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新しい国のかたち

神殿長からの手紙をもらった翌日、約束の半月の二の刻に神殿長室への転移門(ゲート)を開くと、アクア、ヴェントルーザ、バリーがすでに来ており、神殿長のヴェンティリオと歓談しているところだった。


「こんにちは皆さん。バリー、商会の皆さんにお店を宣伝してくれてありがとう」


バリーのケルノマスト商会の人たちは食事はもちろん、小物をよく買ってくれる。

いくつかは商業ギルドで製法を公開しているが、まだまだ技術は広まっていないようで職人たちへの見本としてや宣伝のために購入してくれているのだ。


「おお、アミィ!元気にしておったか。俺もムーンロンドに行きたいと何度もバルムに言ったのだがな。『神が気安く来店したら店にも客にも迷惑ですよ』と怒られてしもうた。オムライスが恋しいぞ…」


人差し指を立ててバリーの声真似をすると、ヴェントルーザはでかい図体を縮こませてしょんぼりとしてしまった。それを見て私は思わず苦笑をもらす。


「うーん…声を抑えてくれるなら、バリーの商会につなげた転移門(ゲート)から直接個室に案内できるようにしましょうか。ね、エーレ。そうすればアクアやヴェンティリオさんにも来てもらえるわ」


「そうですね、ダイアナ様のお部屋が空いてますから、あそこを上賓用の個室としても整えましょうか」


そう話しているとヴェントルーザがバリーの背をバンバンと叩いて喜んでいる。


「バルメステリオ!!行ってもよいそうだぞ。いやぁ僥倖僥倖。言ってみるもんだわい」


「静かにできるなら、ですよルーザ様」


どうやら二人は愛称で呼び合うようになったようだ。

仲がいいようで何よりである。


「アメジスト様、本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞこちらへ」


ヴェンティリオのすすめで着席し、クラルビアが給仕してくれたお茶を飲んで一息つく。

テーブルの真ん中では沈黙の蝶が羽を揺らめかせ、一瞬の静寂ののちヴェンティリオが話し始めた。


「自らの登録水晶から神を顕現した者、あるいは顕現した神から祝福や加護を受けた者を――我らは『神のいとし子』として貴族に列することといたしました」


ヴェンティリオはちらりとバリーへと視線を向け、小さくうなずく。

どうやら今回の話はすでに二人の間で話し合いを進めていたようだ。


「神のいとし子となったものは、その証として家名に神の御名を冠し、その役職に応じてミドルネームを置くことといたします。神官は《サンクトリス》、自警団や冒険者などの武を持つ者は《カリディエロ》、商人や職人は《アミディオ》…」


ヴェンティリオは一旦言葉を切り、私たちに視線を巡らせる。

アクアとヴェントルーザが同時に頷き、神や眷属の名を民が家名にすることに異論はないと示した。


「家名は原則、子孫へと受け継ぐことは許されます。されど――その子息令嬢が、家名とする神より加護を賜れぬ時は、その名を返上し、市井に戻ることとなりましょう」


「つまり、神官と同じく“資格”を得られなければいわゆる平民に戻る、ということですか」


エーレが顎をさすって思案顔で問う。


「そういうことじゃな。これはこれまでの神官の慣例と同じことじゃから、皆も無理なく受け入れるじゃろうて」


バリーが腕を組みつつ何度もうなずく。

こうしておけば子息令嬢も慢心せず道を究めんと努力をするであろう…と。


「ゆえに、私はこれまで代々神殿長が受け継いできた『ルクアトル』を称号とし、名を――ヴェンティリオ・サンクトリス・アクアマリンと改めます」


「私は神ではなく、あくまでもダイアナ様の眷属です。ヴェントルーザ様とおなじ地位に並び立つことを良しとは致しません」


即座に言い放つアクアの断言に、静かな緊張が流れる。


「このようにアクアマリン様もおっしゃっておられますので、私は近々国家元首としての立場は退くことを表明したいと考えております。そのうえで、「神のいとし子」による新たな国家制度を――と考えているのです」


「それはまた…急なお話ですね」


エーレは困惑した面持ちで問い返した。


「このような急な動きはこの国を揺るがす事態とはならないのでしょうか」


ヴェンティリオとバリーは顔を見合わせてにこりと笑う。やはり二人の間ではすでに話し合いが済んでいるのだろう。


「大丈夫じゃ。もともとこの国はアクアマリン様への信仰で成り立っておった。神殿長は国家元首と言っても明確に王政を取っていたわけじゃあない。便宜上、神殿長が対外的な顔として諸外国の対応にあたっていただけじゃからな。それが今は他の神も現れたのだから、その神に愛されたものも神官たちのように国の民のために働くのは至極当然なのじゃよ」


「とはいえ神のいとし子は今は我々二人しかおりません。バルメステリオ殿はもともと商業ギルド長として諸外国との貿易に関することや視察に訪れた国賓の対応などもこなしておられます。私も神殿長として子等に等しく教育の場を与え、国の安寧を願い神に祈る。とくにやることは大きく変わらないのですよ」


「アミィよ、このバルムはな、名をバルメステリオ・アミディオ・ヴェントルーザに改名するのだ。よい響きであろう。我の友が我の名を家名にするのだ」


ヴェントルーザは大喜びで、バリーの背を豪快に叩きながらがっはっはと笑う。


「しかしなアミィよ。どんな国にも頂に立つ者は必要だ。我々神の頂点は最高神の二柱である。

であるが、ブリンタルスーノ様は北の大地にてお隠れになっていると聞いている。ダイアナ様亡き今、やはりそなたが神殿の頂に立つのが我はよいと考えておるのだが」


「嫌です」


ヴェントルーザの言葉に若干食い気味に拒否してしまった。

象徴的なものとしておかれるとはいえ、神として前に立つのはまだ私には荷が重い。


「そう言うと思っていたわ。だからねアミィ、こういうのはどうかしら」


アクアに提案はこうだ。

私は異国の貴族として家名にダイアナ様の名を冠し、この国では忘れられてしまっていた最高神ダイアナ様の存在を伝えたということにする。アクアがダイアナ様の眷属であることと共に公式発表を行い、神殿では以前のアクアのように最高神としてのダイアナ様を国の象徴としておくという提案をしてくれた。


――うーん…おばあ様を勝手に祭り上げるのは少し気が引けるけど、それでこの国が安定するというのであれば...。


ザクロをちらりと見ると「そのくらいは仕方あるまい」と肩を叩かれる。


「そうね――いきなり神が顕現したことに疑問を持つ人がいるとも聞いたし。きっかけが遠い異国から来た私であったとするのが落としどころとしてはいいのかしらね。アメジスト・ヘレド・ダイアナ。この名でどうかしら」


国の象徴として最高神を戴き、政務は「神のいとし子」が担う。あまり政治には詳しくないのだけれど議会制とか立憲民主制とかそんな感じかしら。


「我はそろそろカーバンクルとしての姿でいる時間を増やしたい。楽だからな。これを機に我が眷属であることも公表してくれぬか。アミィの箔付けにもなろう」


ちゃっかりと乗っかってくるザクロに少し腑に落ちない気もするが、確かに私が神獣であるカーバンクルを連れていれば説得力もあるというものだろう。

私は異国の人間なので、眷属を連れてはいるがこの国で「神のいとし子」にはならない。

発表直後は少し店がざわつくのだろうが、バリー曰く、すぐに落ち着くそうだ。


「アメジスト様にご負担を強いてしまい申し訳ありません。我々の都合でご不快な思いをすることがあればお申し付けください。無礼なものは、いかようにも致しますので」


ひどく恐縮したヴェンティリオが深々と頭を下げ、それに倣いクラルビアも神官の礼を取る。

最後の一言にはなんとなく物騒な含みがあるように感じられたのはきっと気のせいだ。


「頭を上げて二人とも。いいのよ、全部から逃げてはいけないと思っていたから。

それに、少しは立場を持っておかないと、他の神の顕現の機会を見逃してしまうかもしれないものね」


この一か月、神や眷属の声は一度も聞こえてきていない。まだ多くいるはずの神の存在の糸口すらつかめていないのだ。

神のいとし子による国の統治は方向性として定まったものの、当面は神殿や各ギルド、自警団が現状を維持して対外的な役割を担うことになる。新たな神の顕現は早いに越したことはないだろう。


「それでは、事前にご案内しておりました通り、自警団長と副団長にはアメジスト様のお立場を説明し顔合わせを行いとうございます。ここへ呼んでもよろしいでしょうか」


ヴェンティリオに了承の返事をすると、クラルビアが部屋を出る。

入れ直してくれていたお茶をしばし楽しんでいると、規則正しいリズムで響く足音ののち、ドアを叩く音がした。


「自警団団長ラドミラン並びに副団長カルディナスがお召しに従い参上いたしました」


耳慣れた少年ののような声が、格式張って余所行きのセリフを吐いているものだから、思わず笑ってしまった。


「どうぞ、お入りください」


ヴェンティリオの声掛けにクラルビアが外からドアを開けて二人の入室を促す。

「失礼します」と深く頭を下げた二人が目に入る。


「こんにちはお二人とも。お元気でしたか」


頭を上げて私と目があった二人は扉の前で固まってしまった。

クラルビアに押すように室内へと入れられ扉が閉まる。

2人の様子にクスクスと笑ってしまう。

「このような二人を見るのは初めてじゃな」と楽しそうにバリーも笑っている。


2人の笑い声の後の後にしばし流れた沈黙に、テーブル中央の蝶が羽をはためかせていた。

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