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魔石と魔道具

案内してくれたのは、フラテロンドさん。

丁寧な物腰のなかに、研ぎ澄まされた流れのような所作がある。無駄な動きひとつなく、彼の背に導かれるまま、私たちは静かに商会の奥へと歩を進めた。


「こちらが魔術具と魔石のフロアでございます」


扉の横に立つ女性が一礼しながら取手に手をかけ、滑るような所作で扉を開ける。

整然と並ぶ照明器具に、天板の輝く調理台。棚には美しく磨かれた器具たちが整然と並べられている。

ショールームのように整えられた空間の奥、扉一枚隔てたどこかから、かすかに人の気配――ざわめきのようなものが漂ってきた。


(……隣のフロアに、お客さんでもいるのかな?)


「こちらは調理用の魔術具です。火種や薪を必要とせず、指定した温度で安定した加熱が行えます」


並ぶ器具は、大小さまざま。三口コンロのようなものや、石窯を模したオーブン。旅に携えるような携帯型まで、多彩な品々が整えられている。


「これが一番人気の商品ですよ」


フラテロンドさんが指差したのは、三つの丸が刻まれた黒い台座。中央には赤い石が埋め込まれ、その脇に小さなつまみが付いていた。


「試してみましょうか」


つまみをひねると、石が淡く光を帯びた。その刹那、“パチ”と静かな音がして、丸の内側にそって細い炎が浮かび上がる。


「……すごい、煙も出ないんですね」


「はい。煙や煤が出ませんので、室内でも安心してお使いいただけます。温度も自在に調整可能です」


つまみをさらに回すと、炎の輪郭がわずかに強くなった。

ただ、つまみの位置が熱源にやや近いせいか、触れた指先にほんのりと熱が伝わってくる。


「つまみは、もう少し離れていた方がいいかも……」


私は手元をかたどるように、普段使っているガスコンロの操作を再現してみせる。

その動きをじっと見ていたフラテロンドさんが、「なるほど……」と小さく呟いたのが聞こえた気がした。


「こうした魔術具の動力源が、こちらの“魔石”です」


壁際のガラス棚には、宝石のような輝きと重みを湛えた石たちがずらりと並ぶ。

色も形もさまざまで、並べられた様子はまるで鉱石標本のようにも見えた。


「魔石には三つの属性があります。火、光、そして“記録”です。今回はこちらですね」


そう言って取り出されたのは、青紫にくすんだ滑らかな石。透明ではないその表面に、どこか深い記憶が眠っているような気がした。


「こちらは“記録魔石”と呼ばれるものです。商業ギルドが保有する大規模な記録魔導具と連携しており、金銭の出納を管理するために用いられます。

石の等級や大きさによって扱える額が異なり、専用の魔術具を通じて支払いが可能となります」


なるほど……まるで電子決済のような仕組みだ。

この世界の“魔術具”の技術が、想像以上に日常に根づいていることに驚かされる。


「仮に紛失しても、登録された本人しか使用できません。万一、魔石が劣化しても、記録そのものはギルド側に残っていますので、新しい魔石へ再登録も可能です」


「……魔石って、劣化するんですか?」


「はい。使用とともに石の力は徐々に失われ、やがて砕けてしまいます」


そうですね、と言いながらフラテロンドさんは先ほどの調理器具に使われていた火の魔石を取り出した。


「こちらの中級火魔石であれば、春から秋の初めにかけて、毎日三食調理に使ってちょうど砕けるくらいかと。価格は大銀貨二枚。

一方で記録魔石の起動は一瞬ですし、同等の品質・大きさのものであれば六年から七年は使用可能です」


こちらの季節の巡りが地球と同じだと仮定すれば、半年弱で使い切る計算だろうか。

そう思えば、決して高すぎるわけではないのかもしれない――もっとも、この国の暦や季節を知るまでは断定できないけれど。


「こちらが同等の記録魔石です。扱える残高は大金貨五枚まで。

所有者のほかに三名まで使用登録ができるので、商会や工房での利用にも適しています」


「これも大銀貨二枚ですか?」


「いえ、記録魔石は希少ですので……こちらは大銀貨四枚になります」


フラテロンドさんは、いくつかの色や大きさの魔石を取り出しながら、丁寧に説明してくれる。

光の魔石は最も流通が多く、価格も安価であるため、広く一般家庭にも普及しているという。


加工にもある程度自由が利くらしく、ネックレスやブレスレット、装飾プレートや根付けなど、さまざまな形で身につけられている。

商会ではその加工も請け負っているらしい。


(……何か自分で作ってみようかな。こっちに来てから、初めての小物づくりかも)


「今後も高額の取引がありそうな予感がするからの、少し値は張るがいいものをもっといた方がいい」


と、バルメステリオさんが背後から穏やかに言葉を添える。

その言葉に妙な説得力があって、私はこくりと頷いた。





記録魔石を手に店を出ると、広場を吹き抜ける風がそっと頬を撫でた。

昼下がりの光はやわらかく、空気は静かに胸の奥へと沁み込んでいく。


ハンカチの代金は、小金貨一枚分を小銀貨で受け取り、残りは魔石を商業ギルドに登録した後に渡されることになった。

火の調理用魔術具もすぐに手にしたかったけれど、店に職人を呼んでオーダーメイドにすることを勧められた。


「……なんだか、すごく賑やかだったね」


私はぽつりと呟いた。


「賑やか?」

エーレが振り返る。「店内は静かでしたよ。音楽はかかっていましたが、人の声や音は……特にありませんでしたね」


「え……そう? なんだか、いろんな声や音が重なって聞こえた気がして……隣の部屋にお客さんがたくさんいるのかと……」


言いながら、自分でもあやふやな感覚だったことに気づく。

けれど確かに、あのとき私の耳には“にぎやかさ”が、はっきりと届いていたのだ。


「……それは、“石の記憶”が呼びかけていたのかもしれぬ」


ザクロが低くつぶやいた。


「石の記憶……?」

「うむ。魔石はかつての神や眷属の“本質の石”が砕け、世界に散ったものではあるまいか。微弱ながら感ぜられるものがあった。もはや意思は持たぬが、感応する者がいれば反応することもあろう」


私は思わず、自分のカバンの上からアメジストを握りしめる。


「そういえば、バルメステリオさんの指輪を見たときも……何かに呼ばれたような感覚があった」


「……あれはまさにインペリアルトパーズでしたね」


エーレがゆっくりとうなずく。


「ザクロの言う通り、商いの神ヴェントルーザの本質の石が確かにあのような石でした。

彼の存在そのものは感じませんでしたが、何らかの繋がりがあっても不思議ではありません」


エーレの声は静かだが、どこか祈るような響きがあった。


「……登録水晶のこと、もう少し知っておきたいわ」


私がそう言うと、エーレが応じる。


「バルメステリオさんは、神殿に登録水晶の色や変化について詳細に記された書があると言っていました。商業ギルドでも店を開くなら、登録も必要になるとききました。お昼を食べたら神殿に行きましょうか」


その言葉に、自然と次の目的地が定まった。


「ふむ。我も昨晩、こちらの文字についてはだいぶ会得した。神殿の書物とやら、確かめてみる価値はあろう」


「私も少しずつ読めるようになってきたし……うん、いろんなことを知りたいな」


そうして三人で神殿前の広場をゆっくりと歩いていく。

噴水近くのベンチでは、何やら軽食を広げている人が見えた。

そういえば、お腹がすいていたのを思い出す。


ふわりと風に乗って、香ばしいソースの香りが流れてくる。

その香りを辿るように目を向けると、広場に沿って、外壁の美しい店舗がいくつも並ぶ一角が見えた。

屋台ではなく、いずれもしっかりとした建物だ。装飾や掲げられた看板からも、店ごとの特色と誇りが感じられる。


「ねぇ、お昼はあそこで食べましょう。この世界の食べ物も食べてみたいわ」


「そうですね、そうしましょうか」


三人で相談しながら店をひとつひとつ覗いてまわり、いちばん種類豊富なパスタの店に決めた。

それぞれ好みに合わせて具材やソースを選び、思い思いの一皿を注文する。


一人当たりの代金は、小銀貨一枚。

この国では食料品が比較的安価で、市場の軽食は中銅貨二〜三枚が相場だと考えると、やや高めに感じられる。

けれど、中央広場に面した好立地と、しっかりとした造りの店構えを思えば、それも当然のことなのかもしれない。


落ち着いた店内で食事を楽しみながら、私はさりげなく店の内装や食器の様式、メニューの構成や盛り付けの工夫などに目を向けていた。

こうした店をいくつか巡って、この世界ならではの店舗の作りや味の傾向を、もっと知っておきたい。


支払いの場面で、近くの客が腕のブレスレットを、台のような器具にそっとかざすのが見えた。

あれが、記録魔石による支払いなのだろう。

まるでタッチ決済そのものだ。

見覚えのある光景に、思わずくすっと小さく笑みがこぼれた。


広場を横切り、三人で神殿へと向かって歩く。

正面の門が近づくにつれ、その内側にそびえる神殿の姿が、青空を背景に静かに浮かび上がってきた。

境界を描くのは、淡い水色の塀。繊細な装飾こそないが、やわらかな光をまとったその佇まいには、どこか清らかな緊張感があった。


塀の向こうにそびえる神殿の外壁には、人や獣の姿を刻んだ彫刻が施されている。

高く、縦に伸びる建物のいたるところに、重なり合うように並ぶ彫像は色褪せ、線もかすれて消えかけたものも多い。

エーレ持ち帰った建国神話の学習書では、この神殿が千年以上前に現れたと記されていた。

それだけの時が流れたのなら、彫像の輪郭がゆっくりと失われていくのも、きっと自然なことなのだろう。けれど――まるで遥か昔に捧げられた祈りのかけらが、少しずつこの世界から零れ落ちていくようで、胸の奥が、そっと痛んだ。


「うあっ……」

上を見上げて歩いていたら、不意にザクロの背中にぶつかってしまった。

思わず尻餅をつく。固い地面がじんと尾てい骨に響いた。


「……まったく、そなたというやつは」

ザクロが呆れ声を漏らしながら振り返る。

ぶつぶつ言いながらも、手を差し出すのは驚くほど素早い。


手を取ると、ぐいと力強く引き起こされた。

体勢が不安定だったのを察したのか、ザクロの手が自然な動きで腰に添えられ、そっと支えられる。


「前を見て歩かねば危なかろうが……」

まだ何か言いたげに、小言を続けている。


「いてて……びっくりした」

私は尻の砂埃を払いながら、立ち直って前を見やった。


エーレが神殿の正門近くで、神官と何か話していた。知り合いのようだ。


「登録水晶の文献を置いてある部屋に案内してくださるそうです。行きましょう」


「どうぞこちらへ」と先導してくれる神官の後についていく。


正門を入り、四角く囲まれた池の横を通って神殿の入口へ向かう。

ふと、微かに潮の香りがした。振り返って池を見てみるが、もうその気配は感じられない。


――気のせいかな。


「置いていくぞ」


そう言いながらも、ザクロは私とエーレの姿を確かめるように立ち止まってくれていた。

私が小走りで追いつくと、前を歩くように促される。


「我が後ろで見張っておかねば……まったく、目が離せぬ」


その声音に口ぶりとは裏腹の、守護者としての矜持を感じ笑みがこぼれた。

長くなりそうなので、いったんここで区切ります。


3人はお昼にパスタを食べました。

もっちり生パスタです。いつか閑話でレストランでの話も書きたいですね。

きっと食いしん坊のザクロが大活躍です。


石のざわめき、汐の香、色に違いのある神々の彫刻。

まだまだいろいろとありそうです。


次では登録水晶の文献を読み解きます。神殿長も登場して、お話は急展開を迎えます。

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