彫金工房 ①
「ここから少し入ったところでございます」
私たちは大通りを離れ、石畳の路地へと入っていく。
大通りは、人や馬車がひっきりなしに行き交い、門から中央広場へ向かう人の流れで、絶えずざわめいていた。
そこから一歩、路地へと身を滑り込ませると、同じ賑わいでも、少し違う色合いの音が耳に届き始める。
金属を打つ乾いた音。工房の奥から飛び交う、短く区切られた指示の声。
時には、かすかに怒号めいたものも混じっていた。
思っていた以上に、この一画は生きている――そんな印象が胸に残る。
人の声と槌の音が折り重なり、ここにはここなりの賑わいと、職人たちの息遣いが満ちていた。
「彫金工房はこの一帯、北門に最も近いところに集まっておりまして。
こちらの広場に面した建物が、本日の目的地であるリュメルジェ工房でございます」
路地の先には、小さな広場が開けていた。
中央には共用の井戸があり、その周りを囲むようにいくつもの建物が立っている。
その一角、控えめな看板が掲げられた建物の前で、アルギュメスタが立ち止まった。
「こちらが彫金師ギルドのギルド長、ブリラダン様とご子息ラネブロム様の工房、リュメルジェでございます」
木の扉には、光の粒に囲われた繊細な花の刻印があった。
アルギュメスタは軽く扉を叩き、よく通る声で中へと呼びかける。
「失礼いたします。ブリラダン様、ケルノマスト商会のアルギュメスタでございます。
今朝ほどご連絡させていただきました、アメジスト・ヘレド・ダイアナ様ならびに、守護聖獣ザクロ様をお連れいたしました」
……やっぱり、何度聞いても、こういう紹介は気恥ずかしい。
私は思わず背筋を固くし、足元で靴のつま先を寄せたり離したりしてしまう。
「何をしているのだ、アミィ」
隣で、ザクロが不思議そうに私を見る。
「い、いや、その……なんでもないわ」
もぅ、涼しい顔しちゃって……。
こういう場面だと、いつも私の方が小さく見えてしまう。
「アミィちゃん!! 奇遇だね。今日はどうしたの?」
聞き覚えのある無邪気な声が、工房の奥から響いた。
顔を上げると、フラメラがひょいと棚の影から身を乗り出し、
こちらに向かってぶんぶんと手を振っていた。
「こんにちは、フラメラ。バリーから聞いていたけれど、あなた、本当に工房に入り浸ってるのね」
「まぁね。カルディナスは仕事が忙しそうだし。僕は自警団ではあまり役には立たないからね。
ここの工房は、彫金工房の中でも特に居心地がいいんだ。炎がすごく生き生きしてる」
「炎にも違いがあるのね……」
視線を向けると、工房の奥には大きな炉が据えられていた。
炉の口には、赤く光る大型の火の魔石がはめ込まれている。
フラメラの言葉に応えるように、ぱち、と火花が跳ねた。
「今日はね、あなたとフラミストラから預かっている石を使ったイヤーカフの金具を作ってもらえないかと思って来たのよ。バリーの商会から、ここの工房を紹介してもらったの」
私がそう告げると、フラメラの目がきらりと輝いた。
「そうなんだ! ここの工房主の腕はすごくいいよ。僕が保証する。
どんな形になるのか、楽しみだな……」
彼がうっとりと炉を振り返った、そのときだった。
「待たせて悪かったな」
工房の奥、作業台の陰から、低い声がした。
姿を現したのは、ノームにしては背の高い、細身の年配の男性だった。
灰色がかった髪を後ろでまとめ、鼻梁には落ち着いた銀縁の眼鏡がかけられている。
「彫金師ギルド長のブリラダンだ」
彼はまっすぐこちらへ歩み寄ると、職人らしいごつごつとした手をすっと差し出した。
「アメジスト・ヘレド・ダイアナです。どうぞ、アミィと呼んでください。
今日は急なお願いに応じていただき、ありがとうございます」
私も慌てて差し出された手を握り返す。
ごつごつとした感触の奥に、不思議な繊細さがあった。
長年、自らの技術と向き合ってきた人の手だ。
「構わんよ。で、作ってほしいというもんのデザイン画があると聞いたが」
ブリラダンは挨拶もそこそこに本題へと入った。
――ああ、この人は生粋の職人さんね。
「はい。こちらです」
私はカバンから、フラミストラたちと散々相談して描いたデザイン画を取り出した。
フラミストラは細かな炎を模したもの、フラメラはトカゲのようなサラマンダーが絡まる形で、その目の部分に石をはめ込む。
「ふむ……」
ブリラダンがそれを受け取り、一言だけ口にして黙り込む。
眼鏡の奥の視線が、紙の上をゆっくりとなぞっていく。
……沈黙。
(あれ……? さすがにちょっと細かすぎたかしら? 変かな……?)
胸のあたりが、じわりとそわそわしてくる。
「父さん、またお客さんをそんなふうに待ちぼうけにさせて。悪い癖ですよ」
明るい声が、沈黙を破った。
奥の作業場から、一人の若いノームが姿を現す。
ブリラダンを父さんと呼ぶその男性もノームにしてはかなり背が高く、同じように灰色の髪を後ろで束ねている。
表情は穏やかで、ブリラダンよりかなり親しみやすそうだ。
「父が申し訳ありません。私は息子のラネブロムと申します。この工房の工房主をしております。
ここではなんなので、どうぞ奥の応接室へ。今、お茶を用意させますね。……エルミィラ! 応接室にお客様を三名ご案内するよ。お茶を用意しておくれ」
「はぁい!」
奥の方から、甲高い女の子の声が返ってくる。
「ラネビー、僕も一緒に行っていいかな。僕の大切な石をはめる物の依頼なんだ」
フラメラが、こてんと首をかしげてラネブロムにお願いのポーズをとる。
……あざとい。
「そうでしたか」
ラネブロムは破顔してフラメラを見ると、ふと真面目な顔になりこちらへ向き直る。
「アメジスト様、フラメラ様のご同席を、ご許可くださいますか」
「ええ、もちろんよ。フラメラも一緒に行きましょう」
私が頷くと、フラメラは嬉しそうにくるりと一回転した。
「やった!」
「では、こちらへどうぞ」
私たちはラネブロムの案内で工房の奥へと入っていった。




