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ラフストーン公国

窓から降り注ぐ陽光、耳にまだ馴染まない寝息、ドアは閉まっているのに下から薫る朝食の匂い、今日はバケットだろう。メルの身のソースの匂いがする。

私はベッドから起き上がると、まだ頭は起きていないようでフラフラとした足取りのまま水場に向かい、顔を洗う。


その後は、夢の中のアリスを起こしつつ一足先に身支度を済ませる。

アリスを連れて、ロビーを通り過ぎがてらオーナーに挨拶をし、食堂に向かった。


クロマ「アリス~?ちゃんと目を覚まして食べてくださいよ」


アリス「分かって…ます、クロマさ…ん…」


うとうとしながら朝食を食べるアリスを尻目に、私はあまり構わず食べ進めていると、食堂に入ってくる足音が聞こえ、男性の姿が見える。


カルス「おはよう、ここに居たか」


クロマ「アルファード様、おはようございます」


カルス「いいよわざわざ立ち上がらなくても」


クロマ「ご挨拶しに来てくださりありがとうございます」


カルス「あぁ、俺らはこの後ミリディアの方に戻るからな。2人はどうするんだ?」


アリス「私達はもう少し休んでからラフストーン公国へ行こうと考えてます!」


クロマ「アリスの言う通り、もう少しここに居ようと思います」


アリスと相談した結果私達は数日間ここで休み、ラフストーン公国を目指すことにした。


カルス「そうか、じゃあ話せるタイミングもないだろうからここで伝えるがな」


アルファード様は私達の向かいの椅子に座り、話を続ける。


カルス「クロマ、魔獣を倒してスクロールを手に入れてると言ってたな?遺跡でもそうだったが」


クロマ「はい、そう話しました」


カルス「これは俺の知識だから絶対って訳じゃないんだが、魔獣が自力でスクロールを取得することは無いと考えられてる」


クロマ「そう…なんですね」


カルス「その知識からの憶測なんだが、恐らく魔獣にスクロールを取り込ませてる人間がいる」


クロマ「黒幕がいるってことですね?」


カルス「そう…考えるしかないかもな」


アルファード様からの発言に私は少し動揺する。

特殊個体が発生しているとばかり考えていたが、黒幕が居てスクロールを魔獣に取り込ませてる。

にわかには信じがたい事だけど、アルファード様が仰るなら恐らくそうなのでしょう。


クロマ「貴重な情報ありがとうございます、これから念頭に入れておきます」


カルス「いやいいんだ、一応伝えておこうと思ってだな。部屋をノックはしたんだが居ないみたいだったからこっちに来てみて正解だった」


アリス「私達の部屋に来てくれてたんですか!?申し訳ないです!」


クロマ「御足労かけてすみません」


カルス「一緒に戦った仲だろう?そんな畏まらなくていいって言ってるだろ」


クロマ「慣れれば大丈夫かと思います…」


カルス「はっはっはっ、まぁゆっくり慣れてくれ」


アリス「ありがとうございました!」


アルファード様は立ち上がって、手を振りながらロビーの方へと歩いていった。

私達は彼を見送り、自室へと戻った後各々自由時間とし、そのまま自室でゆったりしたり、サンドリアの市場を見て回ったりとたまの休暇を過ごした。


エスケープ・サンドリアに着いてから5日が経ち、体も魔力も回復させることが出来た。


アリス「では、クロマさん。向かう先はラフストーン公国ですね」


クロマ「そうですね、そこでまた情報収集から始めましょう」


荷物をまとめ、変わったオーナーに挨拶を済ませ、街の出口でアリスと確認する。


クロマ「アルファード様が仰られてましたが、黒幕が居るという部分、やはりそう考える方が色々と合点がいきますよね…」


アリス「魔獣のことですよね?本当にスクロールを与えた人物がいるのでしょうか」


クロマ「でも、そんなことが可能な人物なんてかなり限られると思います」


サンドリアを出て、黄金色の大地が体力を蝕むのも考慮してゆっくりと進む。


クロマ(それとスクロールを集めきったあとのことも考えて、アークトゥルス家のことも調べないと…)


砂漠を進み始めること2日間、流れが緩やかな大河が道を分断している姿が見え始め、その先には草木が生い茂り、最初の平原と比べても目に見えて動植物が多く生息しているのが伝わる森林が広がっていた。


アリス「やっと…砂漠が終わったんですね…」


クロマ「えぇ、ゆっくり進んだとはいえ、過酷な環境でした」


木製の橋を渡り、ようやく1面砂の世界を超え森林に入った。


クロマ「このまま真っ直ぐ道通りに進めば公国に着くはずです」


アリス「迷う心配がないのはありがたいですね」


クロマ「油断はしないように、森ゆえに魔獣が出てもおかしくないですから」


アリス「分かってます!」


私はアリスに忠告し、杖を構えつつ並木道を歩いていった。


1時間も経たないうちに城壁が顔を出し、高い城壁にも関わらず城であろう高品質な素材の屋根が見える。

私が育ったミリディアですら、大きめの国だというのに、ミリディアよりも一回り近く大きいのではないかと思わせるほどの存在感を放っていた。


アリス「す…すごい…」


呆気にとられるアリス、私も少しばかり動揺してしまうほどの豪勢な門が現れる。


クロマ「こんな森林の中に、ここまで大きな国があるとは…」


私達2人が立ち尽くしているのに気づいたのか、門番の方が私達をじっと見つめた後話しかけてくる。

私はこれまでの経緯と公国に入りたいことを伝えるも、門番さんは好意的な反応では無かった。だが、私が身につけていたペンダントに目をやると、すぐに門を通してくれた。

サンドリアでも全く同じことがあり、不思議な感覚に陥る。


アリス「そのペンダントなにか特別な物なんですか?」


クロマ「いえ…師匠から預かったもので、私もどういうものかあまり分かっていないのです」


アリス「お師匠様がきっと旅が上手くいくようにって持たせてくれたんですね!」


クロマ「ふふふ、そうかもしれないですね」


アリスと話ながら門を潜り、私達はラフストーン公国へと入った。


クロマ「これがラフストーン公国…」


アリス「とても広いです!」


入ってすぐ目につくのは中心に堂々と鎮座している宮殿。それを取り囲むように家々が建ち並びつつも、少し大きめの施設と見られる建物も所々に建っている。


クロマ「なんだか懐かしい気持ちになりますね」


アリス「来たことあるんですか?」


クロマ「来たことは無いんですが、ミリディアと近しい風景なので少し思い返してました」


アリス「そうなんですね!私、こう言う大きな国に来るのは初めてなのですごくワクワクしてます!」


そう言うとおもむろに走り出すアリス。


クロマ「転ばないようにしてくださいよ」


私も見失わないようにその後を追いかける。


アリス「はぁ…はぁ…へぇ…」


クロマ「満足しましたか?」


アリス「は、はいぃ~…」


街全体の4分の1ほどを回ったところで、アリスがスタミナ切れで膝に手をつく。

街の人達の話し声、そこから感じとれる雰囲気の柔らかさだけでも、平和で治安が良いことが伝わってくる。


クロマ「では、ギルドの方へ行きましょうか」


アリス「何しに行くんですか?」


クロマ「カジノで負けたこともあって、そろそろ所持金が危ないのです」


アリス「それって…お仕事ってことですか…?」


クロマ「ええ!お小遣いを稼ぎに行きます」


アリス「うぅ…私は勝ったのに…」


クロマ「弟子に出させる訳にはいきませんからね、アリスはお仕事しなくても大丈夫なんですよ?」


アリス「一応着いていきますよ…」


私の提案に少しばかり不服そうなアリスの手を引き、私は街のギルドへと向かった。

周りの家と比べても、ふたまわりほど大きい建物の前に立ち、ドアの隣の看板を見る。


『ラフストーンギルド』


クロマ「ここで間違いないですね」


立派なドアを堂々と開き、そのままカウンターへと一直線に歩を進める。


受付「本日はどのようなご用件でしょうか?」


クロマ「1番稼げる仕事を探してるんです。何か良い仕事ないですかね?」


アリス(めちゃくちゃドストレートに言うじゃないですか…)


受付「そうですね……1番報酬が高いものですと、魔術学校の教師になりますね。ただ第3等級の魔術師限定ですので、中々条件にあわ…」


クロマ「私!第3等級です!」


私は杖に埋め込まれた魔石を受付の人に見せる。


受付「この魔力量を扱える腕前、確かに第3等級だとお見受けします」


クロマ「では、魔術学校の教師の仕事を受けさせてください!」


受付「かしこまりました、受注させて頂きます」


その後は、受付の人から詳しい説明を貰い後日魔術学校に直接行くことになった。


クロマ「初日で仕事が決まって良かったです。アリスはどうしますか?」


アリス「私もやることは決めたので大丈夫ですよ!」


クロマ「決まったんですか?何するんです?」


アリス「えへへ、内緒です」


普段はしないニヤケ顔をするアリスに一抹の不安を感じたものの、私はあまり気にしないことにした。

ギルドを出た私達は宿に向かい、2人部屋を取らせてもらった。

荷物を置いてからは2人別行動で街を見回って、各々つかの間の休憩を楽しみ初日を終えた。



朝日が昇り、まだ寝ているアリスを残して私は1人で宿を出る。

今日は教師側とはいえ、学校の初登校日。少し緊張する気持ちを隠して、私は学校へと向かう。


クロマ「立派な校門ですね…」


私が学校の校門前で立ち尽くしていると、校舎の中から歩いてくる人影があった。


???「あなたがクロマ・アリウスさんですか?」


ゆっくりと丁寧な足取りでこちらに話しかけてくる初老の女性。話に聞いていた私を案内してくれる上司兼、この街の魔導師の方でしょう。


クロマ「初めまして、クロマ・アリウスと申します」


エリー「これはご丁寧にどうも、私はエリー・ネーション。ここラフストーン魔術学校で魔導師をしています」


貴族を彷彿とさせる立ち振る舞いに私は見蕩れてしまった。


クロマ「今日からよろしくお願いします」


エリー「こちらこそよ、それじゃあ案内するわね」


クロマ「はい」


エリーさんに連れられ門をくぐり校舎に向かう。

道の両隣りには木や花が植えられているというのに、道は綺麗に掃除されている。

当たりをキョロキョロ見渡すと、多くの生徒がおり、話したり遊んだりしている様子が目に入る。

校舎前には立派な噴水があり迂回して中に入った。


クロマ「本当に綺麗ですね」


エリー「そうね、私はこの学校が好きよ」


もちろん掃除が行き届いており、清潔に保たれている校舎が綺麗なのはあるが、オシャレな内装に高価そうなオブジェに、キラキラとした飾り、そして生徒達の楽しそうな様子。

そういうものが私にはキラキラ光っているように感じ、より一層綺麗に見えた。


その後、校舎にある様々な教室の紹介してもらって受け持つ教科を聞き教室に向かった。


クロマ(私が教えるのは魔力学…ちゃんと教えれるでしょうか)


教室の扉の前で私は深呼吸をして緊張を抑える。


クロマ「よし」


ゆっくりと扉を開けて、そのまま教壇の前に立つ。


クロマ「皆さん初めまして。今日から魔力学の担当教師になりました、クロマ・アリウスと申します。これからよろしくお願いします」


私が挨拶を済ませると、生徒達からは拍手が起こった。

優しい空気に包まれ私の緊張はすぐに無くなった。


15人ほどの教室内には、数個椅子が空いている机もある。

欠席ということではなく、魔力学を取っている生徒が少なめなのであろう。

そうしてクラスを一通り見渡しながら授業を進めていると、1番後ろの生徒と目が合った。


クロマ「っ…!?」


生徒A「先生どうしたんですか?」


クロマ「い、いえなんでもありませんよ」


生徒「ふふふ笑」


1番前の生徒に心配そうな声で話しかけられ誤魔化している最中も、1番後ろの生徒は私を見てイタズラな笑みを浮かべている。


1時間弱の授業を終え、号令をしたあと1人の生徒だけ残るように言い、他の生徒は他教室へと移動して行った。


クロマ「なんで残されたか分かりますね?アリス」


アリス「びっくりしましたか!」


1番後ろに座っていた生徒、それは私の弟子でもあるアリス・メリーでした。


クロマ「驚きますよ、まさか生徒として来ていると思いませんから」


アリス「クロマさんのびっくりした顔が見れて満足しました」


クロマ「どういう風の吹き回しですか?」


アリス「ここの学校、生徒として体験入学することができるみたいなんです。1週間実際に授業を受けてから入学するか決めれると、なので生徒側で授業を受けながら、同じ生徒の人達にスクロールの情報を聞こうかと」


クロマ「なるほど…魔術の勉強の傍ら情報収集も出来ると…」


アリス「はい!」


こんなにも元気いっぱいな返事をされては、私が否定することも出来ず、教師側と生徒側の2方向で情報収集することに決まった。




教師を始めてからあっという間に3日間が経ち、私もアリスも学校に馴染んできた頃、職員室でエリーさんに話かけられる。


エリー「お疲れ様です、クロマさん」


クロマ「エリーさん、お疲れ様です」


エリー「授業の方は慣れましたか?」


クロマ「えぇ、生徒の皆さんも良い子達ばかりで助かってます」


エリーさんが、コーヒーを片手に私の机まで来てくださった。


クロマ「この国に長く住んでるエリーさんに聞きたいことがあったんです」


エリー「どうしましたか?」


私は旅をしていること、スクロールを探していることなどを正直に話し、そういう類いの噂を聞いたことがあるかを聞いた。


エリー「そういう理由でお越しになってたのですね…」


クロマ「はい、同胞の者からラフストーン公国の名前を聞いたので、大きい国ですし何か情報があるかと思いまして…」


エリー「関係あるかは分かりませんが、そういう噂はあるかもしれないです」


クロマ「本当ですか!」


エリー「はい、北の門から出るとすぐに大森林があるのですが、そこは昔から迷いの森と言われ行方不明者が出てるのです」


クロマ「迷いの森…ですか…」


エリー「その森の川や湖が数ヶ月前から毒に侵されてると聞きました」


クロマ「毒に!?」


その名前に私は酷く反応してしまい、周りの先生方から白い目で見られる。


クロマ「し、失礼しました…」


エリー「あまり大きい声はやめてくださいよ、気持ちのいい話ではありませんから」


クロマ「気をつけます、でも毒なんて…」


エリー「森が勝手に水質が変わるほどの毒を発生させることもありませんでしょうし、毒に変えている何かが居るんじゃないかって噂になってるんです」


クロマ「なるほど…確かにそれだと辻褄が合いますね」


エリー「スクロールと関係あるかは分からないけど、何か参考になればいいわ」


クロマ「ありがとうございます、今日にでも少し調べてみます」


エリーさんは次の授業があると言い職員室を後にする。

私は慌ててお辞儀をし、エリーさんは優しく微笑んで手を振ってくれた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


生徒「ねぇ~アリス!」


アリス「どうしたのー?」


生徒「次、魔術基礎学でしょ?一緒に教室まで行こ?」


アリス「いいよー私も場所分からなくて困ってたし」


生徒「アリスまだ覚えてないんだ笑」


アリス「人の顔や名前はすぐ覚えれるんだけどね、場所を覚えるのが苦手で…」


私が魔術学校に体験入学してから3日間が経ち、友達と呼べる生徒仲間も出来て、特に困ることなく過ごせています。


生徒「そういえばアリス、北の森のこと聞いた?」


アリス「北の森?」


生徒「うん、また行方不明者が出たんだって」


アリス「そうなの!?」


生徒「そっか、アリスは詳しく知らないのか」


アリス「そうなんだよね…」


生徒「北の森が迷いの森って言われててね、生徒の中で男子を中心に度胸試しみたいな感じなのが流行ってて、どれだけ深くまで入って帰って来れるかってやってるみたい」


アリス「それで行方不明者が出てるの?」


生徒「去年は5名、今年ももう2名出てるらしいよ」


アリス「そうなんだ」


生徒「アリスも気をつけてね?」


アリス(何かスクロールと関係あるかもしれませんね…クロマさんに報告して北の森に行ってみよう)


生徒「アリス?」


私が立ち止まって考え事をしていると、心配して声を掛けてくれる。


アリス「大丈夫!ちょっと考え事してただけ」


生徒「そう?じゃあ行こっか」


アリス「うん!」


小走りで友達の方へと向かい、2人揃って次の授業の教室に話しながら向かった。


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私もその後の授業を終え、空き時間ができたので校内にある図書館へと向かった。


クロマ「うぅ…こんなに広いとは…」


図書館に着いたのは良かったのだが、魔術学校なだけあって図書館内はとても広く、見上げると2階まであるのが見える。


クロマ「さて、どこから手をつけましょうか…」


私は本棚上のジャンル表を頼りに、館内を歩き回って目的の物を探した。


クロマ(大森林が迷いの森と呼ばれてるからには、昔行った者が居るでしょうし、森林の毒化についても何か本がありそうなのですが…)


そのまま10数分間歩き回って目的の本を探していると、それらしい場所を見つけた。


クロマ「歴史書、ここになら何かあるかも」


分厚い辞書が所狭しと並んでいる本棚、ジャンルは歴史書物となっており、中には国を囲む森林に関する物もあった。

そこから数冊取り出して色々読んでみたものの、それらしい記述は特になく、著者が違うにも関わらず『入ってはならない』の文字が何冊にも書かれていただけであった。

だが、その中で珍しく他国であるミリディアのことが書いてある本を見つけた。


クロマ「ミリディアの宮殿魔術師について?なんでこんなものがここに」


詳しく読んでみると、ミリディアの宮殿魔術師には昔第2等級を使える者が3人居たと記されてあった。

私が知っているのはアルファード様とアキシオン様。その2人意外にもう1人居たという、名前はアークトゥルス。

彼か彼女かは分からないが、その人も宮殿で従事していたがある日、国家反逆の計画が宮殿側に密告されアークトゥルス家諸共国外追放となった。

だが、国家反逆の計画が存在していたことを国民には隠した方が良いとの判断で、アークトゥルス家はただの国外追放では無く、遠く離れた魔界のゲートを護る番人としての命を与えられたとしてミリディアを追われることになったと。


クロマ「なるほど、魔界のゲートを護っているアークトゥルス家…アルファード様から話には聞いてましたが、確かにゲートを護るならそれなりの腕はあるはずですよね。元はミリディアの宮殿魔術師でしたか」


私は自分の中で色々と合点がいき、目標の不透明さが晴れるのを感じながら図書館を後にした。


クロマ「結局、迷いの森についての収穫は無しですか…」


私は少し気分が落ち込んだ状態で、とぼとぼとした足取りで図書館を後にした。


茜色に染まる空を見上げて、燦然と輝く景色に包まれながら、夕日と共に沈みゆく心情を胸に、先程までいた校舎を見つめる。


クロマ(森に行くのであれば、アリスと一緒がいいですね)


私が1人で校門にもたれかかっていると、1人の生徒に声を掛けられる。


アリス「クロマせんせー!」


クロマ「思ってた以上に早かったですね」


アリス「クロマさんに話したいことあったんですよ」


クロマ「話したいこと?」


私は友達の生徒から聞いた情報をアリスに教えてもらい、自分もエリーさんから聞いた情報を伝える。


アリス「クロマさんも似たような情報を聞いたんですね」


クロマ「えぇ、この後迷いの森に行くつもりでアリスを待っていました」


アリス「それでは早速行きましょうか!」


クロマ「アリスならそういうと思いました」


全く躊躇いの無い返事をするアリスに慣れを感じてきたのを自覚しつつ、私は校門を出るとそのまま迂回して北門を目指す。



北門に佇む門番の目を盗み、私達は森の中に歩を進めていく。


クロマ「思ってた以上に暗いですね…」


アリス「な、なんか不気味ですよ…」


まだ日が沈んでないにもかかわらず、空が見えないほど木々が覆い尽くし、森は深淵の様相を見せている。

道なりに真っ直ぐ進んでいると、水溜まりより少し大きめの毒溜まりがあり、何も書かれていない看板と別れ道が現れる。


クロマ「アリス、水溜まりには気をつけてくださいね」


アリス「毒になってるんですよね」


クロマ「はい、それに分かれ道ですか…」


アリス「どちらに進みます?」


クロマ「う~ん…困った時は右でしょう」


迷わず右の道を選び、同じような風景を見ながら進め続ける。

魔獣の鳴き声が聞こえることもなく、逆に不穏なまでに静かな森を進むと、先程と全く同じ景色で毒溜まり、何も書かれていない看板、2つの分かれ道に出る。


アリス「え…?」


クロマ「同じ場所に出ましたね…」


アリス「どうしましょう、もう迷いの森に入ってるってことですよね?」


クロマ「まずは、本当に同じ場所に出ているかを確認しましょう」


アリス「同じ場所に出ているか、ですか?」


クロマ「えぇ、同じ風景なだけで別の場所には出れている可能性もあります」


アリス「なるほど…ということは、この看板を利用するってことですね!」


クロマ「さすがアリスです!」


良い難易度の問題としてアリスに出せる課題かと思ったが、簡単に答えられてしまい嬉しい半面、先生らしい所を見せれず少し悔しい気持ちもあった。


アリス「じゃあ私の名前を書いときますね」


アリスは自分の名前であるメリーと書き残し、私達はもう一度右の道を進んだ。


クロマ「一見同じですね」


案の定、全く同じ風景の場所に出る。


アリス「見てください!」


アリスは看板の元まで駆け寄り、隅の方を指差す。


クロマ「メリーと書いてありますね」


アリス「完全に同じ場所に戻されてるってことですよね?」


クロマ「そうなりますね」


一応確認がてらアリスを残し、私1人で来た道を戻ってみたものの右側の道から出てきたため、もう戻ることは叶わなかった。


アリス「では左の道に行きましょう!」


クロマ「気をつけてくださいよー」


私を待たずそそくさと左の道を、一足先に進み出すアリスの背を慌てて追いかける。


林や木々に囲まれた道を変わらず進むとまさかの場所に出る。


アリス「ク、クロマさん?」


クロマ「同じ場所のように見えますね、アリス」


毒溜まり、看板、2つの分かれ道。

数刻前に見た景色がそこにはあった。


クロマ「アリス、待ってください」


アリス「どうかしました?」


クロマ「ここ、同じ場所では無いです」


アリス「え!?」


クロマ「これを見てください」


私は看板の隅を指差しアリスに見せる。


アリス「何も書かれてない?」


クロマ「はい、アリスが書いたはずの名前がありません。恐らく同じ見た目なだけで場所は変わってるはずです」


アリス「次はクロマさんの名前を書き残して進みましょう!」


1回目と同じようにアリウスと書き残し、右の道を進む。

この後は、同じ風景に出ては間違った道を進むと戻されるという繰り返しで私達の体力は徐々に削られて行った。


アリス「クロマさん、もう5回は分かれ道を進みましたよ…」


クロマ「頑張ってください、油断していると足元すくわれますからね」


クロマ(ここまで強力な作用を、森全体ではなくここら一体とはいえ起こせるのはとても恐ろしいですね)


アリス「あぶないっ!」


クロマ「うわっ」


アリスが私を突き飛ばしてくれたおかげで、毒沼に足をつけずに済む。


アリス「ごめんなさい、クロマさん大丈夫ですか?」


クロマ「ありがとうございます。少し考え事をしていて」


アリス「気をつけてくださいよ?奥に来てるからか、明らかに毒沼や毒溜まりの量が増えてます」


クロマ「確かにそうですね、アリスに救ってもらいましたね」


アリス「いざとなったら治癒魔術だって使えるんですから!」


クロマ「本当ですか?教えたことは無いのに…」


アリス「授業で覚えたんですよ、まだ完璧に使える訳では無いですが」


クロマ「アリスはすごいですね」


アリスが可愛らしい自慢げな顔をし、私は無意識に頭を撫でてしまう。

アリスも満更では無さそうだ。


再度毒溜まりに看板に分かれ道と同じ場所に出るも、看板にメッセージを書き残し進むやり方で進むと、今までとは違う景色の場所に出る。


クロマ「森の奥に出ましたね」


アリス「すごい毒の量…」


入口とは比べ物にならないほどの毒まみれの開けた丘に出ると、坂道で降りて近づける砂浜が見える。

その砂浜も綺麗な青色の透き通る水ではなく、禍々しい紫に染まった毒の海であった。


アリス「海ですか、厄介ですね。それにそこのより濃い紫の場所…」


クロマ「アリスもそう感じますか」


アリス「はい、そこの海に何かいます」


クロマ「魔力感知が身についてきてますね、上出来です」


二人で顔を見合わせて無言で頷く。

私もアリスも杖を構えて、慎重な足取りで毒の海に近づいていく。


ゴオォォォォォ…!


クロマ「ぐっ…」


アリス「うわぁぁぁ!」


自身の内蔵が、振動で震えてるんじゃないかと錯覚するほど体内に響き渡る重低音の咆哮が上がる。


クロマ「こいつが主ですか」


魔獣、水竜種。リヴァイアサンと呼ばれるドラゴンが眼前に現れる。

サルメール砂漠で接敵したドラゴンとは、また別の種類の所謂水竜だが、サイズと纏うオーラが別の生き物に見えるほど異様だ。


アリス「アイシクル!」


咄嗟にアリスが氷魔術をリヴァイアサンに撃つが、素早く海に潜られ躱される。


クロマ「大丈夫ですか!アリス!」


アリス「はい、なんとか…」


海に潜る度、毒の飛沫が舞い上がる。

それを避けながら狙うのは至難の業で、攻撃が簡単に通ることは無い。


アリス「大技を放ててもこのままじゃ攻撃が通りませんよ!」


クロマ「このままではジリ貧ですね…」


第5等級魔術で様子見しつつ隙を伺うも、避けると同時に毒の飛沫を上げられそれに合わせて防御魔術を使う。

魔力の消費が通常より多く、その上向こうも様子見しているようで完全な膠着状態に入っている。


ゴオォォォォォン…!


クロマ「ぐっ…耳が」


アリス「………」


反射で耳を覆い咆哮を凌ぐも、まともに喰らったアリスが硬直する。


パシャァァァン!


クロマ「まずい…ウィンド!」


アリス「うっ…!」


尻尾を使い強烈な毒飛沫をこちらに浴びせてくるリヴァイアサンを目視し、瞬発的にアリスを風魔術で吹き飛ばす。


クロマ「大丈夫ですか!大丈夫で無くても立ってください」


アリス「大…丈夫です…」


杖を地面に突き立て、それを支えにアリスが何とか立ち上がる。


クロマ(賭けにはなりますが、やるしかないですね…)


ダメージを負ったアリスを尻目に私は腹を括る。


ゴオォォォォォン…!


再度、リヴァイアサンが海から姿を現しこちらに攻撃をしようと構える。


クロマ「『絢爛たる紅蓮の劫火よ、全てを振り払い咲き誇れ』」


意識を研ぎ澄ませ極限まで集中力を底上げし魔力を杖に集約する。


クロマ「ヘル・フレイム!」


杖の魔石が光り輝き、その魔力を感じ取ったのかリヴァイアサンは体勢を崩しながらも潜ろうとするが…


クロマ「くっ…」


私の杖から魔術が放たれることは無かった。


アリス「クロマさん!」


幸いなことにリヴァイアサンは、攻撃してくることなく海に潜り姿を眩ませていた。


クロマ「やはり私の技術では難しかったですか…」


アリス「でも、もう少しでしたよ」


リヴァイアサンが三度姿を現しこちらを凝視する。


クロマ(ん…?)


鋭い眼光が突きつけられアリスは少し怯むも、自分を奮い立たせ睨み返す。

私はそんなアリスを流し見しつつ、リヴァイアサンのあることに気づいた。


クロマ「アリス、作戦を思いつきました」


アリス「この瞬間ですか!?」


クロマ「ええ、私とアリスなら必ず出来ます。私はアリスを信じてますから」


アリスに思いついた作戦を話し、杖を構え直す。


アリス(クロマさんが信じてるって言ってくれたんだ、ここでやらなきゃ)


クロマ「来ますよアリス!」


アリス「はい!」


グオォォォォン!!


1度海に潜り、大きく飛び上がってこちらに攻撃を仕掛ける。

先刻とは比べ物にならない量の毒波が私達を襲う。


クロマ「『此処で古代魔術を使用す、爆ぜ広がれ』イラプション!」


私達が吹き飛ばされそうなほどの威力の爆発魔術で、降り掛かる毒波をそっくりそのままリヴァイアサンにカウンターする。


ギャオォォォォォン!


重低音の咆哮とは真反対と言っていい甲高い悲鳴が鳴り響く。


クロマ「やはり効きましたね」


アリス「今がチャンスです!」


クロマ「併せますよ」


アリス「はい!」


私達は揃って、リヴァイアサンに狙いを定め杖を構える。


クロマ「メガ・アイシクル!」

アリス「メガ・エレキスター!」


第4等級の攻撃魔術を併せてリヴァイアサンに撃つ。

氷柱状の氷魔術を無数に放ったのと同時に、空からレーザービームのような落雷が轟音と共に降り落ちる。


クロマ「アリス!やりましたね!」


アリス「はい!私、第4特級を扱えました!」


息ぴったりの連携ができ、私達はお互い手を握って飛び跳ねながら喜ぶ。


アリス「クロマさん…私…」


クロマ「大丈夫ですか!?」


負傷から第4特級の行使と無理が祟ったのか、アリスは気を失ってしまう。


クロマ「お疲れ様ですね」


私はアリスをそっと寝かせながら、ある違和感に気づく。


クロマ「なぜ…?どうしてスクロールが出現しない…?」


リヴァイアサンは確かに塵となって消滅したはずなのに、スクロールが出現しない。

私がキョロキョロと辺りを見回していると、森林の1つの影が悠然と現れる。


???「いやぁ~、お見事だったよ」


クロマ「あなたは…誰ですか…?」


私はアリスの前に立ち、紺色のフードに身を包んだ男へ警戒を強める。


???「そんな警戒しなくてもいいさ、僕は君のことをかってるんだよ?クロマ・アリウス」


クロマ「なぜ、私の名を」


身に覚えのない人間に名前を知られている。

その計り知れない恐怖が、私に1層緊張を走らせる。


ロキ「僕のことはロキとでも呼んでよぉ…それにしても良い魔術だったねぇ」


ゆったりとした足取りで私に近づいてくる。


クロマ「それ以上、こちらへ来ないでください…」


ロキ「そう言わずに…さっ!」


彼がフラつきながらそう言うと、瞬きした間に私との距離0になっていた。


クロマ「くっ…」


ロキ「良い杖だねぇ…」


全く反応することも出来ず杖を奪い取られる。


クロマ「っ…!」


ロキ「君の魔力じゃぁ~まだ第2等級は使えないだろう、コツは魔力の流し方と扱い方さぁ」


クロマ「魔力の…?」


ロキ「次からは意識してみなねぇ~…」


彼は奪い取った杖を私に放り投げ、来た方向と同じ森の方へと歩き出した。


ロキ「あぁ…あとこれ、もう要らないからご褒美とでも思ってぇ」


そう言うと咄嗟に目を隠すほどの光に襲われ、再度見えるようになった頃には彼の痕跡は無かった。


クロマ「なん…だったのでしょう…」


辺りを見渡すと海は綺麗な青色に戻っており、海岸線には先程までは無かったスクロールが出現していた。


クロマ「ご褒美って…まさかあの人…!」


私は現実に戻ってきた脳をフル回転させて可能性を弾き出す。


クロマ「今のが黒幕ってことですか…飄々として掴みどころのない感じ、そして身のこなしと魔術への理解度、簡単にどうこうなる相手では無いですね…」


私は服に着いた埃や砂を払い、スクロールの方へと歩み寄る。


クロマ『汝、クロマ・アリウスの名のもとに、此魔術を我がものとする』


詠唱と同時に今までと変わりなく光を放ったスクロールは、杖の魔石へと吸収された。


クロマ「今までの倍以上、疲労が溜まりました…」


私は気絶したアリスをおんぶし、砂浜を後にした。




ロキ「いやぁ~…可愛かったなぁ…あの可愛い顔……ぐちゃぐちゃにしたいなぁ…!」


砂浜の岩陰からおぞましい顔で見つめるその姿は、狂気的でかつどこか厭世的であった。




エリー「大丈夫ですか!心配したんですよ?」


私がアリスをおんぶしたまま森の出口まで戻ってくるとエリーさんが不安そうな顔で待っていてくれた。


クロマ「すみません、どうしても気になってしまって…」


エリー「話したのは私ですが、調べるってまさか実際に入って調べるとは思いませんでしたよ…」


クロマ「申し訳ないです…」


エリー「でも…2人が無事で良かったわ…」


エリーさんは小言を言いつつも、私達を抱きしめて帰還を喜んでくれた。

その後、保健室でアリスが起きるのを待ち2人で宿に戻った。


アリス「私が気絶している間にそんなことが…」


クロマ「夢じゃないと思います、彼がスクロールを持っていた可能性が高い、ならば黒幕と考えるのが妥当でしょう」


私達は宿で食事を終えて、自室で今日のことを振り返っていた。


アリス「そう…ですよね」


クロマ「リヴァイアサンに毒が効くなら、あの魔獣がスクロールを持っていないのは自明の理でした」


アリス「でもよく気づきましたね!リヴァイアサンが毒を操っている訳では無いって」


クロマ「えぇ、魔獣は鱗で毒が効かないのを利用して、毒の海を使って攻撃してきていると感じたのと、目を見た時に確信しました」


アリス「目?ですか?」


クロマ「はい、ではここで1つ勉強として覚えておいてください!」


アリス「は、はい!」


クロマ「いいですか?毒を持つ魔獣や動物の目には紫色の有毒質で独特な色味が出ます」


アリス「なるほど…」


クロマ「原理は割愛しますが、生き物の目を見ればそいつが毒持ちか否か分かるわけです」


アリス「覚えました!」


クロマ「それにしても本当に、アリスは頑張ってますね」


私は頭を撫でてアリスの健闘を褒め称える。


アリス「えへへ…第4特級魔術を扱えたのもクロマさんのおかげですよ、サルメール砂漠でもアルドラさんに教えて貰えましたし」


クロマ「私も負けていられませんね」


アリスを見つめ、気合いを入れ直す。


アリス「はい!」



夜も更け、アリスが横で寝ている最中、ロキから言われたことを反芻する。


クロマ(魔力の流し方…今まで無意識的にやっていたことを意識的に感じ取って行う、簡単な事じゃないけど授業で魔力学を教えているおかげで色々と復習できているし、ロキが言ったことが本当なら成長の糧に出来るかもしれない…)


私は着々と第2等級魔術への突破口を開きかけていた。

身体的な疲れと思考を巡らせた疲れに同時に襲われて、私は深い闇に意識を零れ落とした。

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