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会合のお誘い

ヴェントルーザが顕現してから一か月。

ルミナーレの街は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


神殿には連日多くの人が詰めかけ、登録水晶の再取得を願う人々で賑わっていた。けれど顕現したのはヴェントルーザだけで、人々は次第に「神の顕現とは滅多にない奇跡なのだ」と理解し始めたようで。今では訪れるものも減っている――と、クラルビアは微笑みながら教えてくれた。


カフェ・ムーンロンドも開店から一か月が過ぎ、営業は落ち着きを見せていた。

昼の賑わいが去り、柔らかな午後の光がカウンターに射すころ。私はザクロと並んで賄いを用意する。


「アルが自警団の団長さんと副団長さんを連れてきたときは驚いたわ」


「そうですね。団長ともなれば、神殿長同様にこの国の重責を担う方々ですから。

ですが、なかなかおちゃめな方たちでしたね」


「そうね、副団長との掛け合いがすごく面白かったわ」


オープン二日目、アルが上司だと紹介してくれた自警団団長ラドミランさんと副団長カルディナスさん。

ラドミランさんは初めて見る料理に元気いっぱいの少年のような無邪気さではしゃぎ、冷静沈着なカルディナスさんが呆れながら諫める――その対比は絶妙で、つい笑みがこぼれた。


二人は幼馴染で、十五歳で自警団に入団してからずっと同じ部隊で過ごしてきたらしい。十年前にはアルも加わり、三人は腐れ縁のような関係になったのだという。


初来店のあと三人が揃うことはなかったけれど、それぞれが週に一度は必ず顔を出すようになり、すっかり常連客となった。

今では自警団の女性団員の3人や仕入れでお世話になっている市場のおかみさんたち、バリーの商会関係者などに加え、神官や冒険者も時折訪れる。カフェで交わされる会話は、自然と街の様子の情報源となっていた。


「我は今日はホットサンドを食す」


ザクロがそう宣言し、好きな具材を次々と直火用のホットサンドメーカーに放り込む。

鉄板には猫と足跡の焼き目が浮かび上がる仕掛け。地球のムーンロンドでも使っていたお気に入りを、こちらへ持ち込んでいたのだ。

私は本日のランチであるナポリタンにクルタヴェルノ産のパルメザンチーズを惜しげもなく振りかける。モゥと呼ばれる牛に似た獣の乳から作られるそのチーズは、地球のものより濃厚で、口に含めば豊かな香りが広がった。


食後のお茶を飲むころには客もすべて帰り、店にはひとときの静けさが訪れていた。


――カラン。


ドアベルが澄んだ音を響かせ、午後の静けさを破った。

顔を上げると、淡金の髪を揺らした神官服のクラルビアが立っていた。差し込む光に縁取られ、まるで扉を額縁にした一枚の絵のようで…相変わらずクラルビアは眩しいほどに美しい。


「あら、クラルビア。いらっしゃい」


「こんにちは、アミィ様。本日は神殿長より会合のお知らせをお持ちしました」


彼は美しい所作で神官の礼を取り、薄水色の封筒を差し出す。青い封蝋には神殿長の印章。正式な書状だ。


「ありがとうございます。お預かりしますね」


エーレが受け取り、ペーパーナイフで封を切る。

覗き込むと、堅苦しい挨拶文に続き、神官たちの転居完了の知らせが記されていた。


「クラルビアも神殿長邸に移ったの?」


「いえ、私は神殿長室横の上級神官宿直室を改装していただき、そちらで暮らしています」


「不自由はない? 食事はどうしているの?」


「神殿には食堂がありますから。共に神殿に移った者同士で助け合いながら調理しております。アミィ様に教わった料理も試していますよ」


爽やかに笑う澄んだ青い瞳が、楽しげにきらめいた。


その後に書かれていたのは――『神のいとし子』という言葉。


「クラルビアさん、この『神のいとし子』についてというのは何でしょうか」


――『神のいとし子』・・・?


聞きなれない言葉に私もクラルビアに向かって首をかしげる。


「神殿では、登録水晶から神や眷属を顕現した方をそう呼ぶようになりました。現在はバルメステリオ様と神殿長がそれにあたります」


なんともたいそうな名前が定着してしまったようだ。バリーは嫌がってそうだなぁと、なんとなく商業ギルドのある方を見やる。


「なるほど…お客様の噂話で聞いてはいましたが、神を顕現した人に家名を持たせて国の要職に就く貴族にという話は現実味を帯びてきたわけですね」


手紙にはヴェントルーザ、バルメステリオと神のいとし子の扱いと今後の家名を含めた名乗りについて、それに伴い現在国賓の受け入れや国内での警護をなどの対応を任されている自警団団長・副団長との顔合わせが今回の会合の主目的であると記されていた。


「私の育った日本では誰もが当たり前に苗字があるものだったから、逆にない方が違和感だったのよね」


「アミィ様やエーレ様はあちらではなんと名乗っておられたのですか」


「私の日本での名前は神月紫水(こうづきしすい)よ。エーレは琥珀おじさまと呼んでいたけど、そういえば苗字は知らないわ」


「私は虎沢琥珀(とらさわこはく)と名乗っておりました。そういえばアミィに苗字を名乗ったことはありませんでしたね」


初めて知るエーレの苗字。神獣である神虎が本来の姿のエーレは名前にしっかり虎の字が入ってた。

もしザクロが人としてあちらにいたら猫田とか...と想像してしまい笑いが漏れる。


「…今、何か不愉快なことを想像したのではないか」


三つ編みにまとめたザクロの漆黒の髪がさらりと揺れて、紅い瞳が私を射抜く。


――勘のいいにゃんこね。


私は肩をすくめて「そんなことないわよ」とごまかしておいた。


「自警団長さんたちにはもちろん私たちの正体を伝えて話を進めるわよね。あの二人はすっかり常連だから、驚くでしょうね」


「そうであろうな。おそらくこの店での姿はかなり砕けた姿であろうし」


――どんな顔をするかしら…アルには話せないのがまた複雑ね。

なんとなく、二人に対して申し訳なさが胸をかすめた。


「アミィ、ちょうど明日は定休日ですから午後からの予定でお返事してもいいですか」


一通り手紙を読んだエーレは、それを畳み直して封筒へと戻し、私によこした。

私も読もうと中を見るが、あまりに堅苦しい挨拶と長い長いかしこまった文章にそっと手紙を閉じた。


「えぇ、それで構わないわ。半月の二の刻でどうかしら」


「そうですね、そのぐらいが良いでしょう。クラルビアさん、今お返事を書きますので、そちらで少々お待ちください」


エーレはクラルビアにお茶を出すと、奥へと文箱を取りに行った。


「クラルビア、お昼はもう食べた?まだなら用意しましょうか。今日はナポリタンなの」


隣に座ったクラルビアにお昼をすすめてみるが、今日は神殿教室の子どもたちとお昼を共にしてきたと嬉しそうに教えてくれた。

神殿の食堂で昼食がふるまわれるのだそうだ。きっと地球の給食と同じように、温かな日常の一部になっているのだろう。


「お待たせしました。クラルビアさん、こちらを神殿長にお渡しください。

明日の半月の二の刻に参ります」


クラルビアは手紙を受け取ると、すっと手を前に出し礼を取る。


「かしこまりました。明日の半月の二の刻、神殿長室にてお待ちしております」


顔を上げたクラルビアは「失礼いたします」と神殿へと戻っていった。


扉の外ですっかり見慣れた広場の噴水がきらめく。

カランと鳴ったドアベルの音が客の途切れた店内に静かに響いた。

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