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ちいといつ

 先に準備しといたら冷えるし、起きた後に作り始めたら待たせてしまう。いつも岐路から悩む。今日はもうテーブルに並べといた。

 しーちゃんの起きる時が知れるなら良いのに。たとえ吸血鬼だとしてもそんな能力は持たない。あれは未来予知系なのか。だとしたら魔王か、いっそ聖女の能力に近そうでもある。属性をいくつも付けようとするんだ。今だって過度でぼろくさいのに。

 特別がなに一つないテーブルがかえって特別をメタファーする。どこの家庭食とさほど変わらない。ただしつこいと言われそうな味噌汁だけは作らない。ぼろくさ並びの考えすぎるに決まってるが、それでも作れない。

 料理のせいで動いたし味の匂いに中毒されるぐらい放置もされて、食に欲があんまりな私にしては珍しくも目の前のご飯とおかずに箸を向かいたい気持ちも湧くけど、中毒された心をもう鬼にしてしーちゃんを待つ。

 学校という一大事がある平日にはしーちゃんが起きる時刻の範囲を縮められるが、週末は本当に予測出来ない。昼になってやっと起きたりもしたら夜更かしして朝まで起きていたりもする。只今も起きれるし、何時間待つことにもなれる。その時はラップかけないと。

 起こしたらすぐに起きるはずだけど、なにもない週末だししーちゃんに疲れ掛けたくない。

 でも少しだけ、寝室でのやり取りに憧れたり。

 でも。

 椅子から立って二層に上がる。しーちゃんのパーソナルスペースは入り口前にちょっと止まるだけで通りすぎて、自分の部屋から糸玉と針を持って帰る。

 特に作る物もなく、単なる趣味だ。小学校の頃に授業で学んでハマって、今まで続けてる。

 考えながらも出来るし考えをなくしても出来るのがお針の良さである。しーちゃんと会話しながらも手は動けるし、なにもかも思いたくない時には世間をそっちのけにして夢中出来る。

 私が縫うものは物でなく、平穏平常だ。

 じっと、感情のひびを繕う。


 「しーちゃん、おはよー。今日は早いね」


 静的だった(せかい)に小さな足音がたいてい無音(ミュート)の中では警笛のようにはっきり聞こえて、時を見計らい頭を上げてしーちゃんに挨拶する。


 「おはよ。早いとか言うけど、もぉかの方が早いじゃん」

 「私はいつも通りだし。ご飯温めるからちょっと待っててね」


 針と糸、作り途中の織物をソファーに置いといてテーブルのご飯入り器を電子レンジに入れる。そんなに経ってないから15秒で良いと思う。悠々20秒に設定する。


 「もぉかーこれなに作ってたの?」

 「うん?あ、タペだよ」


 衣服に思いつきやすいけど、着るチャンスがない。帽子かマフラーならもう足りてるし、服は既製の方が圧倒的に良い。いらない衣服をわざわざ作っても保管に困るだけだ。どこかに販売したくもない。動機以前にそれほどのできでもない。


 「へぇー完成したら見せて?」

 「良いよ。お待たせ。ちょっと温めすぎた?」

 「ううん、ちょうど良いから。ありがともぉか」


 煙の程度で多少の推察は出来るはずだけど、食べもしないで器も触れないでちょうどと言うのは、つまりあれだ。

 ミルクコーヒーより苦い笑いだけ浮かべる。


 「なに飲みたい?持って来る」

 「ぶどうジュース。でも持って来るぐらいはやってくれなくても」

 「別にこんくらい良いから。あ、注いで上げましょうか、お嬢さまー?」

 「もー楽しんでるでしょ?もぉかったらー」

 「戯れ戯れー。ほーらジュースと、カップ」

 「ありがとう」


 直ちにジュースを注いで飲む彼女の姿が、ベッドに頼っていた、やらしかったあの時と重なる。呼気と共に煩悩に揺れる目をちいと瞑る。まだ吸わないでしーちゃんに向かい合う。

 私は、煩悩がなぜ煩悩なのか自身(からだ)で確かめる。

 血を含んだ唇がぶどうジュースみたいに甘そうで、私は、彼女の目の前までいつの間にか近づいていた。いつ立ったんだろう。いつ彼女の隣に来て、それにいつ、いつ、いつ?

 音も出せずにそのまま尻餅をついてしまう。しーちゃんのあれより困惑に沈んだ目をきっと私はしている。

 どんな目も、鼻、耳も、髪、眉、頬、そしてどれ一つだって。そういえばさっきは見えてなかったよう。ひたすら終わりなき甘味だけを追った私は、吸血鬼より吸血鬼っぽかったのではないか。しかし冷静な吸血鬼にはなれなかった。

 しーちゃんの瞳の中で私は泳ぐ。

 床にもちゃんと立てないのに、無理に決まってる。

 停止した時が流れない。時空間の私空間に隔離されたように。

ちいと何時

血糸溢

七対子

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