003
「うわ~」
広い門を抜けると、そこには中世のヨーロッパを思わせるような街並みが広がっていた。
まず目に付いたのは広い道路。馬車同士がすれ違っても充分余裕のある広さで、滅多なことでは人々もぶつからないだろう。そして足元をよく見てみると、道路は全て石で出来ているらしく、しっかり舗装されていた。
それに建物はどれも大きく立派で、パッと見た感じ木や石で造られているようだ。
最初は大きな建物ばかりで威圧感を感じるように思えたが、それを緩和するように所々に花壇や鉢植え、間隔を開けて木々が植えられており、住民たちがこの街をとても大事にしていることが分かった。
そういった発見が面白くて、改めて辺りを見回した。
どこを見ても目新しい物ばかりなのでいつまで見ていても飽きない。まるでテーマパークに来たような気持ちになり、芽衣は思わず興奮してしまう。
「凄い!」
つい立ち止まって辺りを見回している芽衣にリーシャは苦笑しながら声をかけきた。
「ほらほら、こんな所に突っ立っていたら邪魔になっちゃうからしっかり歩こうね」
「あっ…すみません」
これじゃまるで田舎から都会に初めて来た人みたいだと思い、自然と芽衣の顔が赤くなる。
リーシャがゆっくりと歩き始めたので、その後を芽衣は慌てて付いていく。
「僕の家まではちょっと距離があるから、乗合馬車で途中まで行こう」
「はい」
王都はとても広いので端から端まで歩くのは随分時間がかかりそうだ。そのため乗合馬車が普通に走っているらしい。
門の近くにあるという乗り場へ向かい、丁度停まっていた馬車に乗り込む。この馬車――荷台のような作りの馬車は大勢の人を乗せられるようになっており、壁や屋根がないので周りがよく見渡せるようになっていた。
料金は前払いらしく、乗り込む際にリーシャが芽衣の分も一緒に支払ってくれた。
リーシャと共に空いている席――箱を並べたような長い椅子に座り、出発まで待つ。
暫らく待っていると、御者の手元が一瞬ピカッと光った。どうやらその光が出発時間の合図らしく、満員じゃなくても馬車はゆっくりと動き出した。
(バスや電車と同じ)
どのぐらいの間隔でこの乗合馬車が走っているのか分からないが、こうして時間が決められているということは、一日に数本は走っているのだろう。
乗合馬車は商店で賑わっているメイン通りを走り、歩行者を追い越して行く。様々な人や店舗の横を通り過ぎていく中、芽衣は早くこの王都を自分の足で散策してみたい、という気持ちになった。
すっかり初めての王都に夢中になっていると、いつの間にか乗っていた人が少なくなっていた。
「次の停留所で降りるよ」
「分かりました」
芽衣が返事をして再び周囲を見ていると、目の前には仕切りのようにドンッと存在を主張している、真っ白な壁が見えてきた。
そしてリーシャが降りた場所はその壁のかなり手前だった。どうやら馬車はここから右へと向かうようで、御者は器用に手綱を操作していた。
そのためかここから乗り込む人は多く、きっとこの先にある白い壁方面には馬車が無いのだろうと思った。
改めて白い壁を見ると、そこにはまた立派な門があった。だが先程と違い、ここには門番がいなかった。
「ここからはまた歩くよ」
リーシャに云われて芽衣は頷きながら立派な門を潜った。
すると一気に雰囲気が変わった。
今まで馬車が走っていた通りは人が多く、とても活気があった。しかしこちらでは歩いている人は殆ど少ない。やっと歩いている人を見かけても、身なりや仕草が上品だということに気付く。
よく見ると建物の飾りや彫りなども繊細で、この区画は身分の高い人――貴族向けの区画なのでは?と思った。
(それにお城らしい建物にも近づいてるし…)
それでも今歩いている通りは先程のメイン通りと繋がっているので、後ろからはまだ賑やかな声が聞こえてくる。しかもこことは行き来が自由なようで、近くには旅人のような服装をしている男性がとある店頭に並んでいる商品を見て、「う~ん…もう少し頑張れば買えるか?」と云っていたのが聞こえた。
(やっぱりここは少し高級な物を売っているエリアってことなのかな? 日本で云う高級ブランド店たちが密集しているような感じ?)
そう思うとどの店も質の良い物を扱っているように見える。芽衣からすればあまり縁がない場所ではあるが、いつかじっくり見させてもらいたいなと思いながら歩いていた。
そうして暫らく歩いていると、リーシャが城に近いとある道を曲がった。
ほんの少しメイン通りから横に入っただけで、その先の景色はガラリと変わった。
「!」
そこは閑静な住宅街というより高級住宅街のようで、防犯や景観などの理由からか、どの家も白や暖色系の壁でしっかりと囲われていていた。そしてどの家も大きくて立派だということが遠くからでも分かる。
まず最初に通り過ぎる一軒を失礼ながらチラリと覗いて見ると、その敷地内には充分広いスペースがある。庭だと思われるその場所は、最早住宅街に存在している公園と云ってもいいぐらいの広さだった。
「ここって…」
「うん、ここら辺は貴族の屋敷が多いかな。僕の家もここら辺にあるから覚えておいてね」
「え!?」
宮廷魔術師だと聞いていたが、まさかお貴族様だったなんて…と芽衣は混乱する。一応敬語を使ってはいるが、それはきちんとした物ではないと思うし、何より失礼な対応があったかもしれない。
そんなことをグルグル考えていると、芽衣の考えが分かったらしいリーシャが「メイちゃんはそのままでいいんだよ」と云ってくれた。
「別に僕だって好きで貴族やってる訳じゃないし。だから今までみたいに接してくれる方が嬉しいな」
芽衣は貴族の作法など全く知らないので、その提案は純粋に嬉しかったし、気持ちが楽になる。
「…分かりました」
ホッと一息吐きつつ、再度辺りを見回す。
この貴族街は皆同じように広い家ばかりで芽衣には全く見分けがつかない。
(ちゃんと覚えられるかな…)
覚えられるか不安になりつつも、ただ只管リーシャの後に付いていく。
そうしているうちにリーシャがとある一軒の前で止まったので、ここが自宅なのだろうか?と考えていると、リーシャが門に埋め込まれている飾り石に手を翳すと、自動的に門が開いた。
予想通りここがリーシャの家らしいので、芽衣は咄嗟に目印になりそうな物を探した。すると門の近くにドアプレートのような物が飾られていた。きっと表札みたいな物なのだろう。後でしっかり確認しようと思った。
リーシャが門を開けると、すぐに門の中から鎧を身につけている男性たちが声をかけてきた。どうやら彼らは入り口と敷地内を警備しているらしい。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
「ほらメイちゃん、家に入って」
「は、はい」
ぼんやりしている芽衣にリーシャが声をかけ、少し戸惑った後「お邪魔します」と告げて敷地内に足を踏み入れた。
そこで最初に目についたのは両脇にある庭だった。広い庭はきちんと手入れがされていて、綺麗な花が咲いていたり、植木も刈り込まれてトピアリーのような物もあった。
「うわ~、とても素敵なお庭ですね」
「ありがとう。そう云ってもらえると、妻も庭師も喜ぶよ」
好奇心から様々な花たちが植えられている庭を見ながら歩いていたら、いつの間にか玄関の入り口に辿り着いていた。
そこでリーシャがクルッと振り返り、ニコッと笑った。
「ようこそ、我が屋敷へ」




