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せきつまり 四

 太陽光にゃ全然平気だが主人公でもない私は、前方のドアに一番近い自分の席から、騒々しくてどこかそわついたような朝のホームルーム前ん教室に飽き、ドア辺の通路を若干妨害するまで両手を伸び、顎を潰す。このまま立ったら偽装吸血鬼からゾンビかキョンシーに転職する。

 腹立ちの紛れとはいえ明らかに私の(しょう)に合わない大胆なコトをやらかした。大通りではなかったが間違いなく二人は通ってたし、遠くから見た人もいるかも。

 だとしても、こう、前半に知られるぐらいの多くの目撃者がいるわけにもいかないはずだけど、広がりがもう爆速すぎる。私、追いつけないよ。

 要は、この学校の制服を着た生徒二人が、路地で口付けしていた、という噂が立ってるわけ。面倒くさくてしょうがない。

 正直そこまで良い学校でもないし、恋愛系の校則なんかないけど、それでも視線は死線だし、女学とはいえ同性愛に友好的とは限らない。かえって頭を痛ませてるなら最悪の場合、調べ始めるかも。

 生徒たちの特徴までは伝われてないらしい、でも市橋さんという引き合いの証言はかなり強いし、首-無い-切先の配列にされるされることは、残念ながらありうる。面倒くさい、本当。

 ただの吸血行為という偽言い訳が通じるわけがない。恋の感情じゃないという半分偽の言い訳は、言葉だと認識さえもらえないだろうな。

 もしかしたら噂の指先は私たちではない他のペアを指してるかもしれないけど、それはそれで大変であるし。


「なーにっ、羨ましい?」


 左上に目だけ向けて菊川さんを認知する。答えはため息で十分よね。余計にぺらぺら喋ってしっぽを掴まれやすく伸ばす必要はない。

 伸ばした私の左腕をためらいなく押して、菊川さんがその場に腰掛ける。登る動きで自然に片付けはできたけど所々不用心が出てて、はみ出たスカートのすそが私の腕をくすぐってくる。右腕に頼って伏せ続けられるも、菊川さんの臀部を見ていられないので、仕方なく腕を引き戻して上半身を起こす。


「気にしてないフリして聞き取るの、あんま好きじゃないんだよね」

「菊川さんに好き貰っても、ねぇ」

「その直向きは好きだよ?」


 太陽みたいな笑顔を見せてもらっても偽吸血鬼(わたし)にはどうしようもない。私の好きな人はしーちゃん、しーちゃんだけなの。同性が好きになったとして同性全員がターゲットになるなんて思わないでほしい。

 だいたい、しーちゃん以外の誰が好きになれると。菊川さんが女神になってても無理は無理。


「菊川さんは好きな人出来た?こっちの話ばっかしてて、だいぶ積もってるんじゃない?」


 そんなにコッチの話に好き好き表す菊川さんなら楽しませるモノ一つぐらいは()してくれるよね、と小声で圧をかける。普段からの恨みがあるからこれくらい耐えてもらわないと。


「いやー、私、もう、べつにいいかなーって」

「つまんない」

「うん。つまんないよ、本当」

「あ、しーちゃん」


 しーちゃんの声ってことは見なくても分かる。でもしーちゃんが見たくて頭を回して、十分後頃には絶対後悔するまったりした2度目のおはようを渡す。


「よっ、しのっち、座る?変えてあげるよ?」

「菊川さんのじゃないんだよ、なんで勝手に話を…」


 ばかばかしくも密かにはしーちゃんから座ってほしくて強い言葉が出ない。ふがいない俗物だ。


「…変えて」

「ほいほーい」


 ひらひらの布が遠くなり同じ材質で別の布が近づいてくる。しーちゃんは体を完全に上せないで床を踏んでいて、菊川さん程度に空間が奪われない。もちろん相変わらず伏せはできない。


「で?もぉか、自分の好きな人の話をやってたって聞こえたけど、…あたしの耳や脳になにか問題があるのかな?」


 ああ。しーちゃんのその目を、私は知っている。

 昨日の私、路地での私は、きっとあんな目をしていたと思う。私と同じ向きではないと察するけど、絶対値は一緒。

 私のアレは愛の嫉妬で、しーちゃんのこれは友の嫉妬なだけ。


「ないけど、俳優の話だよ?でも菊川さんは俳優より作品に集中するってー」


 嘘をつきたくないなんて全くの嘘だ。もう私に真実などない。ここに来て偽善とか醜い二乗。

 いつか堪え切れないぐらいの塊になって私を握り潰すかもしれないけど、虚像が割れるまで目を欺けるなら、私は、私も騙す。ただ、罪悪感も自責も、少しだけ遅く飲み込んでくれたら。ほんの少しだけ。

 そのうち溶けて無くなる飴でも、できる限り長らく味わいたい。吸血鬼じゃないから噛まない。そして虫歯の心配はその時まで延ばしとくよ。


「日南が出演するなら俳優にも目を向けるかな。どう日南、デビューしなぁい?」


 ずうずうしい微笑みで菊川さんは私の演技をそっとひにくる。俳優には私より菊川さんの方が向いてそうって自滅的述懐を、口に出さない。


「しのっちもー、俳優の日南が見たいでしょー?」

「あたしは…ありのままのもぉかが好き、だけど」


 自分の席に戻るしーちゃんの背中に、咳が詰まった私は何一つ音にできない。

 しーちゃんの好きな私はいないんだ。

 涙が出ない。偽ですら。

席-詰まり

咳-詰まり

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