商業の神ヴェントルーザ
「……あの、バルメステリオさん、今日は来ていただいてありがとうございます」
少しかしこまって言った私の言葉に、バルメステリオさんがくつくつと笑う。
「おやおや、アミィもそんな堅っ苦しい口調はやめてほしいの。わしのことはバリーと。
親しいやつらはみんなそう呼ぶでの」
「……そう、じゃあバリーさん、私のこともアミィでいいわ。」
「あー…さんとかいらんいらん。呼び捨ててもらって構わんよ。その方がわしもやりやすいしの」
手をひらひらと振ってバリーがこちらを見る。
ノーム専用の椅子は背が高く作られていて、着席しても私たちと目線がほとんど変わらなかった。
私はバリーの様子にほほが緩む。肩の力がすっと抜けた気がした。
「えっと、バリー。すでに神殿長からいろいろと聞いたと思うのだけれど、今日はあなたにいくつかお願いがあってきてもらったの。」
ちらりとエーレを見ると、どうぞ続けてと手を差し出している。
…やっぱり私が話すのか。緊張するな。
ドキドキと早鐘のようになる胸を押さえて深呼吸をする。
「まず一つ目は……私は、消えてしまった神々を、もう一度この世界に蘇らせていきたいの。
世界が不安定になってしまった今、それが絶対に必要だから。
だからこそ、商人として顔も広くて、街でも大きな影響力を持つバリーに――あなたに、協力してほしいの」
ちらりとバリーの顔を見ると、少し照れくさそうにしている。
「どうかしら」
「わしのことを買ってくれとるようで、うれしいのぉ。
ここまで聞いてしもうたからの...断りはせん。わしにできることならば何でも協力させてもらうよ。」
優れた商人は情報に敏感だ。ギルド長としても顔の広いバリーに協力してもらえるのは本当に心強い。
「ありがとう。バリーの協力が得られるのはとても心強いわ」
「神々の復活に関しては我々神殿から近いうちに発表をしていこうと考えています。
アクア様が顕現されておられますので、直接のお言葉であればすぐにとはいかずとも受け入れてくれるでしょう。」
神殿長と隣に座るアクアが「任せてください」とお互いを見あってにっこり。
対面してからは数日でも、長い年月の祈りは二人にとってとても強い絆となっているように見えた。
「商人のつながりを活かして、情報の根回しをお願いすることもあると思います。
……世界にとって大きな変化になるけれど、頼りにしています。」
エーレがバリーにいって手を差し出すと二人はがっちりと握手を交わしていた。
「えっと…それと次のお願いなのだけれど…」
今日の本題……登録水晶のこと、ちゃんとお願いしなきゃ
心の中でつぶやいてから、私は口を開いた。
「この間、商会で案内してもらったときなんだけど……あなたの登録水晶から、なにか感じたの。うまく説明できないけど、誰かがそこにいて呼びかけているような気配があって。もしかしたら…誰かの記憶が宿ってるんじゃないかと思うの。だから……もし見せてもらえるなら、その指輪を、少しだけ……」
おずおずと差し出した私の手に、彼はうなずいて指輪を外し、そっと載せてくれた。
「もちろんいいとも。わしの自慢の水晶じゃ、とくとご覧なされ」
私はその小さな銀の輪についた石をじっと見る。
水晶とは到底思えない美しいシェリーカラー。まさにインペリアルトパーズの輝きだ。
私は小さな銀の輪についた石を両手で包み込むように持ち、静かに目を閉じた。
……微かに、何かが触れた。
言葉にはならない。でもたしかに“声”だった。
遠く、深く、誰かが揺れている。
「……声がする。すごく小さい。遠くて、届きそうで届かない……でも、確かに“いる”」
私は顔を上げた。
「もっとよく聞きたいのだけど…。記憶を引き上げようとしたら、……耐えられないかもしれない。きっと、この石は壊れてしまう」
「……構わんよ」
バルメステリオさんの声は、不思議と落ち着いている。
「登録水晶が壊れるのは、珍しいことじゃない。再登録の時に壊れることもしばしばじゃ。
わしもこれまで何度も経験しとる。大切なのは、砕けることを恐れて手を引かんことじゃよ」
「アメジスト様、ご安心ください」
神殿長が深くうなずいてこちらを見る。
「登録水晶が再登録の過程で破損することは、確かにあります。特に色の変化や変質が大きい場合、不純物の多かったり、小粒の水晶は耐えきれないこともあるのです。
ですが、透明度の高い上質な水晶であれば、そのリスクはずっと小さくなります。
バルメステリオさんのような方は普段から備えておられますので。」
そっと神殿長がバリーに目配せをすると、懐をごそごそとするバリー。
「そうじゃの…ほれ」
小さな革袋からいくつかの水晶が零れ落ちる。
それはそれは透明で無垢な少し大粒の水晶。
「備えはしとる。壊れたり傷ついた時はまた水晶にきざめばええから」
私はその言葉に、そっと頷いた。
「それなら――気兼ねなく、やらせてもらうわ」
指輪を優しく包み込み、私は深く息を吸った。
「ザクロ、手伝ってくれる?」
「無論だ」
ザクロは静かに立ち上がると、カーバンクルの姿に戻ってぴょんとテーブルに飛び乗った。
そして、ゆっくりと詠唱を始める。
Mi, gardanto de la Teksanto de memoroj ŝtonaj,
kaj lumo de gvido.
紅い光の粒がザクロの額のガーネットからあふれ出る。
Vi, memoro perdit', serĉanta spiron,
kun vundo en ombro, silenta en miro.
Ekrespondu el mallumo al mia vokado,
kaj faru mian lumon via vojado.
――Konduku.
あふれ出た紅い光はそっと握った私の手の中に吸い込まれていく。
私はぎゅっと目を閉じ、意識を内へと向ける。
……ふと、まぶたの裏に浮かんできたのは、見慣れない風景だった。
人々の声が飛び交う露店の通り。小さな布張りの屋台。その前で、懸命に言葉を交わしながら、商品を並べているノームの青年——
バリー?
かなり若い。今と同じようにおひげがあるけど、黒い。だけど、どこか不器用で、まっすぐで。
……視点は、彼の背後から。まるで、誰かがずっと彼を見守っていたかのような感覚。
そうか。これは――
「……ヴェントルーザ?」
呼びかけた瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
「俺を呼んだか…」
小さく聞こえる男性の声。
ジェメールツォに、戻ってきて。
……強く、心から願ったそのとき――
喉の奥から、熱い言葉がこみあげてきた。
Mi, heredanto de la Lun-Diino,
Teksanto de memoroj ŝtonaj.
Ho voĉo, dormanta en profundo de silento――
Per rubena lumo de gvido, suprenleviĝu nun.
Vero, kaŝita en senombra radiado,
Trapasu la vojon sanktan, kaj alvenu al mia voko.
――Resonu.
アメジストから放たれた光の粒が、ゆっくりと手のひらの指輪を包んだ。
そして――眩い閃光。
反射的に目を閉じた私の手の中で、小さな衝撃を感じた。
……恐る恐る、目を開けて手のひらを見る。
水晶が――砕けていた。
「……割れてる……ごめんなさい、バリー」
申し訳なさで、思わず顔を伏せる。
「いやぁ、すまんすまん。ちと出口が狭くてのぉ。割ってしもぅた」
陽気な声とともに、どん、と背中を叩く大きな手。
「詫びと言っちゃなんだが、バルメステリオには俺の加護をたっぷり込めた本質の石をやるわ。一つ、これで許してくれや!!」
コロンと美しく大粒のインペリアルトパーズをバリーの前に落とす。
バシバシとバリーの背中をたたく音とがっはっはと笑う声に、私は顔を上げて、思わず言葉を失った。
……誰?
そこには、陽に焼けた大柄な男の姿があった。
がっしりとした腕に、雷のような声と、圧倒的な存在感。
そして、その肩を遠慮なく叩かれているバリーが、困ったように苦笑している。
「ヴェントルーザ様、みなが驚いております。まずは自己紹介してくださいませんか」
エーレが、ため息まじりに促した。




