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初めての魔導具作り

カウンターを離れた私は、小物を置いていたディスプレイの奥にあるテーブルへと向かう。

いつもの作業スペースだ。


古びた木の天板に箱を置き、ぱちんと金具を外す。

中には、長年かけて集めてきたパーツたちが、きちんと仕分けされて収まっている。

色とりどりのビーズ、大小様々でいろんな形のチャーム、透かし模様の台座、数種類のチェーン……

そのすべてが、手の中で命を宿す瞬間を待ちわびているようだった。


「……うーん、やっぱりブレスレットよね」


私は布を敷いた上にニッパーややっとこなどの工具を並べ、道具箱の仕切りのひとつから、丸カンがふたつついた小さな石座を取り出した。やや古びた銀色の金具だったけれど、どこか優しい曲線が気に入って、ずっと手元に置いていたものだ。

お気に入りの石座に、澄んだアクアマリンのかけらをそっとはめ込む。

アクアから託されたその石は、平やっとこでツメを倒すと、かすかにさざ波の音を返した。


さて、どれを繋げていこうかしら。


アクアの本質の石は『繋ぐ』ことを権能としていると聞いた。

「しっかりどことどこを繋ぎたいか考えながら、石の声を聴いてちょうだい」と

アクアは言っていた。


私が繋げたいのはこちらとあちらのムーンロンド。

できれば行き来する際の互いの時間経過は最小にしたい。


むむむっと眉間にしわを寄せながら、アクアマリンと道具箱のパーツを交互に見つめる。

たくさんのパーツの中からこれだと思ったパーツを摘んで並べていく。


ふと、手元に並ぶパーツを見て、胸にひとつの考えが浮かんだ。


(……他の本質の石も組み合わせたら、もっといろんな事の出来る魔導具が作れるんじゃないかしら)


けれど、そんなことできるのだろうか。

私の少ない知識では、複数の石を使った魔導具は見たことも聞いたこともない。

ただ私が知らないだけなのか、それとも、石同士に“相性”のようなものがあるのか――


私は腕を組んで首をかしげながら、エーレとザクロに声をかけた。


「……ふたりとも、少し相談してもいい?」


その声に、カウンターのほうで話していた二人がこちらに目を向ける。

エーレはふわりと微笑み、ザクロは小さくうなずいて、私のところへやってきた。


「この魔導具、他の石も組み合わせてほかの用途でも使えるようにできないかなって思って」


私は並べられたパーツを見つめながら、二人に問いかける。


「複数の石を使った魔導具ってあるのかしら?」


エーレは顎を撫でながらいつもの思案顔だ。


「そうですね……複数の石を使った魔導具は、少なくとも私の記憶にはありません。ただ、“存在しない”と“不可能”は別の話です」


エーレはそっと傍らに置いたステッキに触れ、小さな琥珀を並べられたパーツの中に置く。


「例えば、私の琥珀とアクアマリンを組み合わせるとします。

私とアクアは旧知の仲で、関係は良好です。こうして並べておいても反発することなく、穏やかであるはずです」


じっと二つの石を見る。聞こえてくる波音は荒れることなく、心地よいさざ波のままだ。

エーレの琥珀からは静かに脈打つ鼓動のような音がして、二つの音は自然と溶け合っている。


「確かに、本当に、最初からともにあったみたいに馴染んでる……」


エーレは「そうでしょう」とにっこりと笑って話を続ける。


「今は手元にないので試すことはできませんが、サルファなんかを置くと非常に荒れると思います。

 サルファはスルフェリオン様という下級神の石で、アクアはあの方のことをひどく嫌っていましたから……」


……神様や眷属にも、やっぱり“合う・合わない”ってあるんだ。


「サルファって硫黄よね。レモン水晶とかでも試せるかしら。」


確か、レモン水晶のビーズがあったような。


道具箱にしまっている黄色いビーズの瓶を探す。

瓶のふたを開けた瞬間、大波が岩に打ち寄せるような重い衝撃が胸にぶつかってきた。

思わず肩をすくめ、慌ててふたを閉める。


「そんなに嫌なの…」


……あれはスルフェリオンの本質の石じゃない。

ただのレモン水晶なのに――それでもこんな反応があるなんて。

やっぱり、複数の石を組み合わせるのって、難しいのかもしれない。


「でしょう…。なので、組み合わせられる石は限られています。

今手に入るものだと、記録の魔石、私の琥珀とザクロのガーネットの相性はいいでしょう」


どうやらスルフェリオンは太陽神に属する神なのも要因の一つなのだとか。火の魔石も光の魔石も同じく太陽神に属する神に関係するものなので、組み合わせたところでうまく力がかみ合わないみたい。


「我の石は導きの石だ。進むべき道を照らし、行くべき場所を示す。」


ザクロはぷるるっと首を振り、額を机にちょんと押し当てる。

すると、コロンと丸いガーネットが転がり落ちた。


「アクアには幼き頃よく遊んでもらった。相性はいいはずだ」


先ほどの衝撃が嘘のように、琥珀とガーネットとアクアマリンは穏やかだ。

三つの石をじっと見つめながら、どうすればこの力を形にできるのかと、私は考えを巡らせた。


「うーん…。エーレの琥珀は確か記憶の封印を開放ができるのよね。

封印…導き……繋げて…解放…」


唇に指を当てながら、じっと石を見つめて腕を組んで考えていると、

ふとピンク色のドアが浮かんできた。

行きたいところを思い浮かべながら開けるとそこにつながるドア。


「ガーネットで行き先を指定。複数の場所を琥珀に記憶しておいて、思い浮かべた場所と繋げることってできるかしら。」


「我の石のかけらを置いた場所ならば、導ける可能性はある。だが、複数となれば、その数だけ石が必要になるな」


「私が記憶を保存すれば、ザクロの石に都度その情報を開放することも可能です」


「……試してみる価値はありそうね」


私は小さく笑みを浮かべて、二人の石をそれぞれの台座に入れた。


道具箱の中で、パーツが小さく脈打っているように見えた。「次は私」「そこは僕が」と囁くように。

その声に導かれるように、私はアンティークのチャームやチェーンを手に取り、ひとつひとつ繋いでいく。


やがて、ブレスレットは完成した――けれど。


「……扉が、現れない」


腕にはめて「扉出ろー」とか「つながれ」と念じてみたが、ただの雑音のように響く。

まるで、それぞれの石が“自分の声”を主張し合っているみたいに――


「どうしたいのか、思い浮かべてみよ」


ザクロの声にうながされ、私は目を閉じる。

アクアのときのように――心から願ったあのときのように。


自然と、言葉が胸に浮かぶ。ザクロが詠唱を始め、石たちが優しく光を放ち始める。


雑音が、音楽に変わっていく。


私はそっと、ブレスレットを手に取った。


そして――口から、言葉がこぼれていく。


Mi, heredanto de la Luno-Diino,

Teksanto de memoroj ŝtonaj.


首にかけたアメジストがかすかに震え、柔らかな光の粒がそっと溢れ出す。


Textu, textu, textu.

Al pordo kondukanta al lumo de gvido.

Konektu, al la loko de memoroj liberigitaj.


それぞれの石から水色、赤、黄色の光の粒があふれ、紫の光と共にくるくると回る。


La celo kondukas al tero sigelita en rememoro.

La lumo de gvido brilas post la deziro.

Sigelu, milojn da lokoj.

Malfermu ilin laŭ la volo de la koro.


――Kunfandiĝu.


光の粒は回って帯となり、ブレスレットに巻き付いていった。

三つの石が一瞬だけ強く光を放ち、その輝きはすうっと吸い込まれるようにブレスレットの中へ収まっていく。

それまであふれていた音は、今は嘘のように沈黙していた。


「成功した……?」


試しに、ザクロに寝室に石を置いてもらい、扉の行き先を思い浮かべると――

ブレスレットから糸のように青白い光が漏れていく。

光は、葡萄や弓、猫……いや、カーバンクルかな? そして虎。

次々に意匠を描きながら、扉の形をかたどっていく。

糸の端がすっと扉の真ん中に線を描くと、ゆっくりと扉が開いた。


そっと扉をくぐると、そこは確かに寝室だった。


「すごい……できたのね」


「ただし、ザクロの石は目的地に置かねばならぬ。用途は限られるが……」


「今後、秘密裏に神殿長に会いに行く機会もあるでしょう。神殿長室に石を置いておいてもらえばよいかと」


「私の本質の石は、出し入れが得意ではないので……数が増えたら記録の魔石を用いたほうがいいでしょうね」


「でも、もしこうして組み合わせることができるなら……今後、神々や眷属が戻ってくるのが、本当に楽しみだわ」


私はそっと、手首にできあがったブレスレットをはめる。

手のひらの中で、アメジストがかすかに光った。


「――明日、ムーンロンドへの扉も、試してみよう」


時の流れがどうなっているのか分からない。けれど。


「浦島太郎になってないといいな……」


私は小さくつぶやき、手元のブレスレットを光に透かして見た。

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