007
早めに寝てしまったからか、目覚めた時の室内は薄暗かった。
「あれ? ここって…」
見慣れている自室…ではないことに気付いた瞬間、昨日のことが夢や妄想ではなかったと思い知らされた。
「夢じゃなかったんだ…」
がっかりしながらも、朝の日課であるスマホチェックをしようと、バッグからスマホを取り出す。
ボタンを押すとホーム画面が表示された。
「時刻は午前五時、日付は…って、これ両方共日本の日時なのかな?」
思わず苦笑しつつも、改めてホーム画面を見て驚いた。
「え? どういうこと!?」
画面上には圏外の表示と充電100%という表示。更に驚いたことは、今までホーム画面に設定していた通話やSNS、お気に入りのゲームアイコン等が全て消えていたことだった。
「嘘でしょ!?」
異世界に来てしまった影響なのか、お気に入りだったアプリたちが消えている。どんなに探しても唯一の連絡手段である通話やSNSも見つからない。
「もしかしたら連絡が取れるかもしれないと思っていたのに…」
通話が無理でもSNSで短いメッセージだけでも一方的に送れたらいいな、と思っていたが、やはりそんな都合のいいことはないようだ。
その代わりというように、見知らぬアイコンが三個ホーム画面に設定されていた。
『ステータスチェック』
『鑑定アプリ』
『異世界商店』
「ステータスチェック? これって自分のステータスが分かるってこと??」
試しにステータスチェックのアイコンを押してみる。
すると画面に『小日向芽衣 現在のステータス』と表示された。
小日向芽衣
異世界人
年齢:19歳
職業:商人
レベル:1
魔力:300
スキル:異世界商品取寄せ、言語翻訳
持ち物:マジックバッグ、スマホ、異世界商品
と書かれていた。
「職業が商人?」
何故商人なんだろう?と不思議に思う。確かに日本では小遣いを得るためにアルバイトをしていたが、それが関係しているのだろうか?
考えても何故職業が商人なのか分からず、とりあえず他のことも確認してみる。
「鑑定アプリっていうことは、物の詳細が分かるんだよね?」
実際に試してみようとアイコンを押す。
『鑑定したい物を画面中央の枠内に入るよう写して下さい』
起動時に説明文が出たので、芽衣はその指示通りにすぐ傍に置いてあるバッグを写してみた。
微かな振動を感じた後、画面には詳細が書かれていた。
『鑑定結果:特殊マジックバッグ。メイ・コヒナタ専用で、紛失してもメイ・コヒナタの元へ自動的に戻る。容量無制限・時間停止機能付き。使用方法は収納したい物をバッグの入り口に近づける。取り出す場合はその物を思い浮かべる・または声にする。注意:生きている人や動物は入れることが出来ない(死体は可)』
説明文を読んで芽衣は「ひっ!」と声を上げた。
「これってとても便利な物らしいんだけど…最後の注意書きが怖い」
それでもこんな小さなバッグが容量無制限で時間停止機能も付いていて、しかも紛失時は自動的に戻ってきてくれるとか…いわゆるチートと呼ばれるやつですか、と芽衣は思った。
「次は異世界商店。商店ってことだから、何か買えたりするのかな?」
確か芽衣のスキルに異世界商品取り寄せと書かれていたので、もしかしたらこれが取り寄せを出来るアプリなのでは?と思った。
試しにアイコンを押してみると、画面中央に可愛いウサギのキャラがピョンッと飛び上がって現れた。
『異世界商店へようこそ。この異世界商店はあなたのレベルが上がるにつれ、色々な商品を購入できるようになります。現在のレベルは1なので、購入出来る商品はこちらになります』
チュートリアルなのか、ウサギが画面右下へ移動すると、画面中央には『商品を見る』というボタンが現れ、ピカピカと点滅している。
「ここを押せばいいのかな?」
これだけ主張しているのだから…と押してみると画面が切り替わり、そこには100円ショップという項目があった。そして100円ショップの下にも項目はあったが、残念ながらそれらは黒くて内容も分からない。多分今は使えないということなのだろう。どうすれば使えるようになるのか気になるが、今はウサギが指示する通りにしてみることにした。
『この異世界商店は1日に購入できる個数に制限があります。現在のレベルでは、100円以下の全商品を1日20個まで購入出来ます』
1日20個も購入出来るなんて凄い!と芽衣は思った。
「それって食べ物や化粧品なんかも買えるってことでしょ? 凄いよ!!」
興奮した芽衣は、早速100円ショップの項目を押してみた。すると種類別やオススメ&新商品、購入履歴ボタンが中央に表示されており、画面上には便利な検索バーがひっそりと存在していた。
試しにオススメ商品を押してみると、季節が春だからか、レジャーシートや弁当箱を始め、今が植え時の花や野菜の種等の季節商品が写真付きで紹介されていた。
「それじゃ種類別はどうなんだろう?」
次に種類別を押すと、『文具』『キッチン』『食品』『化粧品』等、様々な項目が出て来た。
その中で目に付いた『化粧品』の項目を押してみると、化粧水や日焼け止め、リップやチーク等、多数の商品が写真付きで表示された。
「うわ~、いっぱいあって見てるだけでも興奮する!!」
まるでネットショッピングを楽しむかのように、芽衣はスマホを操作していく。
「色々な商品があるから、全部見るのには数日かかりそう」
ただでさえ店舗に行くと品揃えが多く、全商品じっくり見る時間なんて全く無かったが、スマホならいつでも見ることが出来るし、検索バーもあるのでとても便利だと思う。
試しに検索バーで『タオル』と入力してみると、フェイスタオルやハンドタオル等が表示されていた。
「うん、やっぱりこのアプリは嬉しいし楽しい!!」
早速何か購入しようと思ったが、支払いに必要な代金がないことに気付く。
「日本円ならあるけど、このアプリでも使えるのかな?」
そもそもスマホ決済のアプリまで消えている状況で、どのように支払いをすればいいのか分からない。
芽衣が困っているのを察したのか、タイミング良く画面のウサギが支払い方法を教えてくれた。
『支払い方法は2つ。現金か魔力支払いのどちらかになります』
「魔力支払い?」
何それ?と疑問に思っていると、ウサギの説明は次へと進んでいく。
『現金はその名の通り現金払いです。こちらを選択した場合、あなたのお財布から自動的に引き落とされます』
「カード払いみたいなことかな?」
『魔力はその名の通り魔力払いです。こちらを選択した場合、あなたの魔力から自動的に魔力が抜かれます。ただ魔力が少ない場合は絶対にオススメしませんので、必ず魔力を確認してから支払って下さい』
「ひっ! 魔力支払いはすっごく注意されてる。…これは気をつけなきゃいけないってことだよね」
そもそも魔力とは何なのか。
芽衣としては魔法を使うために必要なエネルギー(対価?)だと思っているが、詳しいことはリーシャに聞いた方がいいだろう。
今すぐにでも購入したい気持ちをグッと押さえ、眺めるだけならタダなのだからと異世界商店を見続けた。
アプリを見てからずっと興奮し続けていたからか、それとも画面を見続けて疲れてしまったのか、芽衣はいつの間にか眠っていた。