みかんせい 五
その口から別れを吸ってしまっては恋しくなる。吸血鬼とは呼ばれない私は部屋に垂れた夜空に暮れる。
「ごちそうさまでした」
流れ流れる愛情を塞いで、股に引っ張られそうでうろうろしてた脚を移し、スイッチからLEDの電灯を点す。今も壁に頼っているしーちゃんへちり紙を2枚渡してカーテンと窓を開く。細糸に割れた数千ピースの暗がりにも関わらず、月のかけらは見かけもさせない。ぼんやりとした記憶で合ってるかわからないけど、今日は下弦の月だ、ったと思う。
「もぉか」
星明かりの目についてたら幻想的だったりしたかな。けれどあの空の光なんて飛行機か衛星のどっちかだろうね。星屑なんか天文台にでもあるもんだ。
飛行機の光を流星と思える純粋さも、語れる創造性も、私は持っていない。
「……お散歩行きたい」
「うん。どこ行く?」
「公園いい?」
「わかった。準備して、私も準備するから」
光のたりない家密サマーしてた土曜の私たちは部屋着から着替えてない。近所のコンビニぐらいならべつにこのままでもいいが、公園はここまで気軽いコレで行ける場所でもないし距離でもない。
化粧まではやんなくていいよね。夜だし、キャップ被って十分ごまかせる。今化粧に時間かけたら帰りの終車に間に合わないかもしれない。歩いて帰ってくるのもしーちゃんと一緒なんだから最悪ではないかと、でもきっと最高でもないや。
迷わず選んだ服に着替えてしーちゃんの部屋の前で待ち始める。
本音としては同じ部屋でいたいけれど、私たちの同居は恋人同士としての同居じゃない。親友として、そして助っ人として私に付いていてくれるしーちゃんに、もう一歩が私は踏み出せない。
この先の路地での件は、本当に悪いことをした。見られても良いなんて、そんなわけがないのに。理性の紐は首に巻いてでも逃さないことを学んだ。しーちゃんにも謝ったけど、吸血衝動のせいだからしょうがないとか聞かれちゃった。ちゃんと伝われてない。
ノックもせず、ただ待ち続ける。しーちゃんの影が照らしたら、笑顔で迎えて手を差し出す。十分とは言えなくても足りてない分はこれで幸せ。もちろん欲もあるし、本望もある。けれど。
全部が満たされてこそが完成ではないはずだ。
私よりは服装に力を入れたえらいしーちゃんの手をぐっと掴んで、明るい暗い出入りしながら歩いてく。まだ見る度にびくっとする路地は視界から外し前と御前だけを確認する。
「もぉか、さっきからずっと笑ってる」
小さい私がキャップも被っているから顔は見づらそうなのに。しーちゃんの観察眼か関心か、わからないけどウマいほうで勝手に受け入れにやにやする私がいる。
「笑う門には福来る、とかも言うし」
通る人も車もない暗い夜の真ん中でしーちゃんを独り占めできるなんて、幸せすぎる。
逸するそれまでには精一杯楽しみたい幸せだ。
しーちゃんを掴んだ手に余計力が入る。
「何飲む?」
「バスでこぼすから今はいいよ」
大通りは明るくて騒がしくて、まるで夜じゃないみたい。ちょいっと歩いて地球の反対側、車の速さの光と人の速さの闇に紛れ込む。エンジンとタイヤの摩擦、長い警笛が荒らして行った車道は地球外の異なる世界にも感じる。
バス停に着き、椅子にしーちゃんを座らせその真ん前を占める。独りで買ったオレンジの甘味を味わって、しーちゃんの目の前で缶を振ってやる。
「違う味がよかった?」
ピテピテ、一緒に飲もう、と誘惑する。渇きに参ったしーちゃんが、わざと涎を残した入口に気付くことなくそこに触れ、私は緩まる、唇みたいに。
「全部飲んでいいよ」
大業を遂げた私は、まだ来るには早いことを知っているくせに電光掲示板にと視線を避け向く。自分でやってやって恥ずかしがるとか、ありえないわ。
「……初めっからあたしにくれるつもりで買った?」
「ったら一口も飲まなかったよ?」
さりげなく嘘を吐きながら、もう空っぽになった缶を貰ってゴミ箱に入れる。本当に私が一口も飲まなかったとしてもバスが来る前に全部飲んでそう。たぶんお出かけの準備で吸血の後に何も飲めなかっただろう。素直なのは良いけれどこれくらいだと心配にもなる。
「そっか。ありがとうもぉか」
冷たい飲み物から暖かさを奪い取ったようなしーちゃんの微笑みで私も釣られ夏を感じる。
カレンダー的な意味での夏にはまだ残り10日ぐらい、けど春は夜にも捨てられた。季節の定義を改めるなら今日はきっと夏だ。近付くヘッドライトを護衛するように熱風が吹いてくる。
帰宅ラッシュが終わった今も少なくない人がバスにはいる。幸いどこに座るか選べるほどには空き席がある。後ろ方に行って、しーちゃんをまず窓側に座らせ、私はその横を占める。今まではしーちゃんの右手を掴んでいて今からは左手を掴むんだ。分け合った缶の冷たさももうすぐで消え去る。外を見るふりをしてしーちゃんの横顔に酔う。静かに。日も月も明かりを失うその時まで見ていられるし見ていたい。が、残念、あと20分で公園に着いてしまう。たった一度の瞬きさえもったいなくて、私ゆらり、バス超え。
「もぉか、外見たい?席変わる?」
「それこそ危ないからダメだよ。あとここでもちゃんと見れるし」
正しくは、ここでしか観れないの。天のヨコガワ、変光星を走る星面車は妨害にもならない。
まだ着かないで、望んだりするけど、やがて雑念ごとゴミに分別し掃き出す。学校でも家でもこんな長く、そして近くからじぃっと観れる機会はない。刹那の逸脱すら時間がもったいない。
「もぉか」
呆然漠然としーちゃんを観るばかりであった私はしーちゃんの逆襲に何の反応もできず痴れ固まる。
見える限りは、まったく変わってないかも。
「もうすぐ着くんだよ、わかってると思うけどね?」
私が吸血鬼だったらどうしたって照らされ忌むぐらい、しーちゃんは輝いている。その姿をちゃんと直視できる、人間であって、ほんとよかった。
公園辺り、わかってるとおり降りて緑々の青信号を待つ。横を見る代わりに手を、進んで、指まで絡め肩が触れるほどに寄り添う。夏弱、若干の暑さも今は雰囲気だって受け入れられる。
恋人繋ぎともよく言われるこうから、更に進んで、一緒に入場する結婚式の気持ちで横断歩道を渡る。結婚式についてはあんま知らないけど二人は別々で入場する気がする。まあ元なんてどうでも良い。
現実じゃない以上、事ごとにマルバツを裁く必要は無いはずだ。
吸血鬼あるあるをガン無視する私がそう言う、なら説得力を得る?むしろ失う?
「しーちゃん、お散歩は、いきなりやりたくなっただけ?」
「あ、わかっちゃった?」
薄暗い公園の目の前で、しーちゃんの歩きが止まる。
いつもと全く違いのない吸血の後にお散歩行きたいって言われたら、そりゃなんかあるなぁぐらいは察せる。
絡めたのも、だからなの。
「外で何か話したかったの。……でも、今はもう全部忘れた!」
繋いだ手から力が感じられない、離そうとしていることだと理解する。早速私だけの能で繋ぎ続けようとするもしーちゃんの抵抗にとうとう遮られてしまう。
崩れ落ちる間もなく差し出してきた右手に、私は困惑する。自ら離れて今更何を。渦に落ちたように思い迷う感情を後にしてひっそりとしーちゃんを見上げる。今私はどんな顔をしている?わからない。
ただ夜と帽子の暗闇に隠されて、しーちゃんも私ぐらいにわからないことを。祈るから。
「行かない?」
ためらう私の手を引ったくる。私がしーちゃんに連れてかれる、今までとは真逆だ。真理として崇められてた絶対前提がこの一瞬崩れる。重力は双方向で作用する力ということが、やっと現れる。
バランスを取り戻して赤ちゃんレベルの歩みができるようになっても脚だけ追う私は脳をやられたままだ。
「……しーちゃん!」
「もぉか、あっちこっちに人がいるのに、あたしたちしかいないみたい。なんでかな。不思議」
間違ったみたい。
星明かりなど当たらなくたって、しーちゃんは、神秘なんだ。
すっかり惚れちゃった私は未だ未完だけど、「好き」の感情だけちゃんと理解できるならそれでいい。
「しーちゃん、あっち行きたい」
星に憧れたオレンジの明かりが遠くからほのかに光る。
未完成
満-完成
蜜柑-星