008
再び起きた時には既に昼近くになっていた。
慌てて石鹸で顔を洗ったところ、石鹸も予想と違っていた。
「う~ん…タオルもそうだったけど石鹸はあまり泡立たないし、匂いも薄いし…」
もしかしたらラスターニャで暮らす人々からしたらこれが普通のことなのかもしれない。けれど日本で育って来た芽衣からすれば「もう少し改良出来るんじゃない?」と思ってしまう。
こちらへ来た時にしっかり握っていたビニール袋から化粧水を取り出し、顔に馴染ませた後リーシャたちの好意に甘えてクローゼットから動きやすそうなワンピースを借りた。
準備が出来た後にベルを鳴らし、メイドに頼んで昼食を部屋まで運んでもらった。
昼食をテーブルに並べ終えるとメイドは去り、芽衣はゆっくりと食べ始めた。
並べられた昼食はほぼ昨日と同じメニューで、焼いた肉と焼いたジャガイモ、ベーコンエッグ、丸いパンとスープだった。
「あっ、目玉焼きがベーコンエッグになってる。あとスープが赤い。でもメニューが昨日と殆ど同じってことは、リーシャさんかソマリさんがこのメニューを気に入っているのかな?」
気にはなったが今考えていても仕方ないし、何より料理が冷めてしまったら勿体無い。
「いただきます」
まず最初に赤いスープを飲んでみた。ほんのりとトマトの香りがするので、どうやらトマトを加わえたらしい。
「う~ん…でも毎回同じようなメニューだと栄養偏っちゃわない?」
あまり人様の家のことなので文句は云えないが、もう少しアレンジしてみてもいいのでは?と思った。
「それに今日はやることがないから夕飯のお手伝いとか出来ないかな? 厨房の様子も見てみたいし、リーシャさんへのお礼でさり気なく一品追加させてもらえないかな?」
材料はリーシャ持ちなので、礼とは云えないかもしれないけれど…。
それにこちらの食事事情も知りたい芽衣は「やってみよう」と気合いを入れ、食事を終えるとベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか?」
「はい、食べ終わりました。ごちそうさまでした」
そう告げるとメイドが「では入室させていただきます」と声をかけてきた。
食べ終えた食器を片付けているメイドに、芽衣は思い切って声をかけた。
「あのもし可能なら厨房を使わせていただきたいんですけど」
「!」
その瞬間メイドが驚いた表情をした。
(あっ、メイドさんを驚かせちゃったみたい。そうだよね、普通の客人だったら厨房を使わせて欲しいなんて云わないよね)
やっぱり無理か…と落胆している芽衣とは反対に、メイドは慌てているようだった。
「…お食事にご不満がおありでしょうか?」
「不満…というか、勿体無いというか」
「はい?」
食材は良いのに全体的に味付けが薄いので勿体無いと思う。それらには事情があるのかもしれないが肉はただ焼く、スープは野菜を煮込むというだけの料理は勿体無い。肉や野菜は蒸したり炒めたりすることだって出来るのに…。
頼み込む芽衣に「私では判断が…」と困惑しているメイドはソマリに相談しに行き、その話を聞いたソマリは芽衣の厨房入りを許可してくれた。
早速厨房へと案内してもらう。
料理人たちは突然現れた芽衣に驚いたが、芽衣が自己紹介と共に「夕食用に一品作らせてください」と伝えると、更に驚かれた。
「嬢ちゃんは料理が出来るのか?」
料理長であるトランに声をかけられ、芽衣は頷く。
「はい。…と云っても自己流ですけどね」
苦笑しながら答えると、トランは少し考えた後「いいだろう」と許可を出した。
「それじゃ今日の夕飯のメニューを教えて下さい」
メニューがかぶらないようにするため、先に確認しておく。
「今日はハンバーグと揚げジャガイモ、スープと丸パンだ」
「あっ、揚げる調理法はあったんだ」
また焼き肉に焼きジャガイモかと思ったが、今日はハンバーグと揚げジャガイモらしい。ということは、ハンバーグもフライドポテトも調理法は知っているということになる。
(それじゃ何であの料理? もっと異世界ならでは!みたいな料理を期待していたのに…)
しかも二回続けて同じ料理が出てきたので、もしかしたら前日に大量作った物を翌日も食べる習慣があるのか?と考えてしまう。
「それで嬢ちゃんは何を作るんだ?」
「そうですね…」
個人的にはもう少し野菜が食べたい。
「ハンバーグに添える物…人参グラッセか蒸し野菜かを考えているんですけど」
そう答えると、料理人たちは聞いたことのないメニューに驚いた。
「人参グラッセっていうのは聞いたことがないな…。蒸し野菜っていうのは蒸かし芋のことか?」
「えっと今回はジャガイモ以外の野菜を蒸した物を作ろうかと」
「?」
どうやら蒸し野菜=ジャガイモだと思われているようで、芽衣の説明にトランたち料理人はどこが違うんだ?と首を傾げていた。
(ここって日本から来た人がいるんだよね? どういう基準でレシピを伝えたんだろう?)
疑問に思ったが考えても全く分からない。それに明日は芽衣と同じ状況の人たちに会えるので、その時に聞いてみようと思った。
「食材とか調味料とかは何がありますか?」
気を取り直して芽衣はトランに訊ねる。
「食材とかは…おい、案内してやれ」
「はい」
トランの近くにいた料理人が返事をし、芽衣を食料庫へ案内してくれた。
「この辺はジャガイモや玉ねぎを置いています。あちらは冷蔵庫で、肉などを保存しております」
ここにも冷蔵庫が存在していることに驚いた。
「もっと野菜を見たいんですけど、どこにありますか?」
冷蔵庫の中も気になるが、今は調理するために野菜を選ばなくてはいけない。
「野菜はこの箱の中に入ってますよ」
「箱だらけで何が入ってるのかは開けないと分からないんですね」
野菜を収納しているらしい箱がズラッと並んでいる。どうしてこんなに箱が多いのだろう?と思っていると、料理人が教えてくれた。
「ああメイさんは知らないんですね。実はこの箱はマジックバッグの時間遅延効果を応用した物なんです。ただ容量増大は出来ないので、どうしても箱が増え続けてしまうんですよ」
「へぇ~便利なんですね」
やはり便利な道具もあるんだなと思いつつ、芽衣はふと自分のバッグのことを思い出した。あれは確か…容量無制限で時間停止。けれど目の前の箱は見た目通り容量は普通で、ただ時間遅延効果だけはあるそうだ。
(やっぱり私のバッグって…チートってやつ!?)
混乱しながらも芽衣は箱に入っている野菜を見せてもらった。