火の精霊の誕生 ②
Mi, gardanto de la Teksanto de memoroj ŝtonaj,
kaj lumo de gvido.
紅い粒が、額のガーネットからあふれ出て弾けた。
光の粒は高く、広く、四方へ散る。梁の影を薄く染め、漆喰の壁へ滲み、そして外へ抜けていく。
今回は今までと違って範囲が広い。彫金工房の火の魔石すべてにまとめて呼びかける。
「フラミストラ様の光の粒と混ざり合って拡散しています。気づいている者はいないようです」
エーレが外の様子を報告してくれる。どうやら問題なさそうだ。
Ho animo forĝita en la fajro de la majstro,
Respondu nun al la voko sankta de la Diino.
ザクロが詠唱を続けると、あふれ出る粒はさらに勢いを増して次々と壁を抜けていく。
視線で追いかけて、少し離れた応接室の窓を見る。
外では、フラミストラがかなり大げさな身振りで、わざと派手にレッドスピネルから光の粒を撒いていた。雨雲の灰色の下、光と共に舞うさまを、人々が息をのんで見つめているのが、窓越しにもわかった。
ザクロの光と混ざり合って微妙に異なる紅の光が舞い踊る。その光景を美しいと感じながら、フラミストラが作戦を練っていたときに言っていた言葉を思い出す。
「わらわやフラメラの出すこれはな、ただ光ってるだけじゃ。なんの効果もない、わっぱの遊びのようなものじゃ」
幼いころ、炎や火の粉に見せかけて大人が慌てるのを見るのが楽しかった、とも。
……まだ見ぬ火の神カーネリオスは、このおてんば娘にどれほど手を焼いたんだろう。
想像して、思わず口元が緩む。祭壇の上で堂々と紅を散らす姿は、悪戯っ子の延長線にあるのに、同時に神の威厳がある。矛盾していて、でも彼女らしい。
ザクロの詠唱は続く。
Sekvu la gvidon de ruĝa brileto,
Kiu malfermas la vojon tra la mallumo.
幼いころにジェメールツォを離れてしまった私たちは、フラミストラたちのようにただ光の粒だけを出すことができない。
それは神気だとか魔力だとかいう類のものを、幼い神や眷属が扱う練習として遊びながら覚えるものだという。色を変え、形を揃え、遠くまで飛ばし合う。
神殿での打ち合わせに顔を出していたヴェントルーザも「俺も出せるぞ」と、赤みを帯びたオレンジのような光を出して見せてくれた。
私たちはこうやって詠唱をして力を行使するときにしか、光があふれることはない。
まだまだ未熟だ。
――Ekflamu.
そんなことを考えていると、ザクロが最後の一言を呟く。その声に呼応するように紅い粒がいっせいに噴き出した。ザクロの光は道を照らす、導きの灯火。火の精霊が“こちら”を見つけるための目印。
「フラミストラ様も、今の光に合わせてさらに光を生み出してくれています。
……アクアが祭壇に上がりました。アミィの詠唱を始めてください」
エーレの声は、少し離れた応接室からでも鮮明に響いた。
外を見ると広場ではアクアの淡い水色が生まれ始めていた。人々の歓声が上がり、水色の粒が空へ舞う。
雨雲の下で民衆がアクアとフラミストラの舞の競演に静かに熱狂しているのが感じ取れた。
私は、水色が紅と混ざって紫めいて見えるのを確かめてから、両手の中のアメジストをぎゅっと握りこんだ。冷たい石が掌に食い込み、湿った空気の重さが一瞬だけ遠のく。呼吸の音がやけに大きい。心臓が、遠い鐘と同じ拍で鳴っている気がした。
Mi, heredanto de la Lun-Diino,
Teksanto de memoroj ŝtonaj.
詠唱に合わせて、両手のアメジストから小さな紫の粒が迸った。口から洩れるように紡がれる言葉に反応して、紫の光は次から次へと生まれる。紅と水色の粒と交わりながら、壁の漆喰へ吸い込まれるように向こう側へ滲んでいった。音もなく、抵抗もなく、まるで壁が呼吸して光を飲み込むみたいに。
Flamo, kiu bruligas forton malnovan,
Vol’ kreskinta el fido kaj lerteco,
Aŭdu mian voĉon.
詠唱を続けると、光の粒が次々と工房の火の魔石へ落ちて、しみこんでいく。紫が石の表面でほどけ、一瞬紅に染まり、芯へ沈む。
Spirito de fajro, akiru formon,
Sur bazo de memoro, montru vin.
呼応するように、工房に据えられた火の魔石が赤く染まる。炉に火はない。なのに石の奥だけが、炭の芯のように熱を持ちはじめる。赤い光が、じわり、じわりと濃くなっていく。
空気が微かに温む。湿った匂いの中に、乾いた熱の気配が混じる。油の匂いがふっと立ち上がり、金属の冷たさが薄れる。
外から、人々のざわめきが届いた。
「おい……見ろ、うちのもだ」
「火を入れてないのに、魔石が……!」
きっと他の工房でも、同じように火の魔石が反応しているのだろう。職人たちのざわめきは、雨前の街の空気をさらに膨らませた。
私は最後の言葉へ、息を落とす。
――Naskiĝu.
その一言で、紫の光が一気に噴き出して広がり、散り散りに飛び出していった。部屋の中にとどまっていた光は、炉の火の魔石へいっせいに集まっていく。赤く染まっていた石が、今度は芯から強く光った。
眩しさに目を細めた瞬間、ぱっと光が収まった。
外からは工房の職人たちの声がぼんやりと聞こえてくる。
そっと閃光にくらんだ目を開くと、視界が薄暗い室内の景色をゆっくり映しはじめた。
何かがいる気配を感じてゆっくりと炉に視線を向けると、魔石の上に小さな影があった。
フラメラにそっくりな――けれど、かなり小さなサラマンダーが、ちょこりと座っている。
濡れた硝子のような瞳が、まっすぐこちらを見ていた。小さな胸がきゅっと上下している。生まれたばかりの呼吸だ。火の精霊なのに、いまは炎より弱々しくて、いまにも消えてしまいそうで、それでも確かに生きている。
私は息をひそめたまま、そっと膝をついた。近づきすぎれば驚かせる気がして、指先だけを浮かせる。触れていいのか、呼んでいいのか、名前を与えていいのか。生まれたばかりの存在に、私は愛しさのようななんとも不思議な気持ちがあふれてきた。
ザクロが炉の前で紅い目を細めた。いつもの無表情に近いのに、どこか満足げに見える。
「……小さいな」
その言葉で、胸の奥がほどけた。成功したのだ、とようやく実感が追いつく。外のざわめきも、雨の匂いも、遠い鐘の余韻も、全部が遅れて鮮明になって戻ってくる。
小さなサラマンダーは、こちらを見たまま、ほんの少しだけ首を傾けた。次の瞬間、尾の先がちいさく揺れて、火花にも似た光が一粒だけこぼれる。
私は唇を開きかけて、やめた。まずは、呼吸を合わせる。言葉より先に。
「……はじめまして。小さな火の精霊さん」
声が震えないように、喉の奥をゆっくり緩める。
その小さな精霊は、まるで返事をするかのように瞬きをした。




