思いがけない出会い2
完全に言うタイミングを逃してしまったなと考えていると、今度はアメジスト殿が小さくつぶやく。
耳に届いたのは、この国では聞いたことのない言語のようだった。
これまで聞いたどの言語とも違う、どこか古めかしく、澄んだ響きが重なり合う。
意味は分からぬのに胸の奥に深く沁み入ってくるようだった。
ペンダントからはどんどんと淡い紫の粒があふれ出していく。
帯剣していた剣の柄に添えていた手につい力がこもる。
――熱い。
心なしか、ではない。柄がじりじりと灼けるように熱を帯びはじめていた。
「なっ……!」
次の瞬間、水晶から紅い炎が噴き上がった。
突然の大きな炎に、驚いて立ち上がる。
隣のカルディナスも椅子を倒して立ち上がり、目線を剣に釘付けにする。
噴き上がる炎は熱気をはらんでいたが、不思議と火傷するほどではなかった。
そのとき――。
「むっ、この気配はもしや……」
ヴェントルーザが身を乗り出し、にやりと笑った。
「おーい!! ほれ、恥ずかしがらずに上がってこい! こっちだ!!」
その呼びかけに応じるように、アメジスト殿の胸元のペンダントから紫の光が漏れ出す。
光は部屋中に広がり、炎に触れるたび吸い込まれ、火の中で弾ける。
アメジスト殿の小さなつぶやきと、ベントルーザ様の激しい呼びかけが入り混じる。
歌うように続いていた詠唱は最後の一言で静まり、同時に散らばっていた紫の光が一気に収束した。
俺とカルディナスを包み込むように押し寄せ、全身がまばゆい光に覆われた。
俺は光にあらがえず目を閉じる――。
「暑苦しいのじゃーー!!!」
轟き渡る声が、炎とともに部屋を揺さぶった。
恐る恐る目を開ける。
俺の剣の柄から噴き上がった紅蓮の炎が渦を巻き、ゆっくりとテーブルの中央へと降りていた。
その炎の中心から、紅の髪と白銀の甲冑をまとった女性が姿を現す。
炎のように鮮烈な紅髪に澄んだ紅い瞳。
紅いタイトドレスを基調にした白銀のドレス甲冑。
腰には長剣を下げて立つ姿は勇ましくも美しかった。
「うーっるさいのじゃ、相も変わらず鬱陶しいのじゃ、おぬしは!」
烈火のような声でヴェントルーザ様を指差し、一喝する。
「はっはっは、久方ぶりの再会ではないかフラミストラよ。そう怒るでない」
ヴェントルーザ様は、飄々と笑い返した。
「俺の水晶と同じ瞳…」
俺の登録水晶は職人の美しいカットにより、角度によって石の中に青い火花のような揺らめきが入る。
フラミストラと呼ばれた目の前の女性は瞳の奥にそれと同じ青を宿していた。
声に気付いたのか、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
机の上からじっと見下ろし、やがて満足げに頷く。
「おぬしのひたすらに剣を振り、武をもとめる姿をずっと見てきた。
わらわは戦女神のフラミストラ。誇れよ、我がいとし子よ」
俺は剣を床に突き立てて跪く。
「この剣に、フラミストラ様への忠誠を誓います」
フラミストラ様はふわりと机から飛び降りると、剣を抜いて俺の肩に置いた。
「許す。ほれ、立つのがよい。これからはわらわがぬしに稽古をつけてやるからな。覚悟するのじゃ」
戦女神の剣指南。心が全身の血が沸き立つ。
感動に震えていると、ふと隣にいたカルの剣の柄が小さく震えた。
溢れた出た火花が床に落ち、赤くきらめく小さな影となる。
「……あ、あの、はじめまして……」
おずおずと声を発したのは、身を炎に縁取られた手のひらに乗るほどの小さなトカゲ。
「初めまして。名は……フラメラと申します……」
気弱そうに頭を下げる生き物をそっと手に取り、カルは驚きながらも微笑んだ。
「はじめまして……私はカルディナスだ」
カルはその小さな身体を手に乗せ、優しくなでる。
フラメラは一瞬目を細め、炎をぱちぱちと灯して人の姿に変化する。
現れたのは紅いくせ毛の小さな少年。齢にして8歳ぐらいだろうか。
「おぉ、フラメラ。また相まみえたこと、うれしく思うぞ」
「久しいですね、フラメラ。……あなた、まだそのような姿をしているのですか」
エーレ殿が細い目をさらに細め、深い溜め息を落とす。
するとフラメラは首をかしげ、口に指を当ててにっこりと微笑んだ。
「……何のことでしょう?」
「エーレ、この子は?」
アメジスト殿は知らないようで、少年を見つめてエーレ殿に問いかける。
「この方はフラミストラ様の忠臣である眷属、聖獣サラマンダーのフラメラですよ。……古い友人でして」
「そうなのね。こんにちは、フラメラ。私はアメジストよ。よろしくね」
アメジスト殿がしゃがみこみ、少年の赤いくせ毛を優しくなでる。
フラメラはとても嬉しそうに、あどけない笑顔を浮かべて答えた。
「うん、よろしくね、アメジスト様」
その無邪気さに場が和みかけたところで、エーレが低く告げる。
「アミィ、だまされてはいけませんよ。彼は創世の炎の火花から生まれた聖獣です。……私よりもはるかに長い時間を生きていますからね」
「えっ……」
アメジスト殿が目を丸くして「エーレより年上…」とつぶやいている。
――あの驚き様...そもそもエーレ殿はいくつなのだ?
ちらりと見ると、フラメラはくすりと笑って、再び「何のことでしょう」ととぼけてみせた。
そんなやり取りを見守っていたフラミストラが、一歩前へ進み出る。
燃えるような紅の瞳でアミィをまっすぐに見据えた。
「……初にお目にかかる。月の女神の後継者アメジストよ」
しばし見合って、フラミストラが跪く。
「此度はブリンタルスーノ様が司る我々火の属性の者にも慈悲を賜り、感謝申し上げます」
「顔を上げてちょうだい。そんなの関係ないわ。みな等しくダイアナ様の愛した神々に変わりないもの。
これからよろしくね、フラミストラ。私のことはアミィでいいわ」
アメジスト殿が立ち上がるフラミストラと握手を交わす様子を見ていると、俺とカルディナスの剣の柄に嵌め込まれていた登録水晶が小さな音を立ててひび割れた。
「うわぁ!ひびが入っちまった」
「これは…困りましたね」
カルと二人で大慌てで登録水晶の状態を確かめる。
俺たちはすぐに代用のきく水晶を持ち合わせていない。すぐに見合う水晶を探すのは難しい。
「……心配には及ばん」
フラミストラ様の手が俺の剣へとのびる。見ると、掌には紅く燃える石が輝いていた。
「汝の剣に、我が石スピネルを宿そう」
そのスピネルは元の登録水晶と同じく、女神の瞳のように内に青い炎のような揺らめきを抱えていた。
続いてフラメラがカルディナスに小さな掌を差し出す。そこに乗っていたのは、虹色の火を湛えた石。
「僕の石、ファイアオパールです。脆く見えるかもしれませんが、創世の炎を抱き、あなたの助けとなるでしょう」
俺たちはそれぞれに石を受け取る。すると柔らかく揺らめき、吸い込まれるように剣の柄に収まった。
「ちょっといいかしら」
アメジスト殿が俺たちの剣に軽く触れる。何かを呟くと一瞬石が強く輝いて消えた。
「石に込められたそれぞれの本質を引き出したわ。ラドミランの剣には使用者の身体強化が。
カルディナスの剣には創造力強化が付与されてるわ。それから二人とも剣から炎が出せるわよ。
魔剣みたいでかっこいいわね!」
とんでもないことを言い放って無邪気に笑う。
「アミィ様はダイアナ様と同じ能力を持っておるのじゃな」
「えぇ、まだまだ未熟だから完璧に引き出せてはいないかもしれないけれど。二人がうまく使えるように導いてあげてちょうだい」
「あいわかった」
そうして、俺たちは思いがけず神のいとし子になり、さらに世界で初の魔剣の持ち主となった。
ヴェントルーザ様やバルメステリオ殿も混ざって俺たちの剣を囲んで盛り上がっている。
「ラディ…創造力って…なんだ」
「俺にわかるか。頭を使うのはお前の仕事だろ」
俺たちは突然降ってきた大事にただただ頭を抱えるばかりだった。




