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そしてまたオムライス

神殿を後にして、私たちはお昼の柔らかな陽に照らされながらカフェ・ムーンロンドへと戻ってきた。


扉を開けて真っ先に店内へと入ったヴェントルーザの視線は、時を越えてそこに残った記憶を愛おしむように店内を巡っていた。

カウンター、テーブル、壁に飾られた小物のひとつひとつに目を細めて見回す。

まるで遠い親戚の家に久しぶりに遊びにきたかのようだ。


一方、バリーは棚の一角に視線を止めると、まるで宝石を見つけたかのように「手に取ってみてもいいかの」とモノクルを構えて訪ねてくる。

私は初めて会った時と同じ目をしているバリーに思わず笑みがこぼれ、どうぞと軽く返事をした。


一通り見て満足したのか、ヴェントルーザは深く息をついて奥の席にどかっと腰かける。


「外の街はぜーんぶ様子がかわってしまっとるが、この店はなんも変わっとらんのー」


ヴェントルーザはテーブルの天板を撫でながらひどく懐かしそうな顔をして何かつぶやいていた。


「この机も俺が見つけてきたんだ。ダイアナの好みはひと癖あってのう」


作り置きしてあるアイスティーを人数分いれて、それぞれに渡す。

私はザクロと一緒にお昼ご飯作りだ。今日はバージョン違いのオムライスだ。

ケチャップの残りが少ないので、ご飯は人参バターライスにしよう。


すりおろした人参とバターを白米に重ね、土鍋の底にそっとなじませる。

分量の水に、玉ねぎの旨みを溶かしたスープの粉末をひと振り。

火を入れると、鍋の中で甘い香りがゆっくりと目を覚ました。


カウンターではエーレがクラルビアと隣合って座り、何やら打ち合わせを始めている。

エーレは懐から小さな包みを取り出すと、丁寧にその布をほどいた。


「こちらを、神殿長の執務室に置いていただけますか」


中から現れたのは、ザクロのカーバンクル姿を模した小さな置物だった。額にはガーネットの粒がひとつ、埋め込まれている。


「アミィがアクアに譲っていただいた石で転移門の魔導具を作成しまして。

これは行き先のマーカーになるものです。今後は、人目もありますので神殿長の執務室に直接行かせていただけないかと思いまして。」


「承知しました。神殿長にお伝えいたします」


そう言ってクラルビアがまっすぐに頭を下げ、置物の布を丁寧にまき直すと、すっと懐に収めた。


「今後は神殿もあわただしくなってくるかと思います。何度も神殿長と謁見する皆様に注目が集まってしまうのがどうにも心配に思っていたところでした。このような貴重な魔導具をお与えくださり、ありがとうございます。」


カウンタ越しに私へ深々と礼をするクラルビアに、私の方が恐縮してしまう。


軽い思い付きで作っただけなんです、それ……


「気にしないで」と私は軽く手を振った。

クラルビアはもう一度軽く会釈をするとエーレに向き直り、今度の神殿としての対応の詳細を話し合っていた。


私とザクロは調理を続けた。

オムライスにはサラダを添えて、オニオンスープをセットにする。

ザクロがレタスをちぎって洗ってくれている間に、私は玉ねぎを薄くスライスしてバターを加えてあめ色になるまで炒めていく。

炒めた玉ねぎと固形スープの素を鍋に入れて火にかけたころには、人参バターライスが炊きあがっていた。土鍋の蓋を開けると、すりおろした人参のほのかな甘みと、バターのとろけるような香ばしさを感じる。混ぜればしゃもじがしっとりと沈み、湯気の向こうにほんのり橙色に染まったご飯が顔を出す。


ふと店内を見るとバリーはヴェントルーザと小物を見ながら何やら話し合っている。

二人ともなんというか…商人の目だ。


「この髪飾りは何でできてるんじゃろうな。太めの糸にしてはしなやかながら硬く形が崩れない。

かといって金属のように硬すぎない。」

「色や形もいろいろあってえぇのぉ。俺も見たことない素材だな」


どうやら水引で作った小物が気になっているようだ。


あとで、制作前の水引でも見せてあげようかしら……


卵を人数分溶きほぐして牛乳と塩コショウを加えて卵液を作る。

ザクロがスープを人数分マグによそってそれぞれのテーブルへと運んでくれる。


とろりと流れる卵液をフライパンに流し込むと、じゅっと音を立てて縁が固まり始める。

その上に橙色のバターライスをのせ、フライ返しでそっと包み込むように巻いていく。

出来上がったオムライスをお皿に載せていくと、ザクロが手早くレタスとトマトを添え

最後に赤いケチャップで一筋、やさしい軌跡を描く。ふふんと満足げに鼻をならすと、またそれぞれのテーブルへと運んでいく。


無言で淡々とこなすザクロだが、ここ数日でかなり手際が良くなった。

最初はレタスをちぎるぐらいしかできなかったのに..……

なんだかお母さんになったような気持ちでザクロを眺めていると


「なんだアミィ…我の顔に何かついているか」


とザクロが訝しげに眉を寄せて私を見る。


「何でもないよ」


私は笑いながら返しつつ、次のオムライスをそっと皿に載せる。

ふわりと湯気が立ちのぼり、心までやさしく包んだ。


全員分のオムライスが揃うと、私たちやクラルビアが「いただきます」と手を合わせる。

少し戸惑ったようにバリーとヴェントルーザが真似をして手を合わせていた。


どうやらこちらには「いただきます」の文化はないらしい。

意味を説明すると「なんと素晴らしい文化なのでしょう」とクラルビアは一緒にしてくれるようになって、今ではすっかり板についている。


食後はエーレがコーヒーを淹れてくれた。豆はあちらから持ってきたマンデリンのシティーロースト。

シナモンのような爽やかな香りが店内に広がる。


「おぉ、これは風味豊かでコクがあってなんと味わい深い…」


バルメステリオが香りを、色を、味をゆっくりとそしてしっかりと確かめながらコーヒーを口にする…というより品評している?

お茶請けにと添えた、これまたあちらから持ってきた小さな葉の形をしたチョコレートにも驚いたようで、あれこれと言いながら食べている。


このチョコ、常連で来てたお客さんが良くくれたのよね…


こちらにはチョコレートはないそうだ。

アクアによると、以前はあったようだが、浄化の日に更地となった世界にカカオは再び生えてこなかったらしい。同じように失われた動植物は多いらしくこちらも戻ってくれればなとアクアは言っていた。


どうするのがいいんだろうなぁ…あっちから種を持ってくる?それってありなの…


いろいろと思い出して眉を寄せて「うーん」と唸っていると、エーレがバルメステリオに声をかけた。


「それで、店の開業の話なのですが……すでにギルドでお聞き及びかとは思うのですが、先日商業ギルドで伺ったお話では開業するにはいくつか問題があるようで。」


湯気の奥に香りを感じながら、私はそっと耳を傾けた。


「登録水晶とこの建物の所有の件じゃな」


「はい。特にアミィの登録水晶は儀式を行ってもアメジストになると考えられます…」


神殿で見た文献にはアメジストのような紫になった記録は一切なかった。

バルメステリオは「そうじゃの」と腕を組んでしばし思案して口を開く。


「必要なのは、あくまで個人を特定するための『登録水晶らしいもの』と、その記録なんじゃ。水晶の色や形状を実物と照合することで本人確認ができれば良い」


そう言いながら、彼はディスプレイに置いてある中から一つのストラップをつまむ。


「これなんか、ちょうどいいんじゃないか。」


白とピンクがふんわり混じり合った、まあるい天然石のビーズが揺れる。


「それは、ルビーインクオーツか」


気がつけば、ザクロは聖獣(カーバンクル)の姿に戻り、カウンターの隅に座っていた。

じっとストラップを見つめたかと思うと、ふと私の方をみてくいっと首をかしげる。


かわいい……この猫ちゃん、ほんとに。


「そう。不透明なのがまたいちごミルクキャンディみたいで可愛いなと思って。ストラップにしただけで、そんなに品質のいいものじゃないの。古市でたまたま見つけて、すごく安かったのよ」


エーレが記憶を探るように顎を触りながら石を見つめている。


「なるほど……ルビーは料理の神、ルベスターロの本質の石ですからね。神殿にも、かつての天才料理人の登録水晶、まばゆいピジョンブラッドの記録が残っていましたね」


「そういえば、そんな記録を見た気がするわ」


私が答えると、バルメステリオが頷いた。


「なら、このルビーインクオーツを登録水晶ってことにすればええ。儀式の記録と照らし合わせる必要はあるが。そこは……多少、融通の利く余地があると見てよいじゃろう?」


その言い方に、クラルビアが躊躇うように眉を歪め、目を伏せた。


「記録の改竄など、恐れ多いことではありますが……私は神に罰せられないでしょうか」


 私はコーヒーに口をつけながら、肩をすくめて笑った。


「現状この世界に存在している神は私とヴェントルーザ、あとはどこにいるかわからない太陽神だけでしょ...ヴェントルーザ、あなたはクラルビアを罰する?」


「ん?あー…これは神の願いだ、罰するわけなかろう」


何を言っているのだという顔で私を見るヴェントルーザ。

私もそうねぇと腕を組んでクラルビアを見る。


「私からお願いしているのに、罰するなんてできないわ」


少しいたずらっぽく笑ってみると、クラルビアが少し戸惑ったように微笑む。


「そう…ですね。私に柔軟な考えが足りなかったようです。申し訳ありません」


そう言って、クラルビアは静かに深く頭を垂れた。

そのあまりの誠実さに、むしろ私の方がいたたまれなくなってしまう。


「そんな、頭を上げてクラルビア。無理を言ってるのは私の方よ。私こそごめんなさい」


真面目すぎるほどに真面目で、まっすぐな人たち。

……けれど、きっとその生き方こそが——神官として選ばれる理由なのだろう。

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