012
夕食には芽衣が提案し、トラン達が作った蒸し野菜が出された。
リーシャとソマリは初めてみる蒸し野菜に首を傾げていたが、初めてこの料理を披露するということで、少し緊張しているトランが食堂に現れて「嬢ちゃん…メイ様が作り方を教えて下さった料理です」と告げると、二人は驚きながらもゆっくりと蒸し野菜を食べ始めた。
食べ始めた二人にトランは「特製のハーブ入りマヨネーズに蒸し野菜を付けて食べると美味しい」と云うことを告げると、二人共野菜にマヨネーズを付けてパクパクと食べてくれた。
「この野菜は柔らかくてとても美味しいわ」
「ああ、いつもと違うマヨネーズもいいね」
どうやら二人共気に入ってくれたようだ。ホッとしていると、ソマリは芽衣へニコリと微笑んだ。
「メイちゃん、こんなに美味しい物をありがとう。話はトランからも聞いているわ。明日も楽しみにしているわね」
ソマリが本当に嬉しそうにしていたので、芽衣は「美味しい物が出来るように頑張ります」と気合いを入れた。
食後に相談したいことがあると伝えていたので、芽衣はリーシャと共にいつもの応接室へと移動した。
「昨日はちゃんと云ってなかったけど、実はこの応接室は内緒話をしたりするために防音の魔石を入れてあるんだ」
「え? そんなに凄い部屋なんですか!?」
防音と聞いてとても驚いた。
「うん、たまにお忍びという抜け出し人がやって来るからね」
「…」
『お忍び』という言葉からとっても偉い人が来ているということは分かった。
「それでメイちゃんの相談って?」
芽衣は深呼吸をしてから思っていることをリーシャに話した。
「いつまでもここでお世話になる訳にはいかないので、何か仕事をしたいんです。そのことで相談を…」
少しも予想していなかったらしい言葉を聞いて、リーシャはとても驚いていた。
「え!? そんなこと気にしなくていいのに。…って本当は云いたいところだけど、メイちゃんだって自由に買い物をしたり、落ち着く場所が欲しいだろうし…」
どこか淋しそうにリーシャは笑う。
「いえ、リーシャさんたちにはとても良くしてもらっているので、私はとても感謝しています。…けれどこのまま甘えっぱなしになるのは申し訳ないと思うのと、何かしたい気持ちがあって…。だから急にこんなこと云ってしまってごめんなさい」
自分でも何を云っているのかよく分からない。上手く言葉がまとまらない。
それでもリーシャは芽衣の思いに気付いてくれたようだった。
「…そもそも僕にはメイちゃんを縛り付ける権利なんて全然無いんだから自由に――もっと好きなことをしていいんだよ。それに僕に出来ることなら力になるからね」
「リーシャさん…ありがとうございます」
突然現れた芽衣に親切にしてくれた人。それに衣食住と知識、そして魔法を教えてくれたリーシャには本当に感謝している。だからこそリーシャの負担になりたくない。
それからは相談内容――働き口についての話をしてくれた。
「まずこの世界でお金を手に入れやすいのは『冒険者』と『商人』。あと各国の城勤めか貴族の家に仕えることかな。あっ、それ以外にも店舗で働くって手段もあるよ? でも店舗勤めは身内か常連ですぐ決まっちゃうからほぼ難しいと思うよ」
「そうなんですね」
飲食店なんかは常にバイトを募集しているイメージだったが、こちらでは身内や常連ですぐ決まってしまうらしい。
…ということは、選択肢が少ない。給金を得る仕事に就くには『冒険者』か『商人』が無難だと思う。城勤めや貴族に仕えるのは難しそうなので――マナーとか教養とか――だからそれはパスしたい。
それに芽衣のステータスによると、職業が商人らしいので、まずは商人を希望してみようかと思う。
(それにあのスキルもあるし)
色々と考えている芽衣にリーシャは説明してくれた。
「まず冒険者になるなら冒険者ギルドに登録をする。冒険者は依頼を達成したり、倒した魔物の素材を売ったりして稼いでいる。商人なら商業ギルドに登録して、行商や店舗を持ったりして稼いでいく。残りの城や貴族に仕える場合だけど、誰かしらの推薦状が必要になることもあるよ」
そんな話を聞くと、やはり芽衣には商人が合っているのかもしれない。
「それにメイちゃんのように異世界人は何らかの特殊スキルを持っているって云われていて、明日来る彼らもそのスキルを生かした仕事に就いているんだ」
「そうなんですか!?」
やはりこのスキルは生かした方がいいらしい。だったら芽衣もスキルを生かした仕事に就いた方が良いのだろう。
(それに多分このスキルはリーシャさんに伝えても大丈夫だと思う)
そう決心した芽衣は、深呼吸をしてから告白した。
「あの、私のスキルのことなんですけど…、どうやら異世界の…いいえ、私がいた日本のとあるお店で扱っている商品を取り寄せることが出来るみたいなんです」
突然の告白にリーシャは一瞬驚いていたが、その言葉を理解した後は興味津々とばかりに瞳を輝かせた。
「え? 異世界の商品を取り寄せられるの!? そんなスキル聞いたことない!! とても特別なスキルなんだね!」
「は、はい。私もビックリしました」
「それで? 実際に試してみたの?」
「…さっき試してみました」
興奮しているリーシャに若干引きつつ、芽衣はバッグから1冊のノートを取り出した。その取り出されたノートを見たリーシャは更に目を輝かせた。
「何それ!? 薄いけど…これ本なの!?」
「いいえ。これはノートと云って、メモに使ったりする紙の束です」
実際に見てもらった方が早いだろう。芽衣はリーシャノートを手渡した。取り出したノートにはラスターニャのことを少しだけ書き始めたばかりの物なので、あまり見られても困らない。
真剣な表情でノートをパラパラと捲っていき、ある程度満足したらしいリーシャはノートを返してくれた。
「いや~このノートという物は凄いね。紙は薄いし、何より白い。持ち運びにも便利そうだね」
珍しい物を見てニコニコとしていたリーシャだったが、感想を云い終えた後、真剣な表情になっていた。
「で、これだけ便利な物なんだから魔力は相当減ったでしょう?」
40減ったのが相当なのかが分からないので、芽衣は正直に答えた。
「えっと、一つの物を買うのに魔力が40減るみたいです。でも魔力支払いか現金払いか選べるみたいで…」
最初は険しい顔をしていたリーシャも支払い方法を聞いて驚いていた。
「え!? 魔力以外でも払えるの?」
「…そうみたいです」
素直に告白すると、リーシャは「信じられない」と呟いた。
「スキルは…魔法と同じで魔力を使う。それ以外の選択肢があるだなんて…」
ブツブツと何か云っていたが、どうやら考えがまとまったリーシャはまだ真剣な顔をしていた。
「メイちゃん、君のスキルは今まで来た異世界人の中で特別だと思う。だからこんな珍しい物を取り寄せられるということをまだ誰にも話さないで。そうだね…僕とソマリ、あと明日来る異世界人には話してもいいけど、それ以外の人には話さないで」
「え?」
執事やメイドにも内緒にしなくてはいけないのか?と思っていると、どこで話が漏れるか分からないからと云われてしまった。
「このスキルはとても便利だから、どこからか話が漏れれば、メイちゃんが誘拐される可能性が高い。だから暫らくは内緒にしていて欲しい」
誘拐と云われて芽衣は驚く。
「このスキルを使うのはいいけど、絶対に人前で使わないように。あとスキルで取り寄せた商品も暫らくは見せないように!」
「は、はい!」
スキルを使うにはスマホを使わなくてはいけない。しかしスマホを当たり前のように人前で使っていいのか分からなかったので、芽衣はリーシャに強く云われて、どこかホッとした。
レベル上げのことや、支払い方法のこともあるので、暫らくは大人しくしていようと思っていると、目の前のリーシャは何か考えているようだった。ある程度考えたところでようやく答えが出たらしく、明るい声で話しかけられた。
「あっそうだ。落ち着いたらこのスキルを使ってメイちゃんのお店を開いてもいいかもしれないね。…実際お店を開くまでにはまだ手続きの時間がかかるけど、どうかな?」
そうリーシャに云われてハッとした。このスキルを使ってお店を開く? そうすれば取り寄せた商品を普通に使えるので、芽衣からすれば嬉しいことだ。
「だからいつかお店が持てるように、今から少しずつ準備していけばいいよ」
「リーシャさん…」
許可が出るまではスキルをこっそり使ってもいい。少しずつ準備して行けばいいと云われて、リーシャ邸にいる間は準備期間だと思うことにした。
こうしてスキルの話をすることが出来て安心していると、突然リーシャが立ち上がって室内に設置されてある棚の引き出しに鍵を差した。何しているんだろう?とリーシャの動きを見ていると、開けた引き出しから袋を一つ取り出し、そのまま芽衣へと差し出して来た。
「リーシャさん?」
これは?と訊ねようとすると、リーシャがニコッと笑った。
「メイちゃんのお給料だよ」
「へ?」
(お給料!? 私に?)
混乱している芽衣にリーシャは頷く。
「うん。だって今日も料理を作ってくれたし、明日も作ってくれるんだよね? それにメイちゃんのことだから、当分は料理を作って…指導してくれるんでしょ? だったらちゃんとそれに見合ったお給料を払わなくちゃいけないよね」
「え? でも…」
「そもそもお店を持つなら、準備金は必要になるよ? それにそのスキルを使うのだって、魔力より現金の方が楽なんだよね? 僕としてはメイちゃんを危険な目に合わせたくないから、是非受け取って貰わないと安心出来ないな~」
料理を作ったと云っても今日は一品だけだし、しかも芽衣が作った物は試食で無くなってしまったし…。
どうすればいいのかオロオロしていると、リーシャはニコッと笑っていた。
「それに今日の料理も美味しかったし、ソマリも随分気に入ったみたい。だからこれからも時間がある時は好きに厨房に顔を出して、それで美味しい物を僕とソマリに食べさせて。あとついでに料理人たちにもレシピや調理指導をお願いしたいな」
どう返事をすればいいのか…と考えている間に、いつの間にか芽衣はリーシャ邸の料理人になった…らしい。




