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エーレの情報収集 ①神殿

アミィとザクロと別れ、私は一人、神殿へと向かいます。


先ほどカフェムーンロンドへ向かった際は最短距離で来ましたので、今度は少し遠回りして、大通りを経由してみることにしました。街の様子をもう少し見ておきたかったのです。

通りでは市場へと向かうのか、籠を持った人々とすれ違います。どの方も身なりは質素ながら清潔で、活気のある笑顔が印象的でした。特に女性の姿が目立ちます。きっと各家庭を切り盛りする奥方たちなのでしょう。


時折道の左側に広がる家々の方から子供たちが元気よく駆けだしてきます。

皆、布や皮のカバンを肩に掛け、ちらりと本のようなものが見えます。


「学校のようなものがあるのでしょうか…?」


しばらく歩くとかなり広い通りに出ました。

どうやらこの街の東側の門と神殿を繋ぐ大通りのようです。

通りではたくさんの子どもたちがにぎやかに歩いていて、ところどころで同じ服を着た大人に何やら声をかけられているようです。


「こら、走ると危ないぞ」

「はーい…気をつけまーす」

「そこの坊主!!カバンを振り回すんじゃない」

「お前のせいだぞ、自警団の人に怒られたじゃないか」


同じ服装の大人たちは自警団ですか。子どもたちの登校?を見守っているといったところでしょうか。


子どもたちは神殿を囲う塀に設けられた小さな門をくぐっていきます。門の両脇には自警団員が立ち、「おはよう!」と元気に挨拶を交わしていました。


門のすぐ横には私のお店がある塊があります。様子を見ておきたい気持ちはありますが、今は目立つのを避けた方が賢明です。やめておきましょう。


通りを渡ると、視界が一気に開けました。広々としたかなり大きな広場——いくつかベンチが置かれて、本を読んでいる方もいるようです。そこにはいくつかのベンチが並び、読書にふける市民の姿も見えます。中央にはとても大きな噴水があり、水しぶきが陽光を受けてきらきらと輝いていました。


神殿の正面に立ちます。威風堂々とした薄水色の建物。金属製の格子戸が門に設けられ、片側だけが開かれていました。劣化具合から察するに、後から取り付けられたのでしょう。門前には自警団の姿はありません。


「……入ってもいいのでしょうか」


そっと中をのぞくと、すぐ先に水辺のような場所が見えました。池かと思いましたが、風に乗ってほのかに潮の香りがします。あれは、もしかして海水でしょうか。

外壁には神々や眷属の彫像が高くまで彫り込まれており、その中には見覚えのある姿もありました。


…私の知る眷属もいますね…彼らは今どうなっているのでしょうか。


そんなことを思っていた矢先、薄水色の長衣を着た青年と目が合いました。

…まずいですね、かなり怪しかったでしょうか…


「何か神殿に御用ですか?」


青年はニコニコとした笑顔で私に近寄る。


「お困りごとであればお力になりますよ」


にこやかに、片手を軽く広げるその所作には、敵意も詮索も感じられませんでした。


「私はしがない旅商人をしているエーレと申します。実は遠い国から旅をしてきまして、

この国を訪れるのは初めてで、何も分からず、見聞を広めているところなのです」


少し深めにお辞儀をして、相手の様子をうかがってみます。


「それはご丁寧に。私はクルタヴェルノ神殿の下級神官、クラルビアと申します」


青年は差し出していた手を胸に、もう片方の手を前に掲げてお辞儀をしました。


「クルタヴェルノ国のことにご興味がおありとのことですので、神殿教室で使われている書庫へご案内いたしましょう。書庫には子供たちにもわかりやすく書かれた歴史書などがありますので、お役に立つかと存じます」


柔らかな笑みを浮かべつつ、神殿の奥へと私を導きます。


「ここは神殿なのですか。てっきり国王陛下の居城か何かかと…わたくしのようなものも出入りしてもよい所なのでしょうか」


あれだけ中をうかがっていておいてこのようなことを聞くのは怪しかったでしょうか。

この国の政治や統治体制がどうなっているのかも知りたいところです。


クラルビアと名乗った神官はにこりと笑って「ええもちろんです。こちらへどうぞ」と言いながら前を歩いていきます。

書庫への道すがら、少しお話をしてくださいました。


「このクルタヴェルノ神殿では8歳から10歳までのすべての子供たちが通う神殿学校があるのです。8歳以上の方であればどのような方も出入りは自由です。また、この国には国王といった身分の方はおられません。国の代表はあえて言うならばこの神殿の神殿長様がそれにあたるでしょうか。統治者がおられませんので国として決められた税の徴収などをすることはありません。日々の恵みはアクアマリン様のおかげであることを民は皆知っています。ですので、得た恵みの一部を女神への感謝の気持ちと共に神殿へ納めてくださいます。農民であれば作物を、商人であれば金子を収める方が多いですね。神殿からの依頼を無償で受けてくださる職人の方も多いです。はるか昔は出し渋る方もいたと聞きますが、そういう方は翌年の恵みがとても少なくなったのだとか。私共神官はこの神殿を清め、アクアマリン様の御力を損なうことなく後世につなげるため日々祈りと共にお仕えしております」


そう言ってまた胸に手を当てて片手を掲ます。あれはこの国の正式な礼なのでしょうか。


「信仰と善意で成り立っている国ですか。なんというか…すごいですね」


私は腕を組み少し思案します。非常に特殊な統治形態のようです。

以前のジェメールツォとはまったく異なると考えた方がよさそうです。

いったい、あの日からどのぐらいの時間がたっているのでしょうか。


「私はこの国を出たことがないので、他と比べてどうということはわかりかねます。

 さ、ここが神殿教室の書庫です。今の時間は子供たちはあまり利用しませんのでゆっくりとご覧いただけるかと。何か御用がありましたらお気軽に神官にお声がけください」


そう言ってクラルビアさんは書庫を出ていきました。


書庫は明るく、壁に沿って小さなキャレルが並んでいます。明り取りの窓から差し込んだ陽光が、天井に浮かぶ水晶へ反射して室内に散らばっています。壁に埋め込まれた淡い緑と紫にきらめく石が光を受けて発光し部屋全体を明るく照らしています。


「あれは…」


発光する石にそっと触れると、わずかにぬくもりを帯び、わずかに光が揺らぎました。

懐かしい感触に、遠い記憶がよみがえります。


書棚に目を向けると、簡単な分類わけがされ奥から年代順に並んでいるようです。

最奥のものは羊皮紙の本でしょうか。背表紙には飾り文字が書かれ、装丁も立派です。

手前のものは紙で作られた簡素なもので、糸で閉じてあるだけのようです。

ぶら下がっている小さな木札に何やら文字が刻まれています。書棚の中に本の長い歴史を感じます。


本は全部で2、300冊といったところでしょうか。

書庫を一通り見渡し、書棚から手頃な本を何冊か取り出しては頁を繰っていきました。

紙質や文字の形は少し異なりますが、構成や記述の形式は馴染みのあるものです。


「羊皮紙の本の方が私には読みやすいですね…」


紙の本は新しいものには印刷の技術が使われているようです。

パラパラとめくると、見慣れぬ年号が目に入りました。


「……スンプーラ歴1125年」


この国はどうやらあの浄化の光が襲った日が建国神話となっているようです。

ダイアナ様に力を託されたアクアが土地を守るためにこの水色の建造物を作ったようですね。

彫刻されている神々や眷属に関するものは「何かわからない」ということしか記述がありません。


浄化の光は人々から記憶をも消し去ったのでしょうか。しかし、あれから1000年以上ですか。

長命種のエルフやノームがいるとはいえ、当時を知る人などいないでしょう。確かめようがありません。


「…これは…私たちはなかなかの浦島太郎のようですね」


どの本も図や挿絵が多く、地理・歴史・暦の概略なども簡潔にまとめられていました。


基本的な地理や歴史はアミィも読んだ方が良いでしょう。

幼いころの記憶だけでは簡単な文字しか読めないでしょうが…

これなら基礎から学ぶにはちょうどよいでしょう。


本を片付け、書庫を出ると先ほどとは別の神官が通りかかります。


「失礼いたします。先ほどクラルビアさんに案内を受け書庫を拝見させていただいておりました。

 いくつかお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」


相手の神官は柔らかな微笑を浮かべ、片手を掲げて応じてくれました。


「もちろんでございます。どのような事でしょうか」


やはりあのしぐさは礼のようなものなのでしょうか。


「私は遠い異国からこちらに訪れたのですが、同行している者がこちらの文字を読むことができません。

 しばらくは滞在するので、勉強のため簡単な文字や地理、歴史などの書物で勉強させたいのです。

こちらの書庫にあるような書物を購入できるところはありますか」


先ほど子供たちのカバンには書物と思われる者が入っていました。

個人での所有が可能ということでしょう。


「お連れの方はおいくつくらいでしょうか?年齢が合えば神殿教室に通うことができますよ」


「残念ながら私の国での成人である18歳をすでに迎えております」

「そうですか。この国の成人は15歳ですので立派な大人ですね。それでは神殿教室に入る際にお配りしている学習書をお渡ししましょう。少々お待ちいただけますか」


そう言って神官は礼をして去ろうとする。


「あの、可能であれば女神に祈りをささげたいのですが、礼拝堂に参拝してもよろしいでしょうか」


アクアがどうなっているかを確認したいですしね…


「もちろんです。どうぞ、こちらへ」

神官は目を細め、満足げな笑みを浮かべて案内してくださいました


高窓から差し込む陽光が、天井や壁に埋め込まれた石に反射してきらめいています。書庫と同じ仕掛けでしょうか。淡い光に包まれた礼拝堂の奥、祭壇の上には――翼を広げた人魚像が、左手を胸に添え、右手を掲げた姿で静かに佇んでいました。


…あれはアクアですね。そういえば彼女は歌うときはいつもあのようにしていました


アクア像は、頭上に大ぶりの薄水色の宝石がはめ込まれたティアラを戴いています。あの時見たものよりもずっと大きいけれど、もしかするとダイアナ様が力を込めたアクアマリンなのかもしれません。


ただ、今の私の位置からでは、判別はできませんでした。


「それでは、私はお渡しする書物を取ってまいりますので。

ご自由にお過ごしください」


神官は入り口で礼をとり、もと来た道を戻っていきました。


私はアクア像を見つめながら礼拝堂の奥へとゆっくりと進みます。


礼拝堂の椅子は整然と並べられており、奥に行くほど古びた色合いになっています。彫刻の意匠はさまざまですが、外壁にあったような神やその眷属のものは見当たりません。


ちらほらと人々が祈りを捧げている姿が目に入ります。皆、胸の前で水をすくうように両手を合わせ、静かに目を閉じていました。


…祈るときは両手を前に出すのですね。祈りと感謝では、所作が違うのかもしれません。


最前列まで来て改めてアクア像をじっくりと眺めます。

水色に輝く石からは力を感じられません。


…あの石はアクアマリンではありませんね


よく見るとブルークオーツのようです。珍しくはあるのですが。

落胆のため息が出ます。そう簡単には見つからないようです。

私は長椅子に座りほかの方と同じように目を閉じ祈ります。


「アクア…エーレです。アミィとザクロと共にジェメールツォへ帰還しました。

貴方は今、どこにいるのですか」


小さくつぶやくと、どこからかかすかに声が聞こえました。


………エ………レ………


はっとして目を開け立ち上がります。今の声はアクアの声で間違いありません。

あたりを見回しても、礼拝堂は変わらず静まり返っており、祈りを捧げる人々の姿があるだけです。


アクアは神殿のどこかにいるようです。大きな手がかりです。


思索に沈んでいた私のもとへ先ほどの神官が戻ってきました。手には布で包まれた数冊の本が抱えられています。


「お待たせいたしました。こちらが神殿教室で使用されている学習書となります。内容は読み書きや簡単な算術、地理と歴史の基礎です。差し上げますので、どうぞご自由にお使いください」


「よろしいのですか? 代金など……」


「いいえ、こちらは女神の恵みにより無償で配られているものです。信仰と学びは、すべての人に開かれておりますので」


そう微笑むと、神官は礼をとり軽く頭を下げます。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


私は学習書を丁寧に鞄に収め、礼拝堂をあとにしました。


神殿の正門へ向かう途中、クラルビアさんが門柱の清掃をしている姿が見えました。


「クラルビアさん、先ほどはありがとうございました。とても勉強になりました。おかげさまで、同行者のために学習書をいただくこともできました」


私も彼に倣って、この国の礼の作法で挨拶します。


「エーレさん、それは何よりです。神殿はいつでもあなたを歓迎いたします。次はぜひ、お連れ様とご一緒にお越しください」


そう言ってから、彼はふと何かを思い出したように顔を上げました。


「ところで、エーレさんは旅商人でいらっしゃると仰っていましたね。この街で市や店舗を持ちたい場合は、向かいのギルド会館へ行かれるとよいですよ。商業ギルドで出店の手続きはもちろん、空き店舗の紹介などもしてくださいます」


クラルビアさんが指さした先には、神殿の正門のすぐ右手に大きな建物が見えました。


──あれがギルド会館ですか。


カフェのこともありますし、手続きは必要です。


「重ね重ねありがとうございます。さっそく向かってみます」


再び礼を述べて、私はギルド会館へと足を向けました。

長くなってしまいました。

知的な彼を動かすと、どんどん進んでいってしまいようになります。


残念ながら神殿にある女神像にはめ込まれた石はアクアマリンではありませんでした。

明り取りの石はエーレにもなじみがあるもののようですね。


次は商業ギルドへ向かいます。

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