思いがけない出会い1
ぐっと胸を張り、女神と名乗る少女。俺たちを見据えるその紫の瞳は吸い込まれそうになるほど深く輝いている。
声も出せず、あっけにとられる俺たちを見て、その少女は一呼吸ののちに盛大に吹き出した。
「あはははは、ごめんなさい。あーおかしいわ。本当にごめんなさい。
神としての名乗りってこれでいいのかしら。……あーおかしい」
一瞬前まで空気を張り詰めさせるほど神々しかったその姿が、いきなり日常に引き戻された。
これが乙女の箸が転がって笑うというやつか。日ごろから若い女性団員とも接してはいるが、これはどう対応していいか分からん。カルディナスはといえば、冷静を装いながらも動揺しているのか眉尻をぴくりと動かしている。
そこにいるのは見知った素朴な少女。先ほどまで感じられた眩いばかりの神々しさは消え――カフェでおいしい料理と笑顔を提供している店主に戻っていた。
「よーできとったぞ、アミィ! すばらしい名乗りだったわい」
ヴェントルーザ様が、パンパンと手を打ち鳴らしてほめちぎる。
「アミィ、そこで笑っては台無しですよ。ほら、団長さんたちが困っています」
いつも店でうまい茶を入れてくれる紳士…確かエーレ殿だったかが、苦笑しながら渋い顔をする。
あまりの光景に俺も肩を揺らして笑ってしまった。
「あっはっはっは……もう、本当に台無しじゃないか。一瞬、本当にアメジスト殿が輝きを放っているように見えたというのに……」
「やはり他人の空似ではなかったのですね。アメジスト殿…あのアメジスト殿とお呼びしても?」
カルはいつも通りの冷静さを取り戻しているようだ。
俺は前に進み、笑いすぎて目に涙を浮かべながらしゃがみこんでいるアメジストに手を差し出す。
「えぇ、自由に呼んでもらって構わないわ。堅苦しいのは好きじゃないの。
あー…おかしい。本当にごめんなさい。柄じゃないことはするものじゃないわね」
彼女は俺の手を取って立ち上がり、椅子に座りなおして息を整えた。
「我々も自己紹介を。私は酒と雷の神フルグリオ様の眷属として生まれ、今はアメジスト様の忠実なる従者でございます。聖獣・神虎のエーレと申します」
「我は運命と選定の神ソルテルーノ様の眷属。
月の女神の後継者の導き手にして守護者、聖獣カーバンクルのザクロだ」
そう言って二人は虎とカーバンクルの姿へと変化した。
二人の毛並みがきらりと光を反射し、空気がぴんと張りつめる。
本日二度目の衝撃に、俺は口をぽかんと開けるしかなかった。
「まあ、二人がその姿なら、わたくしも」
神殿長の横に座っていたアクアマリン様までもが、楽しげに微笑んでセイレーンの姿へと変わる。
「こちらの姿でいる方が楽なのよね」
アクアマリン様の本来のお姿はこれまでも神殿の像で見てきた。
今まで唯一の神と信じてきたお姿に、俺は反射的に息をのむ。隣でカルも、珍しく目を見開いていた。
「アクア、あなたまで変化することはないのですよ。ほら、元に戻って席にお着きなさい」
目の前の虎は瞬きをする間に紳士の姿となり、俺たち二人に席をすすめた。
八人掛けの大きな机。
正面にはまだ笑いを堪えきれない様子のアメジスト、その隣にエーレ殿。さらにヴェントルーザ様とバルメステリオ殿が並ぶ。
俺の隣には神殿長とアクアマリン様。ザクロ殿は小さな姿のまま、主の肩にちょこんと乗っていた。
クラルビア様が給仕くださった茶の香りが爽やかに鼻を抜け、混乱した頭の中を少しずつ澄ませていく。
「今ご覧いただいたように、アクアを含めた私たちは、聖獣たる姿が本来の姿なのです」
「皆は私を神と思い、崇めてくれていたでしょう。そのことには深い礼を。ですが――本物の神が戻られた今、私は神として崇められることを良しとしないのです」
そう言って神殿長は続けた。
今後神殿で祀るのはアクア様ではなく月の女神ダイアナ様とすること。
アメジスト殿は神の顕現の可能性を示した異国の貴族として扱うこと。
そして、登録水晶から神が顕現した者を国政を担う「神のいとし子」とし、新たに貴族制度を設けること。
聞きながら、俺は「国政を担う」という言葉の重みを反芻する。
一介の団長である俺にとって、国の行く末など遠い話に思っていた。だが目の前で語られるのは、否応なく俺たちの肩にもかかる話だ。
難しい話が続く中、どうにか理解していこうと神殿長の言葉をとり溢さないように拾っていく。
ちらりとカルを横目で見れば、彼は真剣な面持ちで神殿長の言葉を受け止めていた。
国政は今まで通り神殿を中心に執り行い、神殿の建物の一部を改装して行政府を置くこと――。
さらに神殿長は、当面は自警団にこれまで通り対外的な役割を担ってもらうこと、そして将来的には「神のいとし子」を守るために、腕の立つ者を専属騎士とできるよう育ててほしいのだと語った。
「まだいとし子は我々二人のみ。当分は今と変わらぬでしょう。とはいえ神の顕現は世界の安定にかかわる急務です。自警団のお二人も、アメジスト様の情報集めにご協力ください」
「承知しました。具体的にはどのような情報を?」
俺の問いに、アメジスト殿が口を開いた。
「そうね……たとえば、類まれな美しさの登録水晶を持っている方がいれば、さりげなくカフェをおすすめしてください。実際に近くにあれば声が聞こえることもありますから。……ほら、こんなふうに」
彼女は耳に手を当て、目を閉じる。
俺には何も聞こえないが、神同士にしか分からぬ何かがあるのだろうか。
「アミィ、今はヴェントルーザ様もアクアも顕現しているので、何も聞こえないはずでは」
「あら、そういえばそうね…先ほどから少しざわめきを感じるのだけれど」
――え……何だそれ怖い。
神殿長室に沈黙が走る。
「アミィ、もしやこの二人のどちらかではないか」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
俺とカル、神殿長が同時に声を上げた。
アメジスト殿はきょとんしたような瞬きをしたあと、ゆっくりとザクロ殿に視線を向ける。
「このお二人とはお会いするのは初めてではないでしょう?この国では登録水晶は普段から身に着けていると聞いたから違うのではないかしら?」
アメジスト殿の言葉にカルと顔を見合わせる。
俺たちの登録水晶は剣の柄にはめ込まれている。
カフェに行くときは剣は執務室に置いていく。帯剣して合うのは初めてなのだ。
――これは言わないとまずいだろうか…
少し悩んでいると、「ならば試せばいいのだ」
とザクロ殿が耳慣れない言葉を唱え始めた。
「え、ちょっとまってザクロ…」
アメジスト殿が慌てた様子で首にかけていたペンダントを引っ張り出す。
紫色のその石からは、淡い紫の光の粒が一つ、また一つとあふれ出し始めていた。
ザクロ殿の低く澄んだ声に呼応して、粒が床に落ちると消え、また別の粒が空に舞い上がる。
そうして、瞬く間に光の粒は部屋中に広がっていった。
立て続けに来た衝撃に、もう俺の頭は思考も感情も追いつかず、ただそその光に呑まれていくばかりだった。




