地獄の梱包作業
「それで、私は何をすればいいんだ?」
作業場の前に来て、白が訪ねてくる。
「基本的にはうちの店の手伝いだ」
「あー、そう言えばこの家、看板が付いていた気が……確か、『糸川服店』って事は服屋なのかい?」
「アパレルショップだ」
「でも服店って看板に……」
「アパレルショップだ」
反論は許さない、と言う雰囲気を醸し出しながら言う湊。
そんな湊をみて白はクスリと笑った。
「言い方がそんなに大事か?」
「カッコ悪いだろ……服店なんて……アパレルショップの方が断然カッコいい」
意外と子供っぽい湊であった。
「そうかい?私は良いと思うよ?服店」
「い、や、だ。俺がここ継いだら絶対改名するっての。さ、仕事の準備の時間だ」
そう言って湊は昨夜必死こいて作ったメイド服が散乱している作業場の扉を開く。
白は部屋の中を見渡す。
「何だ、仕事って何かと思えば部屋のゴミ掃除か」
「ゴミじゃねぇよ!」
「え?」
「おい、なんで不思議そうな顔をする。これ服だよ、服、よく見ろ!」
「ホントだ、これは、メイド服か?」
「ああ、そうだ。メイド服だ。依頼で作ったんだよ」
「?」
「ささ、早く始めるぞ、ここに落ちてるメイド服の梱包。総勢三百着、昼までに」
「……へ?」
白の目が点になった。
「もしかしなくても、これ……全部梱包するつもりか?」
そもそも布の山を吹くとすら認識していなかった白。
「そのとおり」
白を出し抜いた?湊はニヤリと笑う。
「何だその顔は……何でメイド服を作っているのか、と言う疑問は今は横に置いておくとして。昼までに梱包?この量を?百着以上はあるように見えるんだが?」
「正確には十二時までに三百着な」
「さ、三百着っ……、しかもきっかり正午……ってあと一時間ちょっとしかないぞ!?期限を延ばしてもらう事は出来ないのか?」
白が時計を見て絶叫する。
三徹明けの湊の起きる時間が早いわけが無かった。
寝坊も寝坊、今の時間は午前十時四十九分。
「無理だ、絶対に、あいつマジでイカレてるから。納品までに終わらせないと……」
湊が真剣な雰囲気を醸し出す。
「終わらせないと……?」
湊の真剣な空気に飲まれる白。
「物理的、社会的に抹殺されるかもしれん。それが嫌だから昨日まで三日間寝ずに作業してたわけだしな」
「どんな依頼主なんだ、全く……」
「お、気になるのか?」
「いいや、全く。寧ろ聞かせるな。関わったら食われそうだ」
「そんなに知りたいなら教えてやろう!!」
「誰がそんなこと言った!?お前のその耳は飾りか!?」
「表の顔は世界でも片手の指で数えられる位の大富豪であり資産家!裏の顔はグローバル化したジャパニーズマフィア!世界の清川その娘‼顔良し、スタイル良し、ただ性格は最悪‼名は体を表さない!その名も清川麗華!」
「リズミカルに言うな!覚えちゃうだろうが!」
「覚えろ、正午に来るぞ。そしてそいつの接客をするのが今回のお前の仕事だ。精々嫌われないように頑張ってくれたまえよ」
「嫌だぁ!何でそんなヤバい奴がこんなどこにでもありそうな服屋に仕事なんか出すんだよう!」
「ウチは隠れた名店系の店だからそういうリッチな顧客も来るんだ。無駄話は終わりだ。さっさと仕事始めるぞー……首が飛ぶ前に」
「いちいち脅しを挟まにゃ気が済まんのかおのれは!」
「無駄口叩いてないで手を動かせ手を」
「くっ」
「殺せ?」
「やかましいわ!」
湊が一通り梱包の方法をレクチャーした後、白は散乱したメイド服を手に取り、梱包を始める。
その手際はかなり早い。
「やるじゃん」
「ふっ、お前の梱包が追いつかないんじゃないか?」
湊をからかいながらも手を止めない白は意外と真面目である。
「あぁ、それに関しては全く問題ない」
突如、湊の背中から生じる糸。
「!?」
それらは段々と束ねられていく。
糸だったものはやがて紐になり、縄になり、形が整えられ、糸でできた腕になった。
その数左右それぞれ四本ずつ、合わせて八本。
「これで腕は合わせて十本。糸の腕は長さも自由自在だから単純計算で労働力は五倍だ」
「……何だそれズルいぞ!」
「見た事のある糸を作り出し、操る能力。十年以上こうして無茶なスケジュールで服作ってきたから、今では自分の腕より糸で作った腕の方が精密な動きが出来るようになった」
「十年以上……社畜みたいだな」
湊は無言で白の頭をグリグリする。
「なぁ、それ私いらなくないか?」
「居ないよりましだ……ってか働け(ボソッ)」
「……おい、今何か言わなかったか?」
「いや、何も?」
湊の恨みは大きいようだった。
*
一時間後。
「三百着梱包、何とか終わったな」
「疲れた……」
「まだ休むには早いぞ、ブツは何とか揃えたがちゃんと取引しないとな」
「何か危険な香りがする言い回しだな」
ピーンポーン
呼び鈴が鳴った。