どーぴんぐ 三
市橋 みちる
「おっはおーっはー」
5時間目が終わる頃に寝たのに放課後になってた。スマホの時計を確認して頭を上げ、元気を自慢する市橋さんを目撃する。市橋さん、2時間目に登校してすぐに寝初め、少なくとも私が夢に落ちた時までは全然寝ていたのに。
「もぉかの邪魔しないでって言ったのに…」
開いてる前のドアから入ってきたしーちゃんは、出る前、私が寝てる間に市橋さんと話したらしい。手を洗ってきたっぽくて水気が目立つ。
「見てただけんなのに怪しまれたー。ひなみん、はぎはぎから敵されてるから行くねーバイバーィ、はぎはぎもバィバー」
市橋さんはしーちゃんの横を過ぎ行きながらしーちゃんの制服に付いてたほこりを取って、そのまま出ていく。
「…あたし間違ったかも。市橋さんに謝ってくる、もぉかはここで待ってて」
市橋さんならべつに気にもしなさそうだけど、それでも謝れるのは本当出来た人だと思う。しーちゃんにすら謝り恐れる私みたいな人も世間にはいる。
しーちゃんの帰ってくるまで、眠気を払っとこう。まだ目がどんよりしてる。洗面でもしてくるかぁ。ここで待っててと言われたけどこれくらいならしーちゃんも理解してくれるはずだ、って勝手に判断する。
もちろん流れる水にも平気だし鏡にも映る。水は怖がる人もいるけど鏡に映らない人はいない。
私だって装いや飾りとかに興味はあるから鏡に映らないとちょっと大変そう。いっそ死んだほうがマシって意見も女子の中にはあるんじゃない?怖すぎる。
そこまでして美しくなった上、なんにもならない。ここは女子学校だけど、共学だと考えても、人に見られて誰と付き合うとか絶対しない。大多数はいるいないすら知らない赤の他人じゃん。好きな人がいるなら話が変わるけど、少なくとも私は、しーちゃんに可愛く見られたいとか思わない。
結局、一番は自己満足だろう。可愛くなった自分を見たらテンションが上がる、それほどの話だ。
そしてそれだけでも価値が感じられるから私は薄くでも化粧をしている。テンションは決して小さい問題ではない。
でもやはりこだわるほどに大きくもなくて、化粧を消してから私は教室に戻る。洗面した後に確認したら曖昧に消されちゃって、完全に消すに時間が少しかかった。だからしーちゃんは帰ってきてると思ったけど、まだなんだ。
毎事にゆるーい市橋さんがしーちゃんのごめんなさいを受け取ってくれなさそうではないし、すでに遠くまで行っちゃって追いに長くなった?でもそこまで遠く行ける時間差でもなかったよな。
分からないなら確認すればいい。Laneで「まだ?」って送っとく。謝りの最中だったらごめんだけど。
すると通話がかかってきて、限界反応速度で受け取る。
「しーちゃん、終わった?…しーちゃん?」
「イェーイ、市橋さんだよーはぎはぎは借りるねひなみーん」
「もぉかごめん!謝ったら、ならば誠意を見せるといいーっ!って言われて、引っ張られてきたの…」
しーちゃんの市橋さんの声真似が可愛すぎるが、それよりも。
「そっち行く。どこ?」
放課後の吸血が霧散されたのは残念だ。市橋さんにしーちゃんを盗まれたのは、許せない。片手でかばんを片付けながら位置を聞き、準備がでくたらすぐそちらへ向かう。
少し運動したほうがいいかも。
「もう来たのひなみーん?そんな慌てなくていーのにー」
「…うるさい。しーちゃん、行くよ」
「あ、う、うん。市橋さんごめんね」
手首を多少乱暴に掴んじゃったことを知覚するが勢いの抑えはしない。
「あっはは、いーっていーってーっ。はぎはぎは優しいすぎるよーこれくらい気にしないでいーからー、誠意とか冗談だったしー。じゃぁ二人ともまたねー」
でも一人でショッピングかーとか言い空気伝染に誘導する市橋さんから背を向けて反対側へ歩く。家とも逆側になるけどそんなことより市橋さんから離れたい。市橋さんからしーちゃんを、引き裂きたい。
絡む心が指すまま足をよじり自動運転に身を投げる。確か目的地ではないこのどこかの路地が身の到着地だったらしい。
バイクくらいなら通れるほどの幅の道に私たち以外の人は今はいない。大通りと遠くはないみたいで、人の音、車の音がそこそこ大きく聞こえる。帰りたいならいつでも帰れる。
「もぉか、いつもと違う。大丈夫?…もしかして耐えられない?」
しかしこんな良い顔をして具合の良い心配をなしてくれる彼女を、食わないで戻る選択肢など、あるわけがない。
理性を投げ捨てた今の私は少しだけ吸血鬼っぽくもある。
元は白かったはずの薄灰色のコンクリートの壁に彼女の左肩を押し付け、体躯の関係で定位置な少しの下から、無表情で見上げる。
「いただきます」
形式すら障ってたまらないから早くいつもの宣言をする。何か言いたそうに彼女が口を開いた瞬間歯を侵入させ、いつもよりもちょっとだけ深い位置にぶっ刺す。
血を受けた心臓がだんだん安定を取り戻す。人に見られ恐れてた私は、今では見られていいと意識してる。輸血よりかはドーピングに近そうでもある。
一瞬力を失って倒れそうになった彼女の腰を巻き掴み支える。気に入らない。もうすでに外れちゃった口を離して、流れる涎をすっかり飲みながら、どんって音が聞こえた方へと目を睨む。送風機に指が当たっちゃったらしく、手が震えてる。バランスを取り戻した体から巻いてた左腕を解いて右手に掴み変え送風機の上で載せる。痛みで顰めた目にまたとなく近づき、目を怒らす。告げる。
「しーちゃん。私、ちょっと気分悪いかも」
そっと離れ一回息を深く吸い込んで、吐きながら目を閉じる。また目を開けて吸い込んで、一本橋を繋ぎ直す。さっきより浅い、普段どころの位置を噛んで感情を突くみたいに吸引する。
明らかに近づいてくる足音に怒りが溜まってこめかみがずきんとする。抵抗を始めた右手をきゅっと抑え左手の可愛らしい爆力ありデモは体で受けとめる。
しばし止まってから慌ただしく背後を通り抜ける雑音を耳からぽいっと捨てる。人工的な風で後ろ髪がちょっぴり右へとほつれた感覚があるが片付けはしない。
諦めたらしく落ちてた手がいつのまにか上がってきて首をなでてくれる。冷たい手が暖かい、本当どうにかなったみたい。ドーピングの末路かも。
しこり、嫉妬、癪、全ての不浄が暖かさに溶かされて、それらで立ってた貪食も形態を保てない。吸血鬼でない私だけがもとを温存できる。
口は離れるも代わりにして手を味わう私は、彼女の激しい呼吸を応接する。
「…み、見られた…っ」
「うん。見られたね」
そして私は、彼女の体をちょっと低くして、このような純粋な欲望として上唇まで貪る。
まだ、足りてない。
ドーピング(↕︎)