録音
「おっと失礼しました。これから泊めてもらおうという者がこんな事ではいけませんね」
「もしもーし?いつの間にか家に泊めるって事が確定していないか?」
「え、泊めてくれないのですか?」
「え、て、何で泊めてくれる事に何の疑問を持たないんだ!?」
「おかしい、私の得た情報では家出少女が家に押しかけてきたと来れば男は何も考えずにウェルカムで受け入れてくれるはずなのに……、選択を誤ったのでしょうか?」
「聞こえてるっつ―の。張っ倒すぞ……」
気力を振り絞って湊がすごむ。
白がどんな人間か把握し始めた湊の言葉に、もはや遠慮など無かった。
「押し倒す……」
白は自分と湊の間に壁を作るように両手をクロスさせ、二、三歩後ろへ下がる。
湊がどんな人間か理解していようがしていまいが、白に遠慮など元より無かった。
「お前を襲うわけ「あぁ?」……何でもない」
お前を襲うわけないだろ何を色気づいてんだロリが。
と、言おうとした湊だったが暗い空気を纏ってドスの利いた声で凄まれて途中で辞める。
エスパーか。
「はぁ……、もう何でもいいから要求を言ってくれ……俺は一刻も早く寝たいんだ……」
疲れ切っている上に白への好感度がマリアナ海溝を突き抜けた湊は机に突っ伏し、疲れに疲れた湊は興産とばかりに両手を上げてひらひらする。
「やっと折れてくれましたか」
「だが」
突如、湊の声が真剣で鋭いものに変わる。
「一つだけはっきりしとかなきゃいけない事がある」
「?」
「お前が本当に家出少女だったとして、何でウチに来た?」
湊の家は何処にでもある自営業の服屋……アパレルショップだ。
しかし、裏では一族代々伝わる糸を作り出し、操る能力を使って完璧な服を作ると噂も世界的に有名な仕立て屋である。
メイド服三百着の依頼もその筋の仕事だ。
そして、その手の依頼はすべて金持ちからの物で、報酬はかなりの額。
つまり、この家にはそれなり以上に金があるのだ。
湊はその事を知っている人間がこの少女を使って財産を騙し取ろうとしているのではないかと警戒しているのである。
湊が警戒している理由はもう一つあって。
(なんかコイツ……ちょっと変、なんだよなぁ)
雰囲気、という物がある。
例えばクラスの人気者、そういう人間は黙っていても明るい。
例えばクラスの日陰者、そういう人間は黙っていても暗い。
例えば金持ち、そういう人間は黙っていても気品がある。
その人が積み重ねた歴史が、そういう雰囲気を形作っていく。
そしてそれは人を見る時、意外と重要な要素だ。
かく言う湊も、仕事柄そういう部分をよく見る。
だが。
(コイツからは何も感じない)
白にはそれが無かった。
(何でウチに来たのか、正直全くわからない……)
「明かりが付いてたからですが?」
即答だった。
「……なんて?」
「だから、明かりが付いてたからです。寝ている人の家を訪ねるのは迷惑じゃないですか」
(どの口が言う)
「まぁでも、あぁ、うん……そうだよな」
思えば。
白が来たのは午前二時半。
その時間に泊まる家を探していたとしたら、明かりのついている家を探すのは当然の事だろう。
湊はようやく肩の力を抜いた。
「ん?もしかして私がこの家を選んだのに何か理由があると思ったんですかぁ?」
ニヤニヤした顔で白が言う。
(何かまだ隠してるって感じはあるけど、この顔は……何か企んでるって顔じゃないというか……)
「この下り何回やるつもりだ?エロガキが……」
「なぁ!同い年ですよ!」
「あぁ……そうだな……」
「ん?」
薄い湊の反応。
今にも寝息を立て始めそうな眠たげな眼、
「ほほう?」
湊の様子を見て白はにやりと笑う。
悪戯を考えていそうな悪い顔で。
最初こそ思わぬ状況に困惑し、警戒し、目の覚めた湊だったが、今となってはその緊張も解けてきている。
現実として三徹を慣行中の湊がスリープモードになるのは当然の事だった。
が、白自身が悪人では無かったとして、悪い事を考えない人間など居る筈がないのである。
白はおもむろに自分の服のポケットからボイスレコーダーを取り出し、スイッチを入れる。
ピッと言う電子音が部屋に響いた。
「私の要求は二つだけです、一つ目の要求は私を少しの間この家に泊める事」
「あぁ……」
半分寝ている湊は録音されているとも知らずに大して考えもせずに生返事。
浅い睡眠をしている人間が何も考えずに頷く現場を誰もが見たことがあるだろう。
今の湊の状態はそれである。
そんな湊を気にせずに、と言うか堕ち掛けているのをいいことに話を続ける白。
「そして二つ目の要求は私の事情について詮索しない事」
「あぁ……」
これまた何も考えずに返答する湊。
「勿論ただでとは言いません。ちゃんと体で返します。勿論いかがわしくない方法でですが」
「あぁ……」
「じゃ、そういう事でよろしくおねがいします!」
「あぁ……」
「こんなところですかねぇ?」
ニヤニヤ顔で録音終了のボタンを押そうとする白。
が。
寸前で思いとどまった。
そして、顔を寝ている湊の顔に近づけ、小声で何かを囁いた。
「――――――――――――――、なんてね」
「あぁ!」
突然力強く肯定する湊の姿に白は一瞬起きたのか?とギョッとして、寝言だと分かりクスリと笑う。
ピッ。
「録音終了っと」
机に突っ伏し、眠る湊。
ボイレコ片手に笑顔の白。
その笑顔は天使の微笑みか悪魔の嘲笑か。
一日が終わり、湊の波乱の毎日が始まる。