のうしこう 二十一
「日南さん、日南さーん、先生に起こされてるよー?」
お昼休みまでおやすみしようとしたのに、世の中そうそううまくいかないわけで。上腕をぶすりと押され目覚めてしまった。実としてはそこまで眠気に染みてないが、脳みそは表なので後ろの席の子を現行犯として捉える。あとは、ノートブックを触っているその教師こそが教唆犯か。こんな暴挙、ありえないと思いませんの?
そうとう暴走しそうな法曹的妄想はもうそう放置したほうが楽でお得な幻想、って、『う』の続くたびうっとうしくなり早々方向を失う。どうしようもないなあ。
授業が退屈すぎて、誰にでもできるラッパーのなりかた第1巻を見せてもらってる。
だからといって調子に乗っちゃうと死に載ってしまう。
寝ないで意識が飛んでる。のうのうと脳死のノリへ。
古典のあれやこれやを学んで、いったいどこで知識として活き返ると言うの。タイムスリップの備え?はぁ、そうなんですか。頭に「超」の付くほど現実的ですね。織田さんにでも出会えたら「ざぁこ」ってぜひお伝えくださいよ。
答えは知っていても、なんで答えを知らないといけないか、その答えが知りえない。
「あーもーやーだー!うんっーざり!」
「マジでー死ぬと思ったわ」
「不眠症の薬なんかいらなくない?」
こっちとはミリも重ならないベン図を描く集合の会話すら授業よりキロ楽しい。もう10秒は聞いちゃったから間違いない。
たしかに、アレを聞いて不眠症は治っちゃうわ。病気が萎える。
でも私、寝ていたのが起こされたぞ?
そっか、不眠症から不眠仕様にされるのね。不憫なこと。
「もぉかー今眠い?」
「ううん?べつに」
「じゃトイレ行かない?」
「うん」
つれづれ心、連れられ吊ろう。しーちゃんの右手に心を持たせる。ドア近くではクラスメイトとぶつかっちゃってお互いごめんごめん共鳴する。
「そぅだそだ、しーちゃん」
「なぁにー?」
「えっ今の声良っ」
光よりは遅くも言葉よりは早く着いたかの声が耳に割り込んで、血管に侵入してはタキオンの爆速で回り回る。全身の毛細血管に彼女が広がる。振動しすぎて、セシウム133の代わりになれる新たな1秒が爆誕されたんだって。
「……どした?」
ぱくぱく、開き閉め繰り返す口からはきっとどの音声が流れてる。されど光に追いつけなくてどんどん離れていくだけだ、きっと。
求めの通りだったはずが想定外の閃光から先攻を取られ、やけにぼやけている。吸血鬼かよ。
脳死の最中にも忍びあり故に彼女だけは彼女として見ていられる自信がある。まだ死んでもない今なら余裕のよっちゃん。現在はおそらく、先行してた彼女が足を止めたから等しく私も停止しているんじゃないかと思うんだよね。一つみたいな手が揺れてない。一人みたいな体は、常に揺れる自身がある。
「もぉかー?」
『一番』ってむなしいらしい。
一番好きだったあの声が一番じゃなくなった。直ちに今のも一番じゃなくなるのかな。おびえをしかし待ちもしながら。
音に反応するスイッチ式だったらしく戻ってきた命を取り直し、「一番」最初に彼女を探す。2番目は、彼女から避ける。
この今、彼女を見ちゃってはロクなことにならない、誰よりも図が細かい。こんな私が堪えられるわけがない。
「……早く行かないと授業始まっちゃうよ、うん?」
「もぉかのせいで止まってたけど」
当然答えるよっちゃんなどないので避けに徹する。
次は数学かあ。
第2代『ざぁこ』の称号をフェルマーさんに与えよ。
脳死-行
濃-思考