ひとでなし 一
日南 百花
大萩 紫乃
机の列があるとしたら窓に近い左側から2番目の列に当たるか当たらないか。長い光が跡を床に散らかす。雨にて遅れちゃんとできてなかった昨日の分をみっしり補う、晴れの日だ。
日差しはあんまり好きじゃない。
雨好きでもないけれど。雨よりは日差しのほうがましかな。
私たちだけの教室、ドアを閉め、ロックはかけない。
30個ほどの机と椅子の3分の2ぐらいは後ろ側に整頓されてる。で、残りは真ん中に集まって、教室よりかレクリエーションルームに近そう。実際それで合ってるとも言えるのでは。
教室として使わなくなったこここそが我ら数字型パズル部の部室である。私が数字型パズル部の部長で、しーちゃんが副部長だ。部員はいちおう4人。
幽霊部員を除くと、0人になる。
私もしーちゃんもパズルなんかやる気がない。教室が使いたくてそれっぽく名付けただけだ。いちおう後の机の上に数独やカックロ、ノノグラムみたいなパズルの問題集は置いたけど、飾りだ。
入って来た後ろのドアから一番近い真ん中の机にしーちゃんを座らす。すぐ隣に置いた私手製の弁当にすら嫉妬して、多少過激に押して座を奪う。
腕をほんの少しだけ引きながらしーちゃんのことを真っ直ぐ眺める。
「未だに緊張してるし」
「仕方ないもん、だって…」
私の心音を近い息吹でごまかす。私の顔の赤さを光の点けてない教室の暗さで隠す。私の揺らぎをしーちゃんの揺らぎで覆う。
私から望み私から策したんだけれど、私ってしーちゃんに比べて遥か気弱い人なんだ。
そう、人。
吸血鬼なんかじゃなくて。
目を閉じてはない彼女に近づき、目より近くから目を向かう。
制服の上で震えを感じる。彼女には他震源地のソレのほうが伝えてるかな。余計に締めたやや冷たい表情が近すぎるせいで見えなさそう。
息が重なる。彼女が吐いた息吹での息がつまらない学校での唯一の気道であり、肺に入ると彼女になる。
「いただきます」
ため息をつくように息を吸い込みながら徐々に口を開く。
面前の彼女を真っ正面からぶつかり、下唇をそっと噛む。
リップティントと血、涎の混じり合ったこの味こそが彼女の味だと覚える。
もう目を閉じちゃった。私のこと、観ていて欲しいな。
もうすぐ爆ぜる心臓に、遠すぎる口から輸血してく。
いつの間にかぎゅっと抱きしめていた両手の自由意思を回収、机に頼ってる彼女の冷たい右手に左手を載せる。自分の右手は震える彼女の肩を掴んで引き寄せる。私は安全を告げる看守だ。
涙が口まで流れてくれるなら調味料になるが、もう彼女もそんなに不慣れではない。緊張はするけど。
私がこんな目に遭ったら血よりも涙を食わす自信がある。
右から左へと舌を掃き、まだ血が止まらない口の中を手短にでも整理し、上へと目標を移す。
彼女より身体の小さい私はただでは上唇を貪りづらい。肩を押しひっそりと机にねかせて、後味を反芻しながらマグネットみたいに彼女へと追いつく。肩を越え落ちた髪の毛は頬の横下に押しとく。
愛しい。食べちゃいたいぐらい。
本当は全身を全心で愛でてあげたい。しかし私が食べられるのは唇だけ。今のぎりぎりラインを超えちゃったら直せない。全てを失ってからの後悔、遅すぎて嗤える。
いけるようになるいつかを望む、が結局望みの話。悔しさをにじるように上唇を噛む。
吸血鬼だとか頭おかしな言い訳など言わずに素で向かってたら、もし全部が占められた?唇だけのを了解してもらった今も普通とはとっても遠くにいる。わかってる。わかってても暴走する。
それとも、淡々と心を閉ざした方が良かった?
人間って一を気づいたら二に貪る欲深い生き物なのだ。その分私は人と語れる。
暴走を密かにそそのかす私の姿は鏡に映らない。吸血鬼みたいに。
噛み合わない言葉で愛する親友を騙し私欲を満たす私は吸血鬼よりも人間してない。
実効なんかこればかりもない吸血と自己満足だけのキス、嬉しいの鎖に縛られ喜悦に窒息する私は、全くの人でなしだ。
「ごちそうさまでした」
半分も経ってないお昼、私だけが食事を終えた数字型パズル部の教室。日光は吸血鬼じゃない私を燃やせない。
人-で-無し(↕︎)