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いとこうき

夏崎(かざき) せら

大萩(おおはぎ) (あかね)

 しーちゃんちはいつも生気に満たされていて、吸血鬼なら苦手意識で満々そう。


 「紫乃従姉(じゅうし)さま、百花さま、お久しぶりです」


 しーちゃん含めての3人でもそうだったのに、今はまた1人が増えてるらしい。


 「せらちゃん?あ、また海外に?」

 「はい。お邪魔しております」

 「ご両親も苦労だけどせらちゃんもなかなかだよね」

 「それほどでも」


 しーちゃんの従妹であるせらちゃんは昔から親の海外勤務によってしーちゃんちに任されたりしてた。しーちゃんちにしばしば遊びに来てた私ともまあまあの仲である。どこら辺で学んだかめっちゃ礼儀正しい。ひょっとしたら私たちより大人しいのでは。最近の小学生ってすごいなーなんかじゃないね、せらちゃんがすごい。これで未来ヤンキーになったりしたら泣いちゃうよ私。


 「久しぶり。元気だった?」

 「小学生に渡す挨拶じゃないよそれ」


 だってなんて挨拶すれば良いか分からないもん。仕方ないじゃん。だからって久しぶりーで終えちゃうのも決まりが悪い。


 「ふふ、元気でしたよ?お二方は依然として仲良いんですね」


 今日も今日とて繋いでいる手を見られる。手を繋いだことだけで仲良し判定はおかしいと思うがとくに反駁する根拠もない。


 「母と姉は?」

 「百花さまがいらっしゃると伺いカレー作って貰うからって、食材買いに。まもなくお帰りになると思います」

 「もぉかは客なのに…」


 中学の頃からしーちゃんちに来るとたまたま料理を任されたりしてた。今は同居してるから取り仕切れるけど、昔はその時だけがしーちゃんに私の手作り料理を食べさせられて、大切だった。私としては慣れも慣れだけど機会に感謝だが、しーちゃんとしては不満らしい。ほっぺを膨らませてくれないかな。市橋さんや東瀬さんみたいなゆったり発想に挟まる。


 「美味しく作るよ?」

 「…味は心配しないよ。あ、もう良いや。せらちゃん、部屋使ってる?入って良い?」

 「元々紫乃従姉さまの部屋ですから、遠慮なくご利用ください」

 「ありがとう。もぉか、行こっ」


 旧しーちゃんので現せらちゃんの部屋はマンションとリビングのサイズでつけられる見当のまま、そこまで広くない。うちの部屋がこの三倍ぐらいかな。そんなに広くたって掃除が大変なだけだけど。

 しーちゃんに必要な、必要そうな物は全部こっちで用意したし、個人用品は取って越して来た。家具とその配置でだけしーちゃんの残香が嗅げる。いろんな飾り物は、しーちゃんの時より優雅で秀麗だ。当然といえば当然だろうか、私のよりもだ。

 ドア越しから聞こえて来るせらちゃんの誰かとの通話声をBGMにして私は押し入れに、しーちゃんはベッドの横にもたせかけ対座する。


 「なんか、二ヶ月ぶりなのに20年は過ぎたみたい」

 「20年生きてもないけどね」


 苦笑いと共に終曲山脈みたいに盛り上がった膝のてっぺん前、最後のベースキャンプに肘を載せて頬杖をつき、マトリスに首を任して天井の光を手のひらで遮るしーちゃんをじっと見る。端の直角に匹敵したくて鈍角に曲がった髪と耳から肩近くまで無防備に現れた(ライン)が最高にやらしい。私の唾飲み込み音が聞こえない。すっかり老いてしまったよう、恐らく200歳ぐらい。吸血鬼って不老だっけ。

 まだおばさんと茜さんは帰って来てなくてあのドアの向こうにはせらちゃんだけがいる。吸血するとしたら今だろうけど。しかしドアはロック掛けてないし、今ここを自室として使ってるせらちゃんがいつ入って来てもおかしくない。

 そんな全ての不安をスリルだと判断しちゃいそうなほど私は彼女に惚れ惚れだ。

 決意を固めて、手で床を押しながら立ち上がる。

 そしてドアが開ける。


 「カレーのと色々買って来たよー紫乃と百花ちゃんはまだ?」


 まだ一つ越しの音に驚いて、決意の代わりに固まる。

 ひょっとしたらこの間が最後のチャンスかもしれないのに。そう思いながらも、首すら回せない。


 「帰って来たみたい。挨拶しよう?」


 座っていたしーちゃんに手も伸ばせなく、自ら立ってしまったしーちゃんの尻だけ辛うじて追う。


 「お母さん、久しぶり!」

 「紫乃!ええ、そうよ、正に久しぶりだから。一回も顔出しに来ないし、お母さん寂しかったよ?」


 母娘(おやこ)の感動の再会とハグの裏で木の役もちゃんっと行えず、ずる休みすら決められない。


 「あっはは、お姉ちゃんもいるしせらちゃんもいるのに寂しいとかダメでしょ」


  海の中の舞台、曖昧隅に上がってなに一つ忘れた木は風の吹く前にもう倒れそう。

 白くなっているかな、雪が降ったように。

 吸血鬼の定番は金髪なのに。

 真っ白の幻想さえ見れなかった私はデコピンから目を開ける。


 「挨拶もしないし、生意気に伸びたなー」


 反射での「いたっ」(おと)も出せず自衛の手も上げないまま、そんなに痛くないひりひりにも何故かずきずきして右目だけ細目にして加害者の茜さんを見上げる。


 「いや、やっぱ伸びてないかも」

 「もぉかは小さいから良いもん」

 「それは分かる。ももちゃんって今、100cm(センチ)?」


 指縮尺で体を計られる。やがて茜さんは納得したようにうなずく。一体なんの計算があったのか。


 「お姉ちゃんはバカ…だったそういえば。いったぁ!」


 私の分まで反応してくれたみたいですっきりしたよ。茜さんほどのバカっぽい発想でやっと笑える。深く考えないことが幸せの秘訣なんだ。


 「いたっ」

 「ももちゃん、なに考えてたか言ってみ?」

 「暴力反対暴力反対、うっ!3回も叩かれた…」

 「部屋に来い、一人で」


 全然怒ってなさそうな顔で怒ってそうなセリフを読むから東瀬さんくさい。なにを聞かれるかは、分かりそうなので、東瀬さんとは違うが。


 「茜、あんまりいびらないでね?」

 「今日のカレー、ママには特別にあたしが作ってあげるよ?」

 「百花ちゃん、こっち来なさい?あんな子に付いてっちゃダメよ。ついでにカレーも作ってあげないでね」

 「ずるい大人だ!ももちゃん、あんな大人こそ付いてっちゃダメだからね、分かるよね!?」


 仲の良い家族の喧嘩(ちゃばん)に巻き込まれ選択を強要される。が、私の意はもう決まっている。

 しーちゃんまで掛かり合うなら振れを超えて世界を折るけど。


 「カレーは作ります。せらちゃん、私の代わりにしーちゃんと遊んでてね」

 「かしこまりました」


 しーちゃんに手をこっそり振ってさっきとは違く覚めた意識で茜さんを追い部屋へと入る。ドアを閉じてロックまで掛けるということは、やはり思った通りみたい。


 「なんでそんなに気が抜けていたか、聴かせて貰おう。それとも(めい)探偵禍難(カナン)しよっか?」

 「それは勘弁してください。…しーちゃんと二人っきりでいたかっただけなんですっ」


 しーちゃんから少しも目を逸らさなかった私はそんな私に向かっていた疑心の視線に気づかなかった。茜さんには何年も前にバレて、せっぱ詰まった果て、しーちゃんへの恋心を自白しなければならなくなった。

 良かったのか分かんないが当事者の姉として思うどころはそんなにないみたいで、代わりに弱点としては使われて時々気ままにされたりしてた。

 吸血に偽装しキスしてることをバレたらどうなるか想像もつかない。


 「ただいまだって帰りたいねぇ?」


 五輪椅子に座って私の目を狙う茜さんの銃口を私は直視出来ない。流れ出そうな言葉もないがしーちゃんじゃない唇を噛み封じる。


 「言ってくれないと、困るよ?」


 大胆な笑顔のドレスが隠されていた主体を表す。パーティーの会場で悠々とスポットライトを楽しむ茜さんのドレスはきっと自己主張のハンパない茜色だ。私には舞台の裏のメイドだって荷が重い。

 椅子から立ち上がり、外の光を押し込む。非常口よりかは泥沼への道に見えて私は足を動かせない。


 「ももちゃん、紫乃に走ってけば良いぞ?部屋にいても良いけど、ロック掛けるつもりはしないこと。あたしもせらちゃんもリビングにずっとちゃんといるからさ。意味分かるよね、ももちゃん頭良いから?」

 「…はあ」


 二人きりはいさせてあげる、余計な事はしないこと、という意味で受け入れると良いと思う。が。

 不服の異図が迸る。一歩に二乗、複利式に。


 「カレー美味しく作れよ、期待してるぞ?」

 「しーちゃん、来て」

 「あっ、もぉか!?」


 手をただの取っ手のように掴み引き寄せる。ドアを閉じては、少し悩んでからロックを掛ける。どうせ逆らうつもりだから曖昧にして禍根を残さないで、全部覆した方が良いと思う。

 ベッドに彼女を腰掛けて顔を突っ込む。避けるのか後ろへと倒れる身構えにむかついて、私はベッドに片膝を載せて、平行線の間の距離が0に収束することを証明するぐらい非論理的に押し付ける。悲しさの浮かんだ顔が、彼女のじゃなかったら大っ嫌いだった。


 「もぉか…また、なんだ」


 なくはない罪悪感を灰になってからも燃やす。私って実に悲しき人であることを私が一番知っている。

 大っ嫌いなはずの彼女だって愛してしまう。


 「いただきます」


 簡単な感情にも勝てない私は獣なので獣らしく流血を貪る。閉じた目の揺らぎを甘い甘い餌食として認識する。それでも背中をとんとんとしてくれる彼女を、蹂躙したくてたまらない。優しい手と腕の温度を感じながら私を踏み荒らした感情を津波のように彼女にぶつける。

 コレを愛だと、人は言わないかもしれない。

 ならば私は、世界で一番幸せな獣として、本能を上回る本性でコレこそ私の愛だと吠え哮てやる。

 血と共に未練を飲みながら口を一旦離す。口から落ちちゃった血を親指で粗雑に拭う。多分二人分の汗は中指と薬指の手のひらとの連結部で拭う。

 全く聞こえなかった外の声が聞こえる。非常に近くから。

 鈍い衝突音を家に響かせるこのドア厚さ約4cm越しに彼女の親族がいる。

 この後には茜さんにきっと怒られてしまう。けれど、相変わらず彼女に渇いた私は、今は大丈夫と未知の楽観に囲まれて、再び近づける。

いと好期

異図好機

従姉憂き

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