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執務室への帰還

神殿の馬車を降りた途端、団長邸前で敬礼をしていた団員たちがざわめいた。

俺は気にせず歩を進める。後ろに続くカルディナス、そして堂々たる足取りで進む戦女神フラミストラ。

その肩口には、小さな火花を纏う聖獣フラメラが寄り添っていた。


邸内に入ると、見知らぬ者を伴って戻った俺たちの姿に、内勤の団員たちがどよめいた。


「なんだ、あの女性……なんという神々しさ……」

「もしかしてあれは本当に神なのか? ……団長は三人目の“神のいとし子”なのか?」

「見ろよ! 団長と副団長の剣、登録水晶が変わってる!」


囁きは瞬く間に広がり、廊下がざわめきに飲み込まれる。


「うるさいぞ、お前ら!」


俺の一喝に、団員たちは肩を震わせて黙り込む。

「正式な発表までは憶測で物を言うな。……持ち場に戻れ!」


言い終えた瞬間、しまったと思った。正式な発表などという言葉を出したせいで、逆に皆の興味を煽ってしまったのだ。

「やはり、その方は……」

一人の団員が核心を突こうと近づいてきたその時、フラミストラが一歩前へ進み出た。


「そう焦るでないわ。わらわとおぬしらとの謁見は後日じゃ。――散れ」


紅の瞳が鋭く光り、廊下の空気が一瞬で静まり返る。

団員たちは一斉に頭を垂れ、蜘蛛の子を散らすように消えていった。

俺は小さく息を吐き、カルディナスと並んで執務室の扉を開けた。


中では、書類を手にしていたアルミセアが顔を上げる。

「あ、団長お帰りなさ……えっ?」

驚きのあまり、手にしていた書類を床に落とした。


アルミセアほどの実力があれば、目の前にいる女性の力量が尋常ではないことなどすぐに分かる。

相手は戦女神だ。驚くのも無理はない。


カルディナスが苦笑を浮かべながら口を開く。

「アルミセア、大丈夫ですか。落ち着いて聞いてください。

……こちらは戦女神フラミストラ様。そしてこの小さな方は眷属のフラメラ様。

本日、神殿にて私の登録水晶からフラメラ様が、団長の登録水晶からフラミストラ様が顕現されました」


カルディナスが簡潔に説明するが、アルミセアはまだ呆然としている。


「貴方がアルミセアさん? ぼくはフラメラ。サラマンダーだよ。

カルディナスとお友達になったんだ。よろしくね!」


フラメラがくるりと人の姿に変わり、小さくお辞儀をする。

アルミセアは口を開けたまま、言葉が出ないようだった。


「アルミセアとやら、わらわは戦女神フラミストラじゃ。これからフラメラともども世話になる。よろしく頼むぞ」


フラミストラが手を差し出す。アルミセアは一瞬遅れてその手を握り、ぎこちなく頭を下げた。

「あ、アルミセアです。よろしくお願いします……?」


なぜか語尾が疑問形だ。


「フラミストラ様、彼女はアメジスト殿とは友人なのですよ」


カルディナスの補足に、フラミストラは腕を組み、にやりと笑う。

「では明日の発表とやらで、さらに腰を抜かすことになるであろうな」


アルミセアが戸惑うのを横目に、俺は剣を腰から外し、所定の保管棚へ収めた。

カルディナスも同じように剣を置く。


だがその瞬間、烈火のような声が響いた。

「なにをしておる!! 剣士が剣をその身から離すなど!」


驚いて振り返ると、フラミストラが紅の髪を揺らし、睨み据えている。

室内の空気が熱を帯び、アルミセアまで不安げに俺を見た。


俺は一歩進み出て、落ち着いた声で答える。

「この国は戦時ではありません。自警団では任務や式典など以外では基本帯剣はしないのです。

執務や休息の間は定められた場所に保管することになっております」


「なんじゃと……」


フラミストラは顎に手を当て、俺とカルディナスを見比べた。

カルディナスが少し困ったように眉を下げる。


「ちょっとフラミストラ様、三人とも困ってるじゃない。僕たちが消えちゃってから千年以上経ってるんだよ。

情勢も変わってるし、無理言っちゃだめだよ」


フラメラが腰に手を当てて窘める。その様子はまるで子どもが大人を叱っているようだった。


「ふむ……刃をその身から離すとは賛成しかねるが、せっかく良い石を授けてやったというに」


フラミストラは腕を組み、そっぽを向いてむくれる。

こうなると、どっちが子どもか分からんな。


「それなら、アミィちゃんにお願いして身に着けられるものを作ってもらったらいいじゃない」


「おぉ!! それは良い案じゃ。さっそく準備するのじゃ!!」


フラミストラが手を打つと、小さな紅の石が手のひらに現れる。

「ほれ、フラメラ。おぬしの石も渡すのじゃ」


「えっ、ぼくのも?」


「当たり前じゃ。カルディナスにも必要であろう」


フラメラは目を丸くしたが、すぐに虹色の火を宿す小粒の石を差し出した。


フラミストラは今にも外へ飛び出しそうな勢いで俺にアミィの店の場所を聞いてくる。

困惑する俺たちに、アルミセアがようやく落ち着いて口を開いた。


「えっと……お二人はあまり外出はされない方が……アミィを呼んできましょうか?」


「それもそうじゃな。アルミセアよ、さっそくアミィ様を呼ぶがよい」


促され、アルミセアは慌てて部屋を飛び出した。

俺とカルディナスは顔を見合わせ、同時にため息をつく。


――いいのか、アメジスト殿を呼びつけるとか……


不安になりながらも、応接セットで茶を入れて待つことにした。


やがて控えめなノックが響き、扉が開く。

アメジスト殿とエーレ殿、ザクロ殿がアルミセアに案内されて入ってくる。


アメジスト殿は入るなり、困ったように眉を寄せてフラミストラを見た。

「フラミストラ、あまりわがままを言って皆さんを困らせちゃだめよ。……団長さん、副団長さん、ごめんなさいね」


「そうだよ、まったくわがままなんだからさ。ごめんよアミィちゃん」

フラメラはあきれたように言うとくるっと変化してカルディナスの肩に乗る。


「い、いや……こちらこそ、わざわざ足を運ばせてしまってすまない」


口にしながら、胸の奥がざわついた。

――呼び出してしまった相手は、かつて伝承の中でしか語られなかった神々の頂点なんだよな。

この国では、長らくアクア様こそ唯一の神だと信じられてきた。

だが今、目の前で微笑んでいる彼女はそのはるか昔――建国以前の神々の中でも最高神。


ぐるぐると考えていると、アメジスト殿は柔らかく笑いかけた。

「いいの。気にしないで。フラミストラがお願いしたなら、きっと大事なことなんでしょう?」


拍子抜けするほど穏やかな声だった。

近寄りがたい威厳を感じない。ただ、そこにいるのは誰かを思いやる“人”だった。


俺はその笑みに、ふと肩の力が抜けるのを感じた。

――神とは、こんなにも身近なものなのか。

どこかで身構えていた自分が、滑稽に思えてくる。


なんともまぁ、この世界の最高神様は庶民的なことだ。

威圧どころか、むしろ親しみやすい。

こんな存在が本当に神なのだとしたら……この世界の行く先も案外、悪くないのかもしれない。


「おぉ、よう来たなアミィ様!」

フラミストラはそんな俺の心中など知る由もなく、声を張り上げた。

「こやつら、決まりとやらで普段は帯剣をせぬというのじゃ。せっかく石を授けたというのにじゃ。

今一つ授ける故、こやつらが身に着けられるものをこしらえてやってはくれぬか!」


アメジスト殿は苦笑しながらも頷き、フラミストラの方を見た。

「アクセサリーを作ってほしいっていうのはそういうことなのね。いいわ、何がいいかしら……」


「剣を扱う方なら腕輪は邪魔になるし、首飾りは戦闘時に引っ掛けると危ないわね。

登録水晶として使うなら、見えるところに付けるのが扱いやすい。二人はピアスは……開けてないのね。

イヤリングは激しく動けば落とすかもしれない。――そうね、イヤーカフならどうかしら」


「ほう、イヤーカフとな。それはなんじゃ」


「耳の縁に挟む小さな輪の飾りです。穴を開ける必要もなく、動いても落ちにくい構造にできます。

見た目も派手すぎないシンプルな仕立てにできますよ。

肌に密着するから、石の力を直接伝えやすいのも利点ね」


「初めて聞く装飾品ですね。アメジスト殿のおすすめとあれば、ぜひ身に着けてみたいものです」

カルディナスがにこやかに頷き、フラミストラも満足げに腕を組む。


「よいではないか。それで決まりじゃな!」


アメジスト殿はカルディナスを巻き込んでフラミストラと共に机に紙を広げ、イヤーカフのデザインを話し合い始めた。

俺がしばらく茶を飲みながら眺めていると、エーレ殿が小さなカーバンクルの人形を持って近づいてきた。


「ラドミラン殿、今後はこちらを部屋のどこかに置いてくださいますか」


「これは?」


「ここへ直接来るための転移門ゲートを繋げるためのマーカーです。

この部屋に来るときに使えば、ほかの団員に見られる心配がありません。

我々は表向きは他国の人間ですし、度々団長邸を訪れるのは不自然ですから。

神殿とケルノマスト商会にも同じ理由で設置しています」


「……なるほど、合理的だな」

俺はそれを机の端に置いた。

茶を入れ直してくれたアルミセアがそれぞれに給仕していく。

デザインを楽しそうに話し合っているアミィとフラミストラを、困惑した表情で見ていた。


「どうした、アルミセア」

「その……フラミストラ様はアミィのことを『アミィ様』とお呼びですが……えっと、アミィは一体……」


――ああ、そうか。アルミセアは知らないのか。どうしたものか。


どう言うのがよいものかと逡巡していると、アメジスト殿が顔を上げた。

「団長さん、私から説明させて」


そう言ってアメジスト殿がアルミセアの前に進み出る。

「私のフルネームはアメジスト・ヘレド・ダイアナ。海の向こうの異国から来たの。母国での身分は貴族。

それから――私は最高神ダイアナのいとし子なの。女神の加護の導きで、この国に神々の顕現を告げに来たのよ。

そしてザクロは月の女神の眷属、聖獣カーバンクル。ダイアナ様はともに来られなかったけれど、私に守護者を付けてくださったの」


ザクロ殿がカーバンクルに変化してアメジスト殿の肩に乗ると、尾を高く掲げる。


「黙っていてごめんなさい」


アルミセアは驚きに目を見開き、慌てて深く頭を下げた。

「あの、私……大変無礼な真似を……」


アメジスト殿は穏やかに微笑む。

「頭を上げて、アルミセア。どうか今まで通りでいてほしいわ。立場がどうであっても、あなたはこの国で初めてできた大切なお友達よ」


「よろしいのですか……?」


アルミセアはおずおずと頭を上げ、不安げにアメジスト殿の顔を見る。

「もちろんよ。私とあなたはお友達。それ以外の関係は二人の間にはないわ」


「……友としてお傍にいられることを誇りに思います」


少しぎこちない笑みのアルミセアに、アメジスト殿が抱きつく。

「よかった。私、不安だったの。アルやルシーたちの態度が変わっちゃわないかって」


「ちょ、ちょっと……アミィ、落ち着いてくれ」


アメジスト殿の熱い抱擁にあたふたしたかと思うと、二人は顔を見合わせて笑い出す。

……すごいな、もう元通りか。


しばらくして、笑いすぎて涙目になったアメジスト殿は目をぬぐい、フラミストラに向き直る。

「イヤーカフのパーツは少し準備が必要だから、完成まで少し時間をくださいね。今日はもう遅いから失礼させてもらうわね」


テーブルに散らばるイヤーカフのデザイン画をかき集め、アメジスト殿は静かに執務室を後にした。

満足げに応接セットに腰を落ち着けたフラミストラは、アルミセアとアメジスト殿のカフェの話題で盛り上がり始める。


俺はテーブルの上にわずかに残る書類の束を眺めながら、明日の発表後の激務を想像して身が震えた。

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