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外へ

私は今いるこのお店は異なる世界にあるムーンロンドだということをしっかりと理解した。

来てしまったものは仕方がないし、やるべきこともあるようなのでとりあえず前へ進むことにする。


食器を洗ってほっと一息、今は何も置かれていないディスプレイスペースを眺める。

ザクロがカウンターの奥の定位置で横になり、ふわりふわりと尻尾を揺らしながら

エーレと話していた。


「ところでエーレ、そなたはどうやってこちらに来たのだ」


たしかに…ほかのことに気を取られていたけど、エーレはどうやって来たのだろう。


棚の横の壁にはめ込まれている装飾タイルの一つをトントンと叩いたり、

じっくりと眺めたりしていたエーレは小さくうなずく。


「私の店にも扉があるのですよ。」


どうやら昨晩の扉の解放と連動してその扉が開いたらしい。

古道具屋のあったあの裏路地はもともとこちらの世界にあったものなのだそうだ。

アクアの力で封印されている状態で、昨晩少しの間だけ解放されたのだとか。

今はまた閉ざされ、エーレも入れなくなった。


「そうか」と思案顔のザクロ。

そうか、あの路地裏にまた来れるってそういうことだったのか。


「念のため少し荷物は持って出ましたがまさか入れなくなるとは思いませんでした」

とエーレは少し困り顔でカウンターの隅に置いたカバンを見る。


「エーレ、この店はどのような状態だ。ここは出てもいいのか」


「そうですね、朽ちた様子はどこにもありません。

先ほど確認しましたが、私の結界も壊れずに残っていました。

扉の解放を気取られたということはなさそうです。

私は外から入ってきているので、出ても問題ないでしょう。

きっと驚きますよ、ザクロも。」


今度は食器棚の鍵穴近くに埋め込まれた琥珀をコンコンとたたいているエーレと

「ふむ」と思案顔のザクロ。


「私の店だけでなく、一部のものは扉が開いたときにアクアの権能が働いたようですね。」


アクアというアクアマリンを本質とした眷属はダイアナの守護者であり導き手だったそうだ。

元は海の神の眷属で、何かを繋ぐことを得意としていた。


彼女の力で世界を渡る扉を開き、あちらとこちらを繋いでいた。

腕輪に残ったアクアマリンの残滓が影響したのだろうという。


ああ、だから箪笥には服が、冷蔵庫には食材がそのままだったのね。

すごいなアクアって。今はもういないのかな…


記憶の奥で翼をもった人魚のような存在が扉の向こうへ飛び込んでいく光景が揺らめいた。


店内を見回すと、自室と同様に無くなっているものがあるようだ。

ちょっと残念な気持ちでカウンターに立ち、食器を片付けようと後ろの棚を確認しようと見やる。

取っ手をつかむと、カギがかかっていた。


「あぁ、カギはあちらのものと同じですよ」

とエーレが鍵束を渡してくれた。


そういえばこの鍵束についてるキーホルダーも琥珀だな…

……エーレ、恐るべし。


カチリと鍵を開けて埃除けの布を外す。

食器の数があちらよりちょっと数が少ない。


「この棚は残念ながら影響を受けなかったようです。

これらはダイアナ様が対でご用意されてあちらとこちらにひとつづつおいいたものですね。」


カップの指先でやさしくなぞり「あなたたちも消えずに残っていたのですね…」と

ちいさくつぶやいたエーレの瞳はどこか懐かしむように潤んでいる。


どうやら、アクアの権能が働いたのは私が日々触れていた場所……箪笥に冷蔵庫、コーヒー豆の瓶や乾燥ハーブをしまった棚。あとは、趣味の道具箱までのようだ。

おそらく私の思いがより強かったのだろうとエーレは言う。


「まずは二つの世界を繋いでいたアクアマリンを探すのが良いのではないでしょうか。」


女神は残されたすべての力をアクアに託しこの世界に残したのだそうだ。

私が後継者として芽吹き、戻ってくるまでの間少しでも世界の崩壊を遅らせるために。


「兎角、外の情報が足りぬ。先ほどちらと見えた外の様子はなんだ。

あの日、浄化の光にこの辺りは壊滅状態となったはず。」


「私は先ほど少し外を歩いてここへ来ましたが、見たことのない街ができていました。

もともとジェメールツォとこちらはアクアの力によってこちらの世界と結ばれていました。

けれど今、その力がほとんど失われているとすれば――時間の流れにも、差異が生じているかもしれません。」


「なるほどね……つなぐ力が弱まると、時間軸にも揺らぎが出るってことね。

……ううん、急がなきゃ。あちらに戻ったときに私、“浦島太郎”になってるかもしれないわ」


冗談めかして笑いながら言うと、カウンターの上でくるりと丸くなっていたザクロが、尻尾をゆるやかに揺らしてこちらを見上げた。


「うらしまたろう……とは、いかなる人物だ?」


その問いに、エーレがくすりと笑いながらザクロの頭を撫でる。


「今の君のようなものさ。時を越え、眠りから目覚めた存在――といえば、ね」


「意味がわからぬ」と言いつつ、ザクロは尻尾でエーレの手をぺちりとはたく。

ふわりと跳ねるようにカウンターから降り立ち、そのまま光に包まれて人の姿へと変わった。

長衣を優雅に翻し、背筋をすっと伸ばして私を見る。

その動作には、かつての幻獣の面影をかすかに残しながらも、どこか貴族的な威厳すら感じさせた。


「ここで話し合っても何も始まらぬ。危険がないのであれば外へ出ようではないか。」


すっと扉を指さして顎をくいっとあげる。

主人よりも主めいた守護者に私は思わず、はあ、と小さくため息をついた。


「そうね、とにかく外に出ましょう。ちょっと待ってて、支度してくるから。」


残りの食器をエーレに任せ、私は自室へぱたぱたと走る。


箪笥を開けるといくつかのポーチがきちんと入っていた。

小さめのポーチに首から下げていたアメジストのペンダントとおばさ様の腕輪を外して

いれる。。なんとなくつけておかない方がいい気がした。


ポーチには以前木を削って作ったかんざし二つ入っていたので、ついでに髪をまとめる。

先端が猫の形をしていて、ちょっとかわいい。


「準備できました。」

ドアの前で待つエーレとザクロの横に小走りで向かう。


「では、行きましょうか」


カランと軽快にドアベルがなる。


お店の前は噴水のある広場。奥にはそれは大きな邸宅が見える。

右手の方はあまり人は歩いておらず、大きな建物が多い。

上流階級層の住む地域なのだろうか。


左手の通りはものすごい活気で、色とりどりのテントには

瑞々しい果物や野菜が山のように積まれている。

市場の奥に見える家々の風見鶏のかすかなきしみと、乾いた麦の匂い。

そこに混じる鐘の音は時を告げているのだろうか。


籐で編んだかごを抱えた人々の中には、猫耳の獣人、背の低いドワーフ、小柄で耳の長いエルフ...?

ファンタジーな物語で見るような多種多様な種族が行き交い、にぎわいを作っていた。


「人族以外が多いのは、むしろ“本来のジェメールツォ”らしいな」


ザクロは「ふむ」と腕を組む。

エーレもまた、市場を見つめていた。


「とはいえ……これは驚いたね。こんなにも活気があるとは思わなかった」


彼の顔にも、わずかに疑問の色が浮かんでいた。


「……ひとまず、ここで立っていてもしょうがないので、

いろいろと歩いてみて情報を集めましょうか」


扉の閉まる音を背に、私は街の風に包まれた。

長衣の裾を揺らしながら歩き出す。

エーレは落ち着いた調子でカフェの扉に鍵をかけると、肩にかけた

皮の鞄を軽く持ち直して通りの先を見まわす


「あの神殿の横あたりに水色の塊が見えるでしょう?あれが私の店のある路地です。

全体があのように覆われて、通りを出て振り返ると入り口はありませんでした。」

エーレが指をさす方には水色の大きな建物があった。

その横にやや低めの同じ色の塊が見えた。建物というより、ただの塊。


(神殿か……まるでサクラダファミリアみたいだな)

ふと旅行番組で見た建造物を思い出す。多分あれが神殿なのだろう。


ほう…と神殿らしき建物を見上げているとたくさんの視線が向いているのに気が付いた。

通りを行き交う人がちらと見ては通り過ぎていく。

果物を売る露店の女性が、ちらりと私たちに訝しげな視線を向けたが。

すぐにリンゴのような果物を手に取るお客さんに向き直り接客へと戻っていく。



周囲の人々は、ゆったりとしたシャツや編み上げのボディスといった装いに身を包み、

通りを行き交う姿が目を引いた。

その服装は、どこか「中世ヨーロッパ風」にも思えるが、よく見ると――


(……うん、なんていうか、典型的な異世界転生ものに出てくるような感じだ)


心の中でそう呟いた私は、つい自分たちの格好に目をやる。

たぶん、私たちの服装――だいぶ浮いてる。


ザクロは黒を基調とした艶のある長衣で、目立ち方がもう貴族級。

私はというと、シンプルなブルージーンズに白いTシャツ、ダイダイ染めのカーディガン。


「……少し、目立ってるわね」

私はそっとザクロに囁く。


「この装いはここではいささか合わぬらしいな。

しかし、我は気高きカーバンクルである。

奇異の目を向けられようとも日和見に装いを変えるようなことはせぬ」


「えぇ……」


ふんっと鼻をならして胸を張るザクロが逆にすがすがしい


ふと視線を向けると、エーレおじさまだけはやけに馴染んでいる。

ゆったりとしたベストに落ち着いたシャツの組み合わせ――どうして彼だけ違和感がないの?


「私が神殿方面を見てきます。お二人は街の人々から話を聞いてください。

市民に紛れるよりもいっそよそ者らしくした方が自然ではないでしょうか。

遠い異国の魔法使いと従者なんでいかがでしょう」


「それは誰がどちらの役割なのだ」


ザクロが鼻を鳴らす。

エーレは笑みを浮かべたまま、手を軽く振って立ち去っていった。


市場のざわめきに包まれながら、私は小さく息を吐く。


「……さあ、行きましょ、ザクロ」


「うむ。我に任せよ。我は口が立つ」


「なんか不安になってきた……」


軽口を交わしながら、私たちは色とりどりの果物が並ぶ屋台の間を抜け、

活気のある街の中心へと歩き出した。


やっっっと外に出ました。


二手に分かれで情報収集です。

この後は3人それぞれの視点で情報収集を進めます。


さてさて、どうなることか・・・店に戻ってくるのにどのくらいかかるでしょう。

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