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盆の呪い

作者: いぶきさんリスペクトの民

この作品は小説家になろうにて投稿されている「いぶき」さんの「ハロウィンの訪問者」という作品のリスペクト作です。

騒々しい蝉の声が澄んだ空に響き渡る。空の青は澄み渡りジリジリと照り付ける日差しが体に落ちる頃、俺———御牛理人みうしりひとは家から遠く離れた古ぼけた田舎に来ていた。

三年前までは縁もゆかりもなかったはずの場所に来ているのはここが俺の彼女———春日陽かすがびまどかの生まれた村、そして一年前円の墓が建てられた村だからだ。

一周忌ともなれば俺の心も落ち着いてくるかと思ったが未だ空いた自分の右側に違和感を覚えている。

円は盆の入りに亡くなった。二年前、上京先で出会い同棲していた頃、盆休みだから二人とも好きな映画の続編でも見に行こうかと話していたときだった。

刹那———俺たちの平穏は鈍い音と共に崩れ去った。

死因は出血性ショック。居眠り運転をしていたドライバーが赤信号に突入してきた。

そんなことを思い出したからか俺の心の奥底が煮えるように熱くなる。

墓に花を手向けながら視界が滲んでいくのを感じる。

あの時浮ついていなければ。あの時周りを見れていれば。あの時円を守るため足を動かしていたら。あの時先の恐怖や不安を考えて逃げ出していなければ。

墓の前で崩れるように蹲る。自分への怒りを内に閉じ込めるように、円にこの気持ちを悟られないように。

奇しくもその時村の老婆が通りかかり気遣ってくれた。俺の容体が健康だとわかると安堵の表情を浮かべて夏祭りが開催されることを知らせてくれた。

夏祭りには以前一度、付き合い始めた頃に訪れた。小さな集落の祭りだから大して規模が壮大なわけでもないがそのお蔭か人の優しい温もりが肌で感じられた。

円の幻影を追ったのか、それとも心臓を締め付ける苦しさを紛らわすためだったのかは分からない。

本当は一刻も早くこの場から立ち去りたかったが、申し訳なさを理由に祭りに参加することにした。


祭りは滞りなく進んでいた。

祭りの喧騒に似つかわしくない雰囲気の俺は空気から逃げるよう場外へと身を委ねる。

子供の燥ぐ声。大人たちの音頭に合わせて踊る人々。数多の話し声も聞こえ小規模ながらに祭りと呼ぶに相応しい場だ。

そんな中に親子の会話の中の噂がふと耳に入り込んだ。

この村に受け継がれる話で、なんでも盆になると望む人と一度だけ会話ができるそうだ。盆に霊が帰ってくるという話は有名だが会話できるとなると耳にしたことがない。 

咄嗟に俺は円の姿を脳に浮かべた。

また円と話したい。一目でもいいから目に焼き付けたい。その一心だった。

半信半疑だったが半ば藁にも縋る想いで盆の送りまで滞在することにした。


来る日も来る日も待った。どんな形でもいい。たとえ言葉を交わすことができなくとも、決して姿を捉えることができなくとも。

夏の蒸す室内に冷房もつけずただ廃人の様に待ち続ける日々が続く。

もうどれだけ待ったのかも分からない。決して薄れぬ一つの感情だけを胸に時間と気を擦り減らす。

されど時間は残酷で俺の想いなど気にも留めず流れていく。

時は流れ、今はもう帰りの身支度を整えなければならない頃だ。

未だ未練は残っている。

小さな鞄になけなしの荷物を詰めようとするが手が震えて思う様に動いてくれない。まるで自分の体でないように。

会いたい———けれど会えない。

伝えたい———けれど話せない。

抱きしめたい———けれど触れられない。

そんな心が俺の中でぐるぐる廻り、視界が朦朧としてくる。

不意に目から想いが溢れ、瞬時に上を向く。掌から何かが落ちた。

壊れた涙腺から悲しみが零れ落ちないようにと上を向いていた面が下を向く。

そこには付き合い始めた頃にお揃いで買った鈴の付いた映画のグッズが落ちていた。

拾い上げようとするとあの頃の記憶がフィルムのように脳内で再生される。懐かしさと未練が混じった言い表せない感情が込み上げてくる。 

円のは親族に引き取られているが、何故か今でも握りしめているのではないかと願望の混じった憶測で頭が一杯になった。

帰っても何も目的も無いならもういっそこのまま———


チリン


下に向いていた気持ちと顔を上げるような、そんな音が前から聞こえた。今握りしめている鈴と似て軽快な、だがやはり異なるところから聴こえる鈴の音にふと前を見上げた。

「円・・・・・・」

本来は其処に居るはずがない。見ることも話すことも叶うはずがない。根拠は分からない、だが確かに其処に円は存在していた。

「遅くなってごめんね」

再会の感動に声が震える。言いたいことも沢山有ったが上手く言葉にならない。

「本当なら精霊馬に乗って来るはずなんだけど無かったから歩いて来ちゃった。他の人達よりも時間はかかっちゃったけど」

そういえば円に逢いたい一心で閉じ籠っていたせいで精霊馬の事を失念していた。


やはり俺は一年前から何も変わっていない。自分勝手で我儘な子供みたいに周りを見るとができていない。

脈絡のなっていないツギハギな言葉で想いを絞り出した。

「円、ごめん。俺はあの時円の事を考えれてなかった。」

「そんな事ないよ。理人は悪くない。」 

「違う!」

必死に俺を宥めようとしてくれたが、静寂に包まれた空気の中、一度決壊した想いを抑えることができなかった。

「俺がもっと円の事を見れていれば!こんな弱くなければ!逃げ出すほど落ちぶれていなければ!一番に円の事を考えられていればあんなことにはならなかった!」

喉が痛い。嗄れた声で叫んだから。だがその痛みさえも理性を留める一つの材料として話続ける。

「あんまり自分を責めないで?私は気にしてないから」

「やめてくれ、俺を許さないでくれ。自分勝手で我儘な俺は其れで安心しちまう。今も昔も俺は弱い儘だ。結局自分が一番大切なんだ」

自責の念に苛まれ涙も想いも零れ落ちていく。

暗い空気に押し潰されてどんどん深い闇の底に引き摺り込まれていく。———


「そっか、わかった!」


そんな俺とは裏腹にさっぱりした返事がジメジメとした空気を吹き飛ばした。

「理人が許して欲しくないなら許してあげない!」

丸い円い太陽のような、余りにも後を引かないカラッとした返事だったものだから少し困惑してしまった。

其処に居たのは俺が好きになった、可愛く顔を膨らまして此方を眺める円だった。

「理人は私が何と言おうと謝り続けるでしょ?だったら絶対に許してあげない」

言葉に似合わない笑みを浮かべそう語る円を数瞬前から相も変わらぬ阿呆面で見つめる。

「何で、って顔してるね。許して欲しくないの?」

「そういうわけじゃないけど、俺のせいで円は・・・・・・」

再び部屋に沈黙が戻る。

重苦しい空気が部屋に残る中、沈黙を破ったのは鈴と円の提案だった。

「じゃあこれから理人にはこの鈴をずっと持っていてもらいます。」

戸惑いの表情が顔に出る。

「何で?」

「何でって、これは罰でもあり御守りでもある———」


「私からの『のろい』で『まじない』だから!」

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