7.ド天然令嬢、婚約者をディスる
「サルーシャを私に譲ってくれるんだよね?」
「⋯⋯⋯⋯はい?
譲るもなにも、そのサルーシャ様はわたくしのものではなく、セイカ様のお相手ですよね?」
「うわ、ほんとに⁉︎ そこまで言ってくれるとは思わなかった! じゃあ婚約解消するんだよね?」
「?? 誰とです?」
「アリアさんとサルーシャだよ。婚約者なんでしょう?」
「ま、まさか⋯⋯、セイカ様、貴女の美しい愛を、似て非なる別人でごまかし、汚してしまおうと⋯⋯?」
「え? なに言ってるかわかんないけど⋯⋯。あの銀髪に紺碧の瞳、間違いなく私の推しのサルーシャだもん」
「そんな! あんまりですわ‼︎ 傷つき苦しんでいるサルーシャ様はほったらかしですか⁉︎ お願いです! サルーシャ様を救ってくださいまし‼︎」
「いや、だからそのために、私がサルーシャと結ばれたいと⋯⋯」
「心を閉ざしているサルーシャ様は⁉︎ ああ! 今もきっと苦しんでいらっしゃいます! セイカ様、どうか、どうかサルーシャ様を助けて⋯⋯」
傷ついたサルーシャ様が見捨てられてしまったような気がして、涙があふれてきます。
「えー。だからそうするんだってば。⋯⋯なにこれ。
⋯⋯そうだ、魔王。魔王を二人で倒さないといけないし」
「そうです‼︎ 魔王はどうするのですか⁉︎ 世界を救わずに放置なのですか!?」
「?? だーかーらー、もちろん二人で倒すって言ってるんだよ!」
「そうなんですね! 良かった! びっくりしました。私の勘違いだったのですね? てっきり、こちらの世界のサルーシャ様で妥協して、そちらの世界のサルーシャ様を見殺しにされるのかと思ってしまいました。大変失礼いたしました」
「え? サルーシャはひとりだよね? そりゃ、物語のサルーシャと多少違うところはあるかもだけど、そんなの誤差の範囲⋯⋯」
「⋯⋯ま、まさかとは思いますが⋯⋯、も、もしや、セイカ様は、セイカ様のサルーシャ様とこちらの世界のサルーシャ様が同一人物だと⋯⋯?」
「意味がわかんない。サルーシャはひとりだよ。同一人物に決まってるじゃん」
「なんということでしょう! 盛大な勘違いをなさっています!
では、おっしゃってくださいまし。サルーシャ様のどこを愛していらっしゃるかを。セイカ様が助けた、そして貴女のお心を救ったというサルーシャ様のことを」
「⋯⋯そ、そんなのいくらでも言えるよ! 絶望にありながら、それでも人々のことを思う心とか、自分を責め続けてしまう優しさや弱さ⋯⋯、闇に落ちそうになる自分と戦う強さと孤独。私が支えて幸せにしてあげたいと思ったんだもん!」
「いいですか、セイカ様。
こちらのサルーシャ様は、笑い上戸です」
「へっ⁉︎」
「しょっちゅう、お腹をよじって笑っていらっしゃいます。なにがそれほど可笑しいのか、お聞きしてみたことがありますが、『猫が横切った』とか『鳥が木の枝に』とかおっしゃって、そんなことでそれほど笑うなんてと不思議に思うばかりです」
「⋯⋯は?」
「それにヘタレです」
「うぇ?」
「わたくしの侍女によく叱られて、小さくなっています。気になって侍女に詳細を聞いてみましたら、『サルーシャ様がヘタレだからです』と言っていました」
「えええー」
「あと、サルーシャ様は、ご自身を責めたりいたしません。絶対の自信を持ち、まるで世界の頂点に立っているかのような雰囲気を出しています。時々、周囲の人をゴミクズを見るような目で見ています。特に王族の方々を、そのような目で見ることが多いです」
「⋯⋯うわぁ」
「そうそう、そんな自信家なのにヘタレで笑い上戸なので、家族からはいじられっぱなしです。一人っ子なのでお兄様は存在しません。ミストレイク侯爵家は、ちょっと変わってますが、愛のあるご家族です」
「⋯⋯⋯⋯」
「それから、この世界には魔王はいません。もう倒されましたから」
「えっ! ずっとなんか変だとはと思ってたけど、本当に倒されちゃってたの⁉︎ うそだあー! そんなわけない‼︎
魔王っていうのは、クライマックスだよ⁉︎ そんな簡単に倒されるわけないんだよおおおー!」
「よくわかりませんが、本当です。実際、世界から魔王の波動は消えましたし、教会からも正式に発表されました」
「そんなああ⋯⋯。うっ、うっ。私はどうやってサルーシャと愛を育めば⋯⋯。
じゃあ、サルーシャがひとりで魔王を倒したの?」
「いいえ、わたくしの侍女のアンナが倒しました」
「⋯⋯⋯⋯へ? ⋯⋯侍女?」
「はい」
「なんで、侍女なんかが⋯⋯?」
「わたくしの侍女は完璧ですので」
「もう、なにがなにやら⋯⋯」
セイカ様の目がうつろになってきました。大丈夫でしょうか。
「⋯⋯一体なんなの。サルーシャが笑い上戸とかヘタレとか。魔王はいないから誰も困ってない? じゃあ、なんで私が呼ばれたのよ? 世界とサルーシャを助けるためじゃないの? そもそも、サルーシャにはお兄さんもいないし、家族も仲良し? 心の闇はどうした。てか、なによ侍女って。なんで侍女が魔王倒せるのよ」
セイカ様がひとりでぶつぶつと話しています。やはり、侍女アンナが魔王を倒したのが信じられないのでしょうか。
「あのう、不思議に思われたのかもしれませんので、ちゃんとご説明いたしますね。
2年ほど前、侍女のアンナがご実家のお母様のお見舞いということで、休暇願いを出したのです。しかし、その後、父の執務室からアンナと父の会話を聞いてしまいました。『魔王を倒しに行くのでお休みをいただきたく』『えーそうなんだー。気をつけてねー』という会話を」
「軽いなっ! そしてなぜ信じる⁉︎」
「アンナは決して父に嘘をつきませんから。わたくしには心配させまいと、お見舞いの話をしておりましたけれど、その心遣いも嬉しくて。
5日ほどたった頃、魔王の強大な波動がかき消え、気づいた人たちが騒ぎ始めたあたりでアンナが帰って来ました。さすが、わたくしのアンナです。サクッと片付けてきたのでしょう」
「えっ、それだけ? それじゃあ、侍女が倒したかどうかわからないじゃん!」
「いえいえ、その後アンナが父に報告に行ったので、わたくしも聞きに行ったのです。ドアの外から」
「盗み聞きだよね⁉︎」
「聞こえた話はこうでした。『戻りました』『ご苦労さまー。首尾よく倒せたんだねー』『ええ、しかし、最後の最後でサルーシャ様に獲物を横取りされました』『え、わざと? そんなことないよねー。サルーシャ殿だもんねー』『わざとではありませんが、結果的に』『それは可哀想だったねー。でも、彼のアリーを想う気持ちに免じて許してやってよー』『仕方ありません』『ははは、君たちは良いライバルだねー』」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。なんの話? なにを聞かされてるの?」
「実際に魔王の息の根を止めたのはサルーシャ様でしたけれど、サルーシャ様も大変反省していらっしゃいましたし、先に戦闘不能にしたのはアンナでしたので、魔王を倒したのはアンナで間違いないかと」
「⋯⋯⋯⋯」
あら? セイカ様の目がますますうつろになってしまったような⋯⋯? なぜかしら。
わたくしは、セイカ様がご興味を持つような、楽しいエピソードを探しました。
「そうそう、最近はアンナが作った小さな女の子のお人形を、サルーシャ様がとても気に入ったらしく、『ちょっとでいいから触らせて』と、アンナを追いかけ回していらっしゃるらしいですわ。
ふふふ。面白いでしょう? サルーシャ様はとても可愛らしい方なのです」
「い、い、いやだああああ〜! そんなの、私のサルーシャじゃない〜〜‼︎」
「あらまあ。
だからわたくし、最初からずっと申し上げておりますのに。こちらのサルーシャ様は、セイカ様のサルーシャ様とは違うと」