ゆーれーか 二十三
結局、私に抱き付いておろおろしながらも彼女はエンディングまで諦めなかった。
諦められなかった、かな。
耐えただけですごいと思うよ。私の目の前に、ええと、たとえば、虫がいるとか。そったら即オチ2コマにまでもいけない。絶対うるさい罪で通報される。
しかし無理したのは明らか、彼女はエンディングまでどころか今もまだ動きができてない。もう15分経ったよ。私眠いんだけど。理性の細糸が切られないように保つのがダルすぎて、ムリ。マジムリ。彼女そしてソファとの三角関係にて1対√3対2から2担当である体は√3を羨ましがっている。どれだけ押されちゃったか。またどれだけ押されたがっているか。
「お部屋に戻らない?」
「ムリ……」
とりあえずリモコンは取れたのでテレビはoffにできた。一長一短って言うの?そのせいでノイズすら無い、ただお静か。黒い画面に映る私たちはずいぶんと近い。私が感じるよりもずっと密着しているらしい。消費したメンタルから逆算してみれば納得いく?いかない?
「もうホラーは見たくないね。怖いもん」
何でも言わないとお布団ペレっとする音しか残らない。言葉選びに気をつけるため頻度も低くなって、タイミングもズレたりするけど、ソレでもなければ、私の声すらなければ寝落ちのオチに収まってしまう。本当に、寝たいの。わりとガチでヤバい。
「学校もあるんだから、このままじゃダメだよ?」
「ぅ、もぉか……行かないで……」
「……学校に?でも無断欠席は、さすがにちょっと」
一瞬だけ、高慢な思いをしちゃった。
私って相当な楽観主義だったのかも。
「くぅ、ふぅ、それ……じゃ、体調不良、だめ……?」
お布団に埋もれ声も小さい。けれど接している分、身体にも振動が伝えてきて、骨にまで滑り込む。
「……ダメじゃないけどダメ」
響めくだけドギマギする心臓をどうにか静められた。さっき、彼女の顔が見えてたら、見られたら、私は畢竟夜を昼と言い切るほど発狂し、日光は弱いと見做されただろう。見えないけれどきっと存在してた、今あの夜空のどの星のように。
そう、天井の光はあの暗い太陽に似てて、4.8くらい。冷蔵庫のおこちゃまひかりは、夏だから0でいいよね。
見かけの等級二桁である吸血鬼は背景にも拝啓されない。スポイトで調べてやっとRGB値の差がわかる。
「寝よ?」
「もぉか!」
非常に乱暴に握られて、もし彼女が野獣だったらあと何秒で千切られ腕が見られた。一生に二度しか見られない貴重なござまをダンボール一重の差で逃しちゃったのでは。
声が漏れ出るぐらいの痛み程は満足させてもらったものの心が中心にいないため体内にとどまり、代わりに、彼女へと気が傾く。なんか、必死じゃない?
「……あ……その、嫌なの、ひとりは……っ」
取り縋る半泣きの彼女を、ひそかに欲しがっている。最悪すぎない?私。
光の明るさ深海魚知らず月に酷い酔い跳ねたがるが、河ほども満ちてない。因って飛びまくる。
「だから、一緒にいてほしいの。……だ、め?」
自分貶しを撤回しよう。
彼女を目の前に置かれて欲しがらない人がおかしい。あんなの人間じゃない。生物じゃない。きっとどこかが壊れたんだよ。それとも純白の腹に真っ黒の合口を隠しているわけ、絶対そう。
極めて一般の生物である私は、彼女の言葉に聴覚を託す。香りが嗅覚を覆す。全身に触覚を尽す。
眼の湧きに視覚を亡くして赤の赤に味覚を鳴く。
感覚を捧げた祭壇の下、にっちもさっちもいかない私は燃え上がる紅焔を茫然と見やる。飲み込まれたいな、願望しない。
感情は温度で彼女が酸素である限りは雑な物質も未来永劫燃えるんだ。そうか。
「ダ、めじゃない、よ……」
頭蓋骨を突き抜けて迸るであろうアレこそ赤い故に紅焰だ。
暁を焼いて月を消す。
「うぅ……ごめん、ありがともぉか……」
「……え?ここで寝るの?」
さらに強くなった押しに、パニックのデバフを喰らった私はくらくら。これじゃ起きられないよ。世界マラソンのスタートラインにも立てない。まるで進化をし続けた蛇みたい。それともそもそも歩きも走りも要らない、それこそさっきまでの幽霊だ。幽霊が出るか蛇が出るか。お似合いの言葉でもないや。
「ごめん……」
「謝らなくていいから。その、行かなくてだいじょぶ?お花」
「それはっ、うん、もぉか、ごめっ、ありがと、ごめんん!」
結局謝ったし。もっと頼ってくれても。
って、より一層頼られたらそのうち幽霊になっちゃったりしないかな。いつまで耐えられるか、わかんない。でもきっと私は限りのない心残りからみて地縛霊となる。
「電気消さないほうがいい?明るくても眠れる?」
「……このままが、いい」
お布団に二つ編みにされ鬼のように酔うに、吸血鬼は貧血もわからないらしい。生命体として生きを求められない。
気絶しちゃえば楽だろうに、気絶しちゃえば楽しみが無い。生命体として意気を求められない。
「学校でうとうとしちゃいそ」
ただ生命体として息を求める。呼吸器は別んとこに刳りぬけていいとされる。肺と脳と人生で夏の大三角を描く、バランスの良い三角を。おそらく重心ではいきいきとした死の女神が儀式の円舞を見せかけてるんじゃないかと。
「それは、いつものこと」
「だねー」
どこまでも抱かれてくる、抱き枕に進路を決めた彼女から、夏らしきアツさをあたれる。布団の中はもっと暑いだろうに。感覚を忘れた?
暑くならないで。首を出さないで。
アツくならせないで。おねがい。
ここ、大焦熱地獄だったのかも。
ソファの肘掛けは、枕にするには高くてちょっと不便。枕無しの眠り、慣れてないけど問題は無いよね。
抱かれの眠りには、慣れてないし問題しかない。
私が半分だけ純粋だった歳半分の頃にもこんなことされてたらなかなかしがない想いをした。
目を閉じても明るさはわかる。目を閉じても美の証明ができる。目を閉じたら煩悩に飲まれ、目を閉じたから息吹に気づくことができる。
「もぉか、ありがと。……おやすみっ!ひぅ」
こんなにも眠いのに。
夢は近そうに見えて遠いことにやっと気づいた。私バカすぎ。何に惚けて?眠気に?彼女に?
保健室行かなきゃ。仕方ない。
「おやすみ、しーちゃん」
来世のことまで気にする暇もあるなんて、余裕だね。私は、ときめきをやめさせて、まずは人間になりたいかな。
彼女が夢の中にいても私は夢中にならないために、これだけ付いていても距離は有るなど詭弁を散らかしながら。謳う。おやすみを。
怖いものなんてない、なんて、歌いこなすか。歌詞の無い子守唄を。
幽霊-化
幽霊-か
ユーレーカ(→ユーレカ)