幼馴染
「…………ッ……た…………」
「……や…………」
もう直ぐでお昼になる頃。
遠くから、誰かの話し声が聞こえてくる。
普段のレオブラウンであれば、とっくに目覚めていたであろうが、只今のレオブラウンは絶不調、そして何よりも眠かった。眠すぎた。
泥のように眠っていたせいで彼にしては珍しく、近づいてくる気配に気づけなかった。
スーースーー
「ほら、やっぱり此処にいた。言っただろ、レオは1人だったら絶対此処に来るんだって」
眠っているレオブラウンに2つの影がかかる。彼と同い年くらいの少年と少女だ。
「ふふふっ、本当でしたね
お二人は本当にお互いの事を理解しあっていますね
気持ちが悪いほどに」
「おい」
眠っているレオブラウンの側に立って、会話を続ける2人。
「相変わらずの毒舌だな、シーラ。
本当にお前ってば外見詐欺だよ。見た目はこんなに儚いのに、口を開くとこれだろ。猫被りすぎ」
シーラ・ベルデモント
レオブラウンの幼馴染の1人である少女
氷のような淡く透き通った髪色を持ち、その姿はどことなく儚さを感じさせ、直ぐに壊れてしまいそうな危うさすらも感じさせる。が、実際、結構はっきり言うタイプ、というか結構な腹黒。
見た目からは考えられない程の、物怖じしない強い気持ちと図太さも持ち合わせているのだ。
彼女は、この街の名医の次女として生まれた。
幼少期より家の手伝いとして治療を手伝っていた彼女は、治療の腕前もバッチリ。
時たまに馬鹿な事をして怪我をする2人を、黒い笑顔で叱りながらも手当てするのは彼女。だから、口ではなんだかんだと言いながらも、2人ともシーラには頭が上がらない。
「まあ、それは少々口が過ぎるのではありませんか?
ねぇ、デオーテル?」
首をコテリと傾げてみせ、じっと目を見つめるシーラ。この歳にして、自分の見せ方をしっかりと理解している。対する少年は、慣れているのか、動じることはせず苦笑いを浮かべた。
デオーテル・マルセーリン
レオブラウンのもう1人の幼馴染である少年。燃えるような鮮やかな赤い髪と瞳を持っている。
彼の父親が騎士団に所属している影響なのか、正義感が強く真面目な性格。ただ、脳筋なところがあり、座学の成績は下から数える方が早いレベル。
しかも、不運体質で、ここぞと言う大事な場面で、致命的なミスをしてしまうことも。そのせいで本人はただ良いことをしているはずなのに、奇跡的なタイミングで起こる不運で、結果としてしばしば大きなトラブルを引き起こしてしまう。
ただ、根は優しく、誰かを思いやって行動していることを皆んな知っている為、どんな面倒事を引き起こそうがどこか憎めない。
そんな彼の将来の夢は、父親と同じく騎士になること。
だが、彼の運の悪さから、周囲の大人からは止められてしまっている。騎士である父からは、騎士が捕まるようなことがあれば、洒落にならない、とまで言われてしまった。
「冗談だって、シーラ。降参降参」
両手をあげて、軽く肩をすくめる。こういう時のシーラには、何も言わないことが吉。
シーラのやり返しはねちっこい為、怒らせないに限る。
「まあ、初めから言わなければよろしいのに」
シーラはデオーテルに向かってニコリと微笑みかける。
穏やかではない空気に一切気づくことなく、穏やかに眠り続けているレオブラウン。そんな彼の傍らに、シーラは静かに座った。
「しかし、全然起きねぇな。
いつもだったら、とっくに目が覚めてるだろ」
デオーテルも近寄り、気持ちよく寝息を立てているレオブラウンの顔を覗き込む。
レオブラウンは人の気配に敏感なので、普段であれば2人がこの丘に着いた頃には、気づいて目を覚ましていただろう。
しかし、今日は全くと言っていいほど目を覚まさない。それ程までに疲れが溜まっているのだろうか。
シーラは、乱れた前髪を優しく直してあげている。
2人が話していても、髪を触られていても目を覚さないのは、普段のレオブラウンから考えると異常。
まあ、近づいて来たのがシーラとデオーテルと言うのも大きな要因かもしれない。
これが全く知らない人の気配であれば、いくら疲れているレオブラウンであっても目を覚ましていた可能性があった。幼馴染で見知った気配であったために、感知センサーが働かなかったのであろう。
「やっぱり、祭りのせい?」
「そうだと思います。最近は夜になっても街は騒がしいですし、いい睡眠は取れていないでしょうね」
レオブラウンの顔を見つめながら、返事を返すシーラ。
「何? 何か気になるの?」
「いえ、たいしたことでは無いのですか……
レオの寝顔をじっくりと見るのは、何気に初めてかもしれないな、と思いまして。
レオは本当に幼いというか、とても安心したように寝るのですね。新しい発見です」
最近眠れていないことを知っている2人は、その寝顔に嬉しくなった。
「……寝顔が微笑ましくて。
微笑ましすぎて、なんだか悪戯をしたくなってきました」
レオブラウンの頭を撫でる手を止めずに、シーラがボソッと呟く。それを聞き逃さなかった、デオーテル。
「いや、こっわ!
えっ、何? なんで急にそんな意地悪になるんだよ
最後まで慈悲の心を大切にしろ。お前、医者になりたいんだろ」
「あら、心の声がついうっかり……
と、まあ冗談はさておき。
そろそろ、起こさないと遅くなってしまいますよ」
この2人はレオブラウンに用があって探していたのだ。レオブラウンの自宅に行ってみたが、早朝に出かけてったきり帰ってきていないと言われ、わざわざこの丘まで探しに来た。
太陽はすっかりと彼らの頭の上、もう昼になってしまった。
この後に予定があるので、此処でゆっくり話している訳にもいかない。時間に焦っているというわけでもないが、予定の前にお昼も食べたいので、早いに越したことはない。
ただ、まあこの寝顔を見てしまうと、何とも起こしにくい。
「仲間外れにすると後で絶対怒られますよ。
それに、レオは昔からあれに興味持ってましたし……」
「だよなあ…………しょうがない、起こすか」
デオーテルは躊躇ってはいたが、肩を揺らして起こし始めた。
『……ん?
んんっ………
……んー、…………うざい』
目を開けることもなく、吐き出された言葉。デオーテルは無性にイラっとした。
「いや、うざいはねぇだろ。ふざけんな。
起きろ、レオ!」
すると、先ほどの優しさは何処へやら。一切の躊躇なく頭を引っ叩く。
『いてっ…………んーーー
………何だよデオーテル、眠りの邪魔すんな』
眉間に皺を寄せ、如何にも不満ですと言った顔で睨みつける。
久しぶりにゆっくり寝ていた所を起こされて、レオブラウンの機嫌は最悪。最近、寝れていないことを知っていて、この仕打ち。もう少し元気だったら、マジでデオーテルの事をぶん殴っていた。
レオブラウンは、五月蝿いデオーテルを無視して、再び目を瞑った。
「うるせぇー。せっかく休みの日なのに、朝からぐうたら寝てるな」
レオブラウンの怒りもいざ知らず、腕を引っ張り、強引に引き起こす。
休みの日だからこそ好きにさせてくれと思ったが、こうなったデオーテルはテコでも動かない。諦めるしかないかと、レオブラウンは起き上がることにした。
『ーーーって、あれ? シーラも?
2人揃ってどうした? えっ、遊ぶ約束でもしてたっけ?」
もしかして約束をすっぽかしてしまったのではと不安になる。
「おはようございます、レオ。安心してください、特に約束はしていませんよ。ただ、お誘いに来ただけです」
『お誘い?』
「ええ
まず初めに、レオはこの後何か予定はありますか?」
『この後? 特に用事はないけど』
予定があったらこのような所でぐうたらと寝てはいられない。
「なあ、レオ
この後"未知への扉"を見に行かないか?」
割り込むようにデオーテルが声をかける。
「"未知への扉"? なんで?
って言うか、あそこは立ち入り禁止区域でしょ?
特にこんな時期なんて、いつも以上に警備が厳重になってるでしょ」
「いや、親父からお使い頼まれてて
今忙しいらしくて、検問所の中まで届けてくれって。だから、レオも一緒に行かないか? 騎士団本部の中、入ったことないだろ」
『でも、僕も入って良いの? 僕は完璧に部外者なんだけど』
"未知への扉"は騎士団本部の内側にあり、一般人の立ち入りは許されていない。
ただ、立ち入り禁止区域といっても、偶に"未知への扉"を含めた城壁周辺のツアーが行われている。つまり、許可なしでの立ち入りは禁止されているが、許可があり、お金を払えば誰でも入ることはできる。
「そこは大丈夫。親父の方から2人を連れてきたらどうだ、って提案してきたんだし。親父は忙しいから、案内は他の人になるらしいけどな
ーーーーそれで? どうよ?」
『ふっ、もちろん行く。サンキュー、デオーテル』
「そう来なくっちゃ!」
こうして僕たち3人は揃って、街に向かって歩き出した。