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とどくらし

 《トトトの歌》と《エリーゼのために》は【作業用】11時間耐久なので授業がなかったら一生流れた。生徒7人と一人の先生がいる音楽室にピアノの音が漂う。長いピアノ椅子には二人が座っていて、スマホでそれを撮る子も隣にいる。YoTube Shortsの匂いが一時間後の昼飯より濃い。私だけの昼飯よりは薄いかな。

 その昼めしーちゃんは壁の向こうにいて匂いが届かない。中学のクラスメイトが今日誕生日でその連絡らしい。名前を聞いて顔が思いつけた。挨拶ぐらいは交わした、でもそれだけの人だ。パーティーに参加したら地球をひっくり返して南半球の6月の空気を正面だった後面で当たっちゃう。

 設計に不服するみたいにいつも閉めてる裏口は気にする必要なく、壇上前の表口を見つめる。ピアノなんか私には見えない。

 しーちゃんがいない私とか盲人なのでしーちゃんじゃない万物など観測出来ない。つまり量子力学により重ね合っていると言える。

 バカみたいにテンサイだ。

 これもまた見事な重ね合わせなわけで。

 2時間もすぎてやっとしーちゃんが入って来る。2分とも言ったりする。その間に3回もドアが開けて新規5人と復帰二人が私を50%のバカに確定した。それでもドアが開けるたびに期待を抱いて、何十、何百回だったとしても変わらなかった。バカみたいだ。

 入場曲は《トルコ行進曲》。今は名称をちょっと変えるべきなのか。でもあの曲が作られる時代ってオスマンじゃないっけ。うーん、まあ、深く考えない方が良さそう。


 「もぉか、昔のこと考えてる?」

 「昔…は昔だけど」


 絶対踏めないと思うけどしーちゃんの浮かべた昔より何十倍の過去を眺めていていた。

 何年だっけ、ピアノを習ったのって。おさらい会での演奏をしーちゃんは振り返っただろう。その時って8歳?9歳?私には分からないけれどムルソー(Meursault)さんならそんなの関係ないと自嘲するように吐いてくれるはずだ。

 一組26名を全員入れても半分ぐらい残る音楽室の使わない後ろ側の席で、頬杖をついてアンコールじゃないしーちゃんの息を鑑賞する。


 「あの時はもぉかがあたしより大きかったねー」

 「私より小さい頃があったしーちゃんが悪いのでは?」

 「なんでだよ。少なくとも悪くはないし」


 天才っぽいバ会話の後、右腕に頼ったまま左の方に首を回してしーちゃんと向かい合って、お互い大らかに笑ってみせる。のだと思いきや。

 しーちゃんが私に応えてくれない。困惑して笑みをなくして、口は閉じたまま(あと)を上げた鼻音で疑問を表す。


 「…悪いのはもぉかだもん。絶対そうだもん」

 「ええぇ」

 「もう…」


 席を立ってしまったしーちゃんを追いあわあわしながら立ち上がる。今ではないけれど、あと少しで端が両端を印す頭の固いデジタル時計に備えて、空いた前側の席に至る。4人席の中でしーちゃんが一番右で私が真横。公園までのバスん時と同じく、ここまでとは反対の位置である。

 ピアノ椅子の近くには2人が増えている。中央はチャイムを仮装し、右はばんばん押してノイズを広げる。左は前後ろに分けて座り、それぞれの友だちと喋っている。ミュートしても絵面が騒がしい。


 「もぉかの演奏、久々に聴きたいなー」

 「下手だと思うよ?手全然固い」

 「うん。でもだよ」


 2時間すぎてやっと返ってきた笑顔に私はたわいなく落とされてしまう。2分も経たなかったけど返せない。

 家にピアノはない、これからもないと思う。一回きりのイベントのために塾に通いたくもない。せっかく聞かせるなら良いものにしてあげたい気持ちもあるが色んな意味で手が重い。


 「いつか弾いてはみる」

 「お、やった。期待するよ?」

 「期待はしないで…」


 マジもののチャイムに合わせて音楽の先生は立ち、ピアノ辺りの人波も解散する。現れた88個のキーを頭の中で押してみる。

 ラから始まりドに着く直前、シーちゃんの左腕に触れてしまい音外れで終わる。

届くらし

溶ドくラシ

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