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フラグと出会いのプロローグ

 

 「終わったーっ!」


 糸川湊は我ながら子供臭いと思いながらも、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり歓喜の叫びを上げたい衝動を抑えられなかった。

 机の上に在るのはくたびれたり、細かく折りたたまれた跡の残った教材の数々。

 その表紙には表紙には『数Ⅰ 長期休業課題』、『コミュニケーション英語 長期休業課題』、『特殊能力基礎 長期休業課題』等と書かれていて、それらはすべて記入済みである。

 本来、長期休みの課題が初日に終わるなどアニメの秀才キャラにのみ許された特権だ。

 魔術や、特殊能力だの異能だの超能力だのスキルだのギフトだのと様々な形で呼ばれる特異な力が蔓延る世界の住人である湊にとっても、それは例外ではない。

 かくいうこの男も、去年までは長期休みと言いつつも全く休ませるつもりのない課題の地獄に飲まれ、「結局休み中宿題しかやってねぇー」とほざいていたものである。

 しかし、長期課題に連戦連敗してきたこの男は、「今年こそは長期休みを本気で休んでやる!」(本気で休むとは?)と奮い立ち、今日の今日まで授業中の内職を頑張ってきたのである。

 その上、両親はこの冬から結婚に十周年だかなんかで世界一周旅行兼営業に行くとかなんかで暫く帰ってこない。

 湊としてはVIP依頼以外に限り仕事をさぼれる今の状況は大変望ましいものである。

 後は姉が居るが、成人して家を出ておりまず帰ってこない。

 こんな条件がそろっていて、浮かれない男子高校生などこの世に存在しないだろう。


 (もう、真冬の寒さとか、彼女が出来ないとか全く気にならねーわ!うん!)


 後者は嘘である。

 そして。

 

 「こんな何にも縛られない休みなんて滅多に無い!この冬休み絶対に満喫してやるぞ!」


 糸川湊はフラグを立てた。

 直後。


 ピンコーン


 突如響く電子音。

 それはスマホの着信だった。

 

 「誰からだこんな時間に?」


 湊は自分のスマホを見る。

 しかし、そこに着信記録は無かった。


 「ま、まさか」


 湊の顔色が徐々に悪くなっていく。

 湊は、スマホを二つ持っていた。

 私用と、仕事用。

 私用に着信記録が無かったという事はつまり……。

 着信源は、仕事用。


 *

 

 結論、フラグは回収された。


 (あと一着、あと一着だー!って!何やってんだ俺!休みなんてぜんっぜん満喫できてないんですけど!?)


 現在、時刻は午前二時半。

 ちなみに、冬休み開始から三日目の、である。

 真っ暗な自室兼作業部屋の中、糸川湊はもうかれこれ六十時間程机に向かい、一心不乱にメイド服を作っていた。

 超人でも何でもない湊は、とうとう三徹目に突入した今その顔を幽鬼のように蒼白にし、眼を血走らせていた。

 そんな湊の背後には、一着一着意匠を凝らした服の山が形成されている。

 夜の闇で見えづらいが、それらは全て三百着近いメイド服だ。

 正確な数は二百九十九着。

 何故湊がここまで大量のメイド服を作っているかと言うと。


 (あの性悪サディスティックお嬢様が!三日でメイド服三百着納品とかふざけてるのか!?いや、そんな俺を見て楽しむのがあの女だったなぁ!?)


 とまぁそういう事である。

 VIPの考える事は毎度毎度意味が分からない。

 あの着信は仕事の依頼だった。

 湊は高校生であるが、実家は服屋……本人が言うにはアパレルショップだ。

 オーダーメイドの服を作るというのも家業の一つなのである。

 まぁ、いくら仕事とはいえ、湊の考えている通り、もしも個人に三日で三百着もの服の製作を依頼した者が居るのならそいつは鬼か、悪魔か、でなければ究極のサディストだろうが。

 しかし、こんな無茶な依頼も断れない。

 依頼主が知人であり、常連客だからである。

 そんな事を考えている間も、湊の両手と湊から生じた糸の腕が速さと精密さを兼ね備えた物凄い動きでメイド服を高速生成していく。

 もう冬休みに入って三日目、折角宿題をすべて終わらせ、クリスマスも近いというのに(予定があるとは言っていない)湊はまだ仕事しかしていない。

 そして。


 (最後に……返し縫い!よっしゃ完成‼やっと寝れる!)


 とうとう三百着目のメイド服が完成した。

 最初に作った物と品質が変わらないのは職人としてのプライドか、はたまた依頼主への恐怖故か。

 仕事の頸木から解放された湊は、席を立つと今まで着ていた汗臭い服を脱ぎ棄て、自らの力で体表に一瞬で寝間着を生成する。

 そして、疲れの余り風呂も入らずベッドにダイブしようとしたその時、ピーンポーン、と、部屋に呼び鈴の音が響く。


 「誰だ?こんな時間に……」


 湊は突然現れた深夜の訪問者の存在に一瞬ベッドへ飛び込むのを躊躇する。

 が。


 「まぁ、誰が来ていたとしても俺は寝る……恨むならこんな遅い時間に来た自分と無茶な依頼出したあの魔王様に言えよー……」


 誰が聞いているでも無いのに、糸川湊はまるで誰かに言い訳するかのように呟き、ベッドに入る。


 ピーンポーン


 (うるさいなぁ……)


 ピーンポーン


 (もしもーし、もう寝てるんですよー)


 ピーンポーン


 (まだ居んのか)


 ピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーン うるせぇ ポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーン うる ポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーン う ポーンピーンポーンピーンポーンピーンピーンポーン


 「う、る、せぇぇぇぇぇぇ!」


 約三日ぶりの睡眠を妨げる呼び鈴(音響兵器)の余りの煩さに跳ね起き、真冬の寒さで冷え切ったフローリングさえも気にせずにドタドタと足音を立てて玄関へと歩くと、バンッ、という効果音が付く程の勢いで玄関の扉を思いっきり開く。


 「おい、お前!何度呼び鈴を鳴らせば気が済む、ん、だ……って、あれ?」


 扉の前に居る者に大声で罵声を浴びせようとしたものの、扉を開いた先には誰もおらず、湊は思わず声を窄ませる。


 「ピンポンダッシュかよ。悪質な……」


 「ピンポンダッシュじゃないです。私の背丈が低いのは自覚していますが、この状況で気付かれないというのは流石に傷つきますね」


 うわっ、とすでに姿の見えないピンポンダッシュ魔に向かって放った独り言が返ってきた事に驚き、背中から玄関に倒れこむ湊。

 倒れて視点が下がる事でようやく捉えた悪質ピンポンダッシュ魔の姿は湊の眠気を簡単に消し飛ばすものだった。端正な顔立ち、腰まで伸びた真っ白い髪と、全く日に焼けていない真っ白い肌、透き通るような真っ赤な目をした何処か現実味を欠く雰囲気を持つ少女。

 服装は白単色のワンピースで装飾品と言えば首から下げた金属球の付いたネックレス位だが、そこが彼女の持つ雰囲気を増幅している。

少女の身長はギリギリ百四十センチあるかないかと言った所である。小学生だろうか。

 そして何より、不思議で埋め尽くされたその少女を見た湊の思考は。


 (……)


 完全に停止した。


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