009
箱に入っている野菜はきちんと統一されており、どうやら購入後は同じ野菜を入れて管理しているらしい。確かにその方が使いたい時に探しやすいので、時間を無駄にすることがない。こうして見てみると、保存や管理はしっかりしていると思う。
芽衣は一箱ずつ中身を聞き、気になった物は実際に開けてみた。
「ブロッコリー、トマト、カボチャ、ジャガイモ、玉ねぎ…」
実際に野菜を見てみると、いつも見ていた野菜と全く同じだった。
馴染みのある物にホッとしながらも、蒸し野菜で食べやすそうな食材を考えていく。
「…それじゃブロッコリーとレンコン、人参とカボチャを一つずつ。…あとお肉を少し下さい」
これだけあればリーシャとソマリの分は作れるだろう。
選んだ野菜を籠に入れ、気になる冷蔵庫を見せてもらった。すると中は見事に肉だらけで驚いてしまった。だがそこにはベーコンやソーセージも入っていたので、悩んだ末にベーコンを貰うことにした。
「あと調味料は何があるんですか?」
芽衣が訊ねると、塩、コショウ、ひまわり油、唐辛子…等、そこそこ保管しているようだった。
食材を持って料理人と共に厨房へ戻り、早速調理を始める。
野菜は洗って食べやすい大きさに切り、ベーコンは薄切り。
(今日のメインはハンバーグだし、それに薄く切った方が火の通りも早いし)
そんなことを考えながら適当に野菜を切っていく。
野菜を切り終えたらフライパンを借り、そこへ野菜とベーコンを並べ入れ、水を加えてフタをした。あとは火にかけて時々様子を見ればいい。
「よし、その間にソースを作っちゃおう。調味料はどこにありますか?」
近くにいた料理人――どうやら芽衣の調理が気になったようで、こっそり眺めていた――に訊ねるとすぐに教えてくれた。
「調味料は塩、コショウ、砂糖なんかはそこの棚に。マヨネーズは…」
「え? マヨネーズがあるんですか!?」
思わず大きな声で確認してしまう。
「あ、あります」
「そっか…。それじゃ色々な料理に使えますね。それじゃソースはマヨネーズと塩コショウ…それとハーブ類はありますか?」
「あります」
芽衣が口にした調味料を料理人たちが用意してくれた。
同じく用意してもらった木製のボウルにマヨネーズを入れる。
「と、その前に味見」
スプーンを借りてマヨネーズを味見してみる。今まで使っていた市販の物と比べるとあっさりしていたが、それでも充分使えると判断した。
ボウルにマヨネーズとローズマリーに似たハーブを細かく刻み、塩少々を加えてよく混ぜる。そして再び味見をし…芽衣はここにコショウを入れるか悩んだ。コショウを入れすぎてしまうと、折角のハーブの香りが台無しになってしまう。悩んだ結果、ほんの少しだけコショウを入れることにした。
「ソースは完成したからあとは野菜。そろそろいいかな?」
野菜を確認するためフタを開けて、フォークで固そうなカボチャと人参を刺してみる。
「うん、このぐらいでいいかな」
あまり柔らかくしてしまっては野菜の食感がなくなってしまうので、残っている水分を蒸発させるために今度はフタをせず火にかける。
「蒸し野菜完成です」
水分が無くなった頃、芽衣はニコッと微笑んだ。するとすぐに料理人たちから「試食をしたい!」と云われてしまった。
「えっと…夕飯用なんですけど…」
「今度は俺たちで作ってみる! だからまずは味を確認させてくれ」
蒸し野菜に興味を持ったらしいトランにそう云われてしまい、結局厨房にいる全員で試食会をすることになった。
「んっ! マヨネーズにハーブ! さっぱりしているし、匂いが爽やか」
「野菜に付けて食べるんだろう? マヨネーズだけ食べるな!」
「おおっ! ブロッコリーも柔らかいし、何よりマヨネーズが美味しい!」
「カボチャとマヨネーズも合う!」
マヨネーズソースへの絶賛の嵐で、芽衣は少し落ち込んだ。
「…皆さん、どうやらマヨネーズが気に入ったようですね」
野菜の食感やベーコンの火の通り具合を聞きたかったのに、料理人たちはマヨネーズソースばかり褒めている。
思わず料理長であるトランを見ると、トランは「調理法は覚えた。あとは練習だな」と呟いていた。
どうやらトランも芽衣の調理を見ていたらしい。そして何やら考えた後「揚げジャガイモは蒸かし芋…蒸し野菜にするか」と云っていた。
好評だったマヨネーズ…蒸し野菜の試食を終えた後、トランと数人の料理人が交代しながら蒸し野菜とハーブ入りマヨネーズソースを作っていた。
すっかりやることがなくなってしまった芽衣は、ハンバーグやスープに使う野菜の下準備を手伝うことにした。一緒に作業している料理人たちに、気になっていたこの世界の料理事情を聞いてみることにした。
「全体的にもう少し塩を入れてもいいと思うんですけど、何か事情があるんですか?」
「あ~塩やコショウは他の国から仕入れてるから、あまり大量に使えないんだよ」
どうやら定期的に塩やコショウは入ってくるらしいが、ユイオン全体に行き渡らせるには量が少ない。そのため次に塩やコショウが入ってくるまで少量ずつ大事に使い続けているらしい。
(だから薄味になっちゃうんだ)
薄味の理由が分かってスッキリした。
「そういう理由だったんですね。…それじゃレシピはどういうのがあるんですか?」
「俺が知っているレシピは…」
そう云って教えてもらえたレシピは、うどん、パスタ、ハンバーグ、焼肉、目玉焼き、ベーコンエッグ、サンドイッチ、マヨネーズ等…思っていたよりもメニューが豊富だった。
(う~ん…今までの人たちは自分で作りやすい物を伝えたのかな?)
うどんとパスタはあるのにラーメンはない。マヨネーズはあるけれどウスターソースや中濃ソースはない。
(確かにソースやカレー粉とか、材料が分からないと作れないもんね)
普段から使っていた調味料の材料を揃え、そして組み合わせてイチから作ったことはないだろう。だから中途半端なレシピたちが伝わっているのかも…と芽衣は思った。
レシピについてもある程度分かったので、今度は食材について聞いてみた。すると驚くことに馴染みのある食材名がどんどん挙がってくる。
中でも王都付近の農村ではチーズや牛乳が作っているので手に入りやすいとか。
「牛乳やチーズがあるんだったらバターもありますか?」
「バターは少量だけど冷蔵庫に入ってるよ」
料理人の答えを聞いた芽衣は思わず「だったらホワイトソースが作れる!」と叫んでしまった。
「「ホワイトソース?」」
それがレシピだということを理解した料理人たちの声が重なり、作業を止めて芽衣に迫ってくる。
「それを教えてくれ!」
真っ先に懇願してきたのはトランだった。
「美味しいのか? 絶対に美味しいんだろうな」
「どんな料理なんだ? 今すぐにでも知りたい」
料理人たちの目が怖いので、思わず後ろに下がってしまう。
「えっと教えるのはいいですけど、今日はメニューが決まっているのでホワイトソースは明日で」
そう告げると、料理人たちが「明日はホワイトソース!」と叫んでいた。