13.侍女に敗北した侯爵令息の穏やかな日常
最終話です。
数週間にわたる聖女騒動も落ち着いて、ようやく穏やかな日常が戻ってきた。
異世界との行き来は禁忌ではないが、あまりに難易度が高いため、これまで実行されることはほぼなかった。第三王子を担ぎ上げた者たちが聖女召喚できたのは、かなり精密に記された過去の記録が発見されたためだが、それでもすんなり事が運んだわけではなく、ネックとなる魔力供給を強引に解決すべく、実に28人の魔術師が集められたと聞く。ご苦労なことだ。
その大層な魔法を、まさか私自身の手で実行することになろうとは、アリーといるとまったく退屈する暇がない。
とはいえ、今回の大魔法に関しては、アンナの力なくしては実現しなかったことを認めよう。少なくとも、こんな短時間での実現は不可能だった。
アンナといえば、あの鋼の表情筋に私は人生最大の敗北感を味わったものだが、今回またしても、敗北を喫することとなった。
あの、アリーにそっくりの人形のことだ。
ただ似ているだけではない。アリーの愛らしさが抽出され、さらに凝縮されているのだ。
それは、奇跡と呼んでもよいほどのもので、かなり控えめに言っても、めっちゃ可愛い。それを凌駕するのは、アリー本体以外にはない。つまり、その人形は世界で2番目に可愛いのだ。
なぜ、あのようなものが生み出せるのだろう。天才かも知れない。まったく勝てる気がしない。恐るべし、アンナ。
実は、なにを隠そう。その国宝にしてもいいくらいの芸術作品が、なんと、今、私の手の中にあるのだ! ついに、ついにである!
しかも、人形を私にもたらしたのは、その本体であるアリーだ。
「サルーシャ様が、すごく気に入ってるご様子でしたので、アンナに頼んで譲ってもらったのです。
ちょっと、わたくしに似てますよね? なんだか恥ずかしい気もしますが、今回わたくしのために頑張ってくださったサルーシャ様へのお礼ですわ」
なんて言って、やや頬を赤らめてすごく可愛かった。やはり本体はすごい。
私は喜びのあまり、本体の頬に口づけ、そのまま抱き上げクルクルと回った。もちろん、人形のアリーちゃんも一緒だ。
クルクルし過ぎてアリーが少々目を回してしまったので、そっとアリーを椅子に降ろして謝った。
「ふふっ、サルーシャ様、そんなに喜んでくださるなんて。なぜ、それほどそのお人形がお好きなのです?」
「もちろん、君にそっくりだからだよ。言うまでもないが、本体である君のほうがもっと可愛いけれど」
「ご冗談を! もうっ、恥ずかしいですわ!
⋯⋯サルーシャ様、セイカ様がおっしゃってましたけれど、サルーシャ様は本当に、幸せで満たされていらっしゃいますか? 幸せなのは、わたくしばかりなのではないかと、たまに思ってしまって」
「ああ、アリー。私はきっと、君が感じているよりもずっと、幸せで満たされている。この気持ちを取り出して、見せてあげることができたらいいのに。
アリー、これからもずっと、私の側にいてくれるかい?」
「もちろんですわ。それは、わたくしの願いでもありますもの」
*
セイカ嬢から語られた、異世界のサルーシャの物語。それを聞いた時、なんとも言い難い不快な、戦慄にも似た衝撃が走った。
彼が、私の内側で、呼吸している⋯⋯。そんな、説明のつかない感覚に襲われたのだ。
絶望し、己を否定し、心を閉ざしたその男は、暗闇の中できっと願い続けたはずだ。
自分を許せる日が来ることを。
ひと筋のあたたかな光を。
すべてを溶かすような愛をーー。
時間を越え、次元を越えて、彼の願いは聞き届けられたに違いない。
兄という存在は消え、そして、いつも傍にはアリーがいる。
この世界は、この人生は、泣きたくなるほどに優しく、あたたかい。
「私は、この上なく満たされていて、幸せだよ」
私は、自分の胸に手を置いて、微かな声で語りかける。
「お前も、今、そうであってくれたらと、思う」
ふと、胸の奥がじわりとあたたかくなったのは、きっと気のせいではないと信じている。
最後までお読みいただきありがとうございました。




