待合室にて
僕らは、トルカさんの指示通り待合室へと避難した。
「魔法生物が出現したのって、どこら辺かな」
『さあ。ヴァルガルダの街は大きいから、街の北西部って言われただけで、詳しいことまで分かるわけないだろ』
「……それもそうだな
なあ、魔法生物の凶暴化、最近本当に多いな」
「ええ、昔も凶暴化するケースは起きていたそうですが、年々数が増加しているようですね」
僕らには何もすることはできない。ただこうやって待つことしか出来ない。
デオーテルの父親も出動しているのだろうか。先ほどから、デオーテルは落ち着かない様子だ。
それが分かっているから、シーラも気遣うようにデオーテルを見ている。
植物から動物に至るまで多くの生物は、魔力を有した状態で生まれてくる。そして、僕たち人間もそうだ。
そういった生物は、皆んな保有する魔力を利用してながら生きている。
例えば、ムーンラビット。
アステール王国全土に生息する、手のひらサイズのごく一般的なウサギである。
満月の日の夜に、月の光を浴びることで青い色に淡く光ることからこの名が付けられたとされる。
大人しく、人懐っこい性格であるためペットとして人気であるが、このムーンラビットも魔法動物の一種だ。
普段はのんびりと草を食べ、昼寝をし、ムーンラビット同士で戯れ合うなど、僕たちを癒してくれる小さなウサギ。
しかし、緊急時には後脚に魔力を貯めて一気に加速魔法を展開し、爆発的なスピードによって敵から逃げることが知られている。
このように、魔法生物はそれぞれに適した方法で魔力を魔法へと変換し、生活に利用することができる。
しかし、なぜだか人間だけは他の生き物とは異なり、体内の魔力を魔法へと変換することが出来ない。
人類が誕生したその時点で魔力から魔法への変換できなかったのか、それとも進化の過程で失ったのかは分かっていない。
そんな僕たち人間は、テーサと呼ばれる特殊な魔法石を利用して、魔力を魔法に変換し、放出する技術を編み出した。
まあ、そう言った理由から単純な魔法の使用に関しては、人間以外の魔法生物の方が長けている面がある。それ故に、凶暴化した際の周囲への被害は尋常ではない。
ペットとなるような小さな生き物が凶暴化した時でさえ死者が出てしまう事もある。況してや、熊やオオカミなどの大型動物が凶暴化した際は大惨事だ。
(被害が少ないと良いけど……)
魔法生物の凶暴化は年々酷くなっている。
しかし、おかしいのは魔法生物だけには限らない。土砂崩れ、水質の汚染、山火事など今日のアステール王国では、各地で自然災害が多発しているのだ。
これまでの約800年の歴史において、自然災害事態が非常に稀なことであった。しかし、ここ100年はどうも自然災害が目立つようになってきた。しかも年々酷くなっていく一方。
原因解明は急いで進められてはいるが、未だ解明には至っていない。
僕らがソファーに座って待機していると、5人組の男の人たちが待機部屋へと入ってきた。彼らも、騎士団本部に偶々来ていた一般人なのだろうか。
5人は僕らにチラリと視線をよこすと、1番離れた席へと進む。
(お忍びの視察か?)
5人の服装はとてもシンプルなものだが、よくよく見ると随分と質の高い布を使っていることがわかる。そこらの庶民ではない事は確実だろう。
一体何者なのか僕が気になっていると、5人のうちの1人と目が合ってしまった。
(あっ)
不躾にジロジロと見ぎてしまったのか、睨まれたようにも思う。レオブラウンは気まずくなり、咄嗟に目線を逸した。
自分たち以外にも人が来たため、2人も自然と話すことをやめた。その結果、無音が続く状態となってしまい、なんとなく居心地が悪い。
レオブラウンは早く事態が収束しないかと、足元を見ながらひたすらに祈っていた。
暫くすると、外がザワザワと騒がしくなる。
周辺に人が多く集まってくる気配もする。
この部屋にも緊張が走った。
「シーラとレオは此処で待ってろ。俺はちょっと外を見てくる」
デオーテルが急に立ち上がり、僕らにそう言った。
「外に出るべきではありません、デオーテル。
もし魔法生物が近くにいるのであれば、騎士でもないデオーテルが勝てる相手ではありません。むしろ、他の騎士様の邪魔になるだけです」
それは、冷静な判断だ。
此処で素人のデオーテルが出ていっても事態は好転しないし、むしろ他の人を危険に晒す可能性すらある。
「……そんな事、俺でも分かってる。
ただ、状況を判断するだけだ。此処で待っているだけなんて出来ない。他の場所に避難する必要もあるかもしれないし……
俺は2人よりも此処の事をわかってるし……」
『…………それなら、僕も行くよ。1人は流石に危険だ』
「いいえ、子供たちだけで危険な外に行くべきではありません」
言い争っていた僕らは、急にかけられた声に驚く。
「すみません
余りにも無謀なことを話していたので、思わず口を出してしまいました」
ああ、この数十秒だけでも分かった。この人もシーラと同族だ。
この状況にも関わらず、花が綻ぶような笑顔。
なんで腹黒い人って、こう笑いながら毒を吐くのだろう……
「子どもたちだけで行っても、ただ邪魔になるだけです。やめなさい」
「でも、このま「でも、ではありません。迷惑だということが理解出来ませんか?」」
デオーテルは、グッと唇を噛んで俯く。
「…………ただ、まあ、外の状況が気になるのは同意見です。そこで一つ提案なのですが……この馬鹿を連れて行きませんか?」
「はぁ⁉︎ オレ?」
「この馬鹿は、脳筋バカで物凄く馬鹿ですが、腕だけは信用して良いですよ。馬鹿ですが。」
「おい! 無視するな」
此処までくると、いっそ清々しいくらいに無視されている。流石にちょっと可哀想だな。
「どうですか? 悪い話ではないでしょう?」
「…………レオ、お前は此処に残ってシーラを頼む。俺はこの人と外見てくるよ」
「いや、俺の意見は……?」
馬鹿と連呼されていた人を引っ張って、この部屋を出ていくデオーテル。
ああ、あのお兄さんが物凄く不憫だ。
普段からああいう扱いをされているのだろう。他の3人も、何も言わない。
しかし、この場所がいつまでも安全であるとは限らない。此処が危険なら、他の場所に避難する事が最善策となる。
魔法生物の暴走など僕らの手には負えない。
僕らにできる事は、戦っている騎士の邪魔をしないことだけ。
けれど、この空気だけはどうにかしてほしい……
物凄く居心地が悪い。
5人は先ほどから落ち着いた様子で待っていたようにも見えるが、実際はとてもピリついていた。それこそ、殺気とも間違えるほどに。
やはり彼らは只者ではないのだろう。
デオーテルも何となくそれを感じていたのかもしれない。シーラを1人此処に残す事を嫌がっていた。
念の為、僕はシーラを残りの4人から隠すように席を移動することにした。
(さっさと戻ってこい、デオーテル)
暫く待っていると、デオーテルがこちらに向かって走ってくる気配がする。
僕はサッと立ち上がり、シーラを守れるように構える。
「シーラ、今すぐ来てくれ!」
扉を蹴飛ばすようにデオーテルが部屋に入ってきた。
そして、入ってきて説明もなく、シーラを連れて行こうとするので、僕は思わず声をかける。
『デオーテル、一回落ち着け
外の様子はどうだった? 危ないところにシーラを連れて行こうとするのは、流石に見過ごせない』
「……ええ、私も同意見です。一回落ち着いてください
そして、その加減もできていない馬鹿力で私の腕を掴まないでもらえますか?」
お、おう。シーラが怒ってる。
優しい笑顔なのに、目は全く笑っていない。
デオーテルもやらかしたと思ったのか、素直に謝る。
デオーテルの話をまとめると、魔法生物は討伐できたが、怪我人が多く続々と此処騎士団本部に運ばれている。そのせいで、治療が全くと言って良いほど追いついていないらしい。
それで、シーラの力が必要なのか。
有名な医者一家の娘であるシーラは既に、そこら辺の医者よりも治療知識を有している。治療だって、12歳なのに、もう既に簡単な怪我や病院は一瞬で治してしまえる。
「分かりました
一刻を争うような時に、此処でのんびりと待っていては、医者として失格です
しかし、私はまだ正式な医者ではありませんので、あくまで手伝いとして参加します。それで良いですね、デオーテル」
「ああ、それで良い。ありがとう」
「お気になさらず
それで、レオはどうしますか? 一緒に行きますか?」
シーラはこちらに確認してくる。それに僕は頷こうとしたのだが……
「いいえ、彼は此処に残ります」
あの腹黒そうなお兄さんに遮られてしまった。
「子ども2人に、あの馬鹿1人だと不安がありますね。馬鹿ですから」
「おい、いい加減にしろ」
「ネオン、貴方も一緒に行ってくださいますか?」
コクリと黒髪の人が頷く。そして、まだギャアギャア文句を言っている、不憫な彼の襟元を掴みこちらに向かってきた。
いや、この人達キャラ濃すぎだろう。何だこれ。
それにしても、嫌すぎる。
なぜ俺だけが残らなきゃいけない。
そう思うものの、あの黒い笑顔に逆らえる勇気はない。
『あーー、そういう事らしいから、俺は此処で待ってるよ』
気遣わしげなシーラとデオーテルの視線に笑顔を返す。
時間は止まってくれないから、怪我人が待っているのに此処で呑気にはしていられない。
シーラとデオーテルはレオブラウンを気にしながらも、2人の男の人達に連れられてこの部屋を出ていく。
「さて、こちらのソファーへどうぞ」
ああ、無事に生きて帰れますように。