冒険者の祭り
ヴァルガルダの祭りは、毎年行われるわけではなく、5年に一度だけ。その代わりに5日間にわたって開催される。
実は、この祭りには正式名称はない。と言うのも、この行事は祭りがメインではないからだ。ただ人々からは"冒険者の祭り"と呼ばれることが多い。
この祭りの終盤には王政府主催の式典が行われるのだが、この式典こそがメイン。
そもそも、式典に参加する一部の者たちの為に、祭りを開催しているようなものなのだ。
他の3つの祭り、誕生祭と新年祭、建国祭は全国民で祝う祝祭であるのに対して、"冒険者の祭り"は祝祭でなければ、全国的なものでもない。ヴァルガルダ以外の地域では、ただの普通の日でしかない。
ヴァルガルダでの祭りは、数少ない王都外で行われる王政府主催の行事。そして、主催者として王や皇太子といった王族の方々も街に訪れる。
さらに、この祭りの終盤に行われる式典には、なんと一般国民も参加することが可能なのだ。
唯一の一般国民も参加可能な式典とあって、この時期になると街には式典に参加したい人が押し寄せる。
一度くらいは王政府主催の式典にも参加してみたい、と思うことは何ら不思議なことではないだろう。
式典自体は祭りの最終日、午前11時から始まる。
そして、式典開始から1時間後の、12時ちょうどには……と、まあ式典の詳しいことはまた後ほど。
(こんな祭りさっさと終わらないかな)
街中、王国中の誰もが待ち望むこの祭りに対して、こんな事を言えるのはおそらくレオブラウンしかいないだろう。
ただまあ、そう思うのも仕方がないほどに、彼は疲れ切っていた。
レオブラウンは現在12歳なので、前回の祭りの時はまだ7歳、その前なんか2歳である。
7歳の祭りの時は、色々と事情がありヴァルガルダを離れていた。つまり、彼にとって、ヴァルガルダの祭りへの参加はほぼ初めてなのだが……
既にこの祭りに対して良いイメージを持っていない。
このヴァルガルダという街は、王都から遠く離れた王国最北に位置している。街のどこからでもアステール王国の周囲を覆っている城壁が見えるほど、本当に端の端に位置した街なのだ。
移動の際に一般的に利用されている、魔力を動力とする魔法馬車を用いたとしても、王都からは丸3日かかる。
それ程までに遠いヴァルガルダだが、この時期になると大勢の観光客がやってくる。
この時期に訪れた人々は、祭りも勿論楽しみにしているが、一番の目的やはりと言うべきか式典への参加だ。
式典は野外で行われるため大勢の人が参加できるし、場所によっては王族を直接見ることもできる。
そう言った理由から、国民にとっては大変貴重な機会となるのだ。
『マジでしんどい』
そう呟き倒れ込む。情報を少しでもシャットアウトしたくて、目を腕で隠す。
とりあえずキャパオーバーしそうな眼と頭を休ませたい。
どれ程の時間が経ったのだろうか。
目を開けて、ぼんやりと空を見上げてみる。
見上げた空には薄らと青みがかった結界、結界の奥には雲が浮かんでいるのが見えた。
その時、視界の端にキラリと輝やいているのを捉えた。
(ああ、なんだ古代文字か)
結界に刻まれた古代文字の一部であった。
アステール王国の上空には、大きな2重のドーム型の結界が、それぞれ2つの城壁の上部から展開されている。
そのうちの外側の結界には、まるで等間隔に配置された帯のように、9本の線状の古代術式が刻み込まれている。
この術式は王国の端から、王国の中心に位置する王都まで続き、王宮の上空で一つにまとまっている。
古代術式は金色の文字で描かれているため、見た目はとても豪華。結界の内側から見ると黄金に光り輝く星のようにも見える。
この2重の結界と城壁のことは、王家の日記にも記されていたが、神がアステール王国を外の世界から守るために作った、絶対的な盾、として知られている。
神の創造物を調べることは禁忌、という考えを持つ人が多く、結界や城壁についての研究は進められていない。
その結果、建国から800年ほど経っているのに、古代術式はおろか古代文字の解析でさえもほとんど進んでいない状態だ。
『ーーーーー我らを守りたまう、か……』
空へと手を伸ばしながら呟く。
(外の世界は、危険しかない
外の世界は、不幸が溢れている
外の世界は、絶望で満ちている
そう、先生達が言うーーー
おじさん達は外の世界に嫌悪感すら抱いている
まあ、それはあんな事もあったからしょうがないとは思う
…………けど、
ーーーーーーーいや、やめよう
考えたところでどうせ無駄だ)
『ふぁぁぁ〜〜』
最近の寝不足がたたり、さっき程から睡魔が押し寄せてくる。
早朝のため少し肌寒いが、天気にも恵まれ暖かな陽射し。押し寄せる睡魔に抗うことなく、レオブラウンは目を閉じた。