


そういうと彼は目隠し越しに私を見るように顔を向けると言った。


「ははっ、最初は真っ白でした。

 仲間たちに今までずっと光を見てこなかったんだから当然だと

 笑われましたが、そのうち慣れてきた」


語る彼の表情は豊かだ。

青い色が更に広がるのを感じる。

それは今までのような暗い色でもスカイブルーのような

鮮やかさのある青だった。


「周りは一面焼け野原、正面にはよくわからない怪物の群れ。

 正直第一感想はなんだコレ、って感じでしたね」


……私は沈黙をもって回答とするしかなかった。

戦場を知らない私には想像しがたい絶望のような状況だったのかもしれない。


「空はなんか灰色で、周りが燃えているからかちょっと赤っぽくて

 響子さんが空は青いって言ってたからちょっとイメージとは違いましたね」


「それは悪かった。空は常に青いわけではないからね」

「でも……」


そういうと零番は天を仰ぐようにして言う。


「僕が終わらせた。そして翌朝の空を見せてほしいと頼んだ。

 そうしたら南さんは一瞬だけ鍵を外してくれてね」


そこまでいうと彼は一瞬言葉に詰まらせ……そしてこう告げた。


「その空は青かったよ、響子さん」


彼の頬には涙が伝っていた。


私は彼の感情の波に呑まれそうになったが辛うじて踏みとどまる。


「そうか、それを見れたなら良かったよ」


そう答えるのがその場での精一杯だった。


ただその後、少しだけ彼がうなだれつつ言う。


「ただそのせいで南さんは僕の目隠しを不必要に外したことで罰を受けたらしい」


致し方ないことだ。私でもそうせざる終えないだろう。

この青年に幸福を与えることなど許されないのが現実なのだ。


しかし、もし私が同じ立場だとして本当に彼の目隠しを外すことが出来ただろうか。

それを考えた瞬間、私の中で、まるで口の中で広がる

ブラックコーヒーのような苦みが頭を包み込んだ。


「だから僕が僕のために何かをお願いするのは

 これが最初で最後にしよう。そう決めました」

「そうか……」


彼は確かに両親を手にかけた。

しかしこれほどまでに仕打ちを受けなければならないのだろうか。


……私よ、それ以上は考えてはいけない。

それ以上は踏み込んではいけないのだ。

もしその一時の感情で踏み込めば。

それは私の破滅を意味するだろう。


私は最後に彼に言葉を送ることにした。


「体は大事にしろ、無事に返ってくることを祈っておく」


そう言い、牢を後にした。





囚人番号零番経過観察報告。


一度目の遠征から無事帰還、戦闘における有効性は実証された。

対象の視界による空間消滅能力は、戦略級兵器に匹敵すると判断する。

一方、左腕を欠損。再生治療は不要との上層部判断により、

止血処置のみを実施された模様。


精神状態に若干の乱れを認むも、許容範囲内と推定。

次回からも経過観測の必要性があり、引き続き継続する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ